王子様と王子様
という訳で隠密に転移してブルーノ君のお部屋に。
フィデリオの部屋の窓から目視出来る範囲だったのでさっと飛べたのである。因みに中には寝ずの番が居る訳でもなかったし、さっと魔法で調べたけど室内や天井に誰も居なかったので、防音だけで済みそうだ。
しかし、私って何か忍び込む事多いなあ。
そーっとベッドの側に寄って、顔を確認しようと思った、ら……ベッドに引きずり込まれた。
一瞬で私はマットレスに押し付けられて覆い被さられた状態になっている。腿の上に乗られて手首を押さえ付けられている。その上でナイフを突き付けられていた。
わー、何か何処かの誰かさんを思わせる対応だ。
「何者だ、誰の手先だ」
低い声で問い掛けられる。見上げると、薄暗い中で青の瞳が敵意を露に此方を見ている。
年の頃は多分二十代前半、だろう。フィデリオと同じ金髪に碧眼。エド君より随分と大人っぽいというか、鋭利な刃物を思わせるような雰囲気で。
何と言うか昔のエド君をもっと鋭くしたような感じだ。
夜目が利く私だから見えるらしいけど、相手には私の容姿までは見えていないらしい。
ただのし掛かった感触で「女か……?」と呟いている。
当たってるけど、乱暴にしないで欲しい。侵入したのは私だけども。
「だんまりか? 貴様、母上の息がかかった者だろう」
「あ、それなら良かった良かった。なんだぁ、懸念する事なかったかな?」
まだ確信は得られていないのだけど、多分この調子だとヘルミーネにつく事はなさそうに思える。
というか、従順そうな人がヘルミーネには都合が良いのなら、まずないだろう。彼はヘルミーネに良い思いを抱いてなさそうだし。
あっけらかんとした声を上げると、上に乗った彼は眉をひそめた。うん、なんか初期のエド君を思い出させるね、彼。
「えーと、別に私あなたを害するつもりはないというか、ちょっとお使い頼まれたから此処に来ただけなんだよ」
「それを信用するとでも?」
「うーん、信用してくれないと困るというか、まあ信用してくれなくても無理に連れていくつもりなんだけどさ」
「やれるものならやってみろ。その前に歩哨を呼ぶ」
「えー。痛いのは困るなあ。あと外の見張りには聞こえないよ、魔法使ってるし」
魔法、という単語で目を丸くしているブルーノ君。
あ、そういえばシャハトは魔法に対して良くない思いを抱く人が多いから言わない方が良かったのかもしれない。
と、思ったのだけど、驚いているだけで嫌悪感はなさそうだ。
「……魔女か」
「そう。危ないからこれ仕舞って欲しいな。別に私は王妃の手先とかじゃないよ。寧ろ逆だもの」
「逆……?」
「フィデリオからあなたに言伝を預かってきているの。……そのナイフ、離してくれる?」
フィデリオ、という言葉に反応したから分かりやすい。
十中八九、この人はフィデリオ側の人間だ。少なくとも、ヘルミーネ側の人間ではないだろう。
それだけ分かれば安心なので、遠慮なく託された言葉を伝えるとしよう。まあナイフを遠ざけてくれないと困るんだけどね。
私の言葉に暫し迷ってから、ナイフを離してくれた。
流石にナイフ持ってたら危なかったし、これで憂いなく飛べる。
「伝言なんだけどね、お話がしたいって。だから、ちょっと顔貸してね?」
「は、」
有無を言わさずに、私はそのままフィデリオの所に飛んだ。
ぽすん、と広いベッドの奥に落ちた。押し倒された、というか覆い被さられた体勢で着地したのだけど。
……フィデリオが振り返って固まっている。あとエド君も。
「ただいま。あ、これは寝込みを襲ったと勘違いされて取り押さえられた状態なので安心してね」
「……は、父上……!?」
いきなり周囲が変わって目の前に病床に臥している筈の父親が居るとなると、そりゃあ驚きもするだろう。ある意味のサプライズである。
決して、若干ナイフで皮膚が切れた事に対する仕返しではない。
フィデリオは何だか苦笑いを浮かべていて、そんな視線に耐えきれずブルーノ君はベッドから慌てて降りて跪こうとしていた。それを止めたのはフィデリオだ。
「よい、非公式の場だ。……エドヴィンも拗ねるでない」
「拗ねていません」
あれ、何でエド君拗ねてるの。エド君も渋々だけど納得したじゃない。しかも今回ばかりは大成功だよ、ブルーノ君は多分私達に害はないだろうから。
エドヴィン、という言葉に反応をしたのはブルーノ君。
今気付いたらしくて瞠目。それから、軽く眉を吊り上げた。……一度も会った事がないらしいけど、あまりエド君には良い思いを抱いていないようだ。
忌み子だから? でも、それが理由ではない気がするんだけど……。
「父上、エドヴィンは生きていたのですか」
「そうだな。そこの魔女殿に助けて貰ったようだ。そして、私も」
「父上も……?」
「それが今連れてきて貰った目的でもある」
フィデリオは、今までの事を掻い摘まんで説明した。
エド君の事から始まり、自身が毒を盛られている事、私が薬を作った事まで、話せる事は全て話す。
話を聞くにつれて、ブルーノ君の顔が歪んでいく。それがヘルミーネに対する怒りなのは、目に見えて分かる。
「……薄々は感付いていましたが、父上の話を聞くと疑念が深まり、仮説の信憑性が増しました。母上が我が物顔で権力を振るっている事事態おかしいのですが」
「あなたはヘルミーネの味方ではないんだね」
「何故私がアドルフィーネ様を殺した母上の味方につくと? 冗談じゃない」
確認の為に問い掛けると、実に嫌悪感を露に、唾棄せんばかりの表情と声で吐き捨てるブルーノ君。
これが演技ならブルーノ君は劇団に入れると思うって程に、感情たっぷり込めての言葉だ。視線で人が殺せるレベルでちょっと怖い。
しかし、アドルフィーネがどうして出てきたのか、と疑問を抱くと、フィデリオが「ヘルミーネがクリストファーに構いきりだった分、ブルーノはアドルフィーネになついていてな」と疑問を解決してくれた。
……あー、それはヘルミーネもブルーノ君を邪険に扱うよね。元々はヘルミーネが育児放棄まがいしてたのが原因だろうけど。
というか、それならばフィデリオがブルーノ君がこちら側だと確信していた事に頷ける。
「ヘルミーネがアドルフィーネを殺した、というのは?」
「ブルーノ」
「父上も察しているでしょう。あの女に毒を盛られたと。いつもそうだ、気に食わなかったら排除しようとするのはあの女の癖だ」
実母をあの女、と吐き捨てるくらいには、ブルーノ君はヘルミーネの事が嫌いなようだ。
いや、うん、その、多分アドルフィーネ死んでないけど。
「ちょっと良い?」
「……何か?」
「アドルフィーネ、多分生きてるよ?」
私の言葉に、ブルーノ君は固まった。
「……生きている、と?」
「この間見たというか、二回程会ってるし……」
「いつ、何処で!」
肩を掴まれて揺さぶられた。
成人男性の手加減なしの握力は、物凄く痛い。顔を顰めてがっくんがっくん揺れる体と視界に耐える。
多分、ブルーノは本当にアドルフィーネの事を慕っていたのだろう。実母を嫌っているのも確かだ。
それは良いのだけど、勢い余って女性に向けるべきじゃない力を向けるのは勘弁して欲しい。幾ら魔女が頑丈だからって、痛いものは痛いんだから。
痛い、と呻いた瞬間、ブルーノが私から引き剥がされてベッドに叩き付けられた。
固まった私。ブルーノも固まっている。
叩き付けられたといっても優しいもので、マットレスに衝撃はほぼ吸われている。それを与えたのは、エド君だ。
「俺のリアに乱暴をしないでくれ。聞きたい事があるなら暴力で聞こうとするな」
抱き寄せられて腕の中に収められる。
私を労るように見つめて「大丈夫か?」と問い掛けるものだから、呆然としつつもこくんと小さく頷く。
ちょっと痛みは残るけど、多分大丈夫だ。まあ帰ったら痣になってないか確認はするけど。
あまりに興奮した結果なのでブルーノ君を責めるつもりはない。フィデリオも「魔女殿に乱暴はしてはならぬぞ」と窘めている。
途端にしゅーんと反省してしまうのは多分美徳だろうけど、何かエド君に地味に似てるよ。エド君よりも激情型っぽいけど。
「その、申し訳ない。アドルフィーネ様の事になると、つい」
「別に良いよ。まあアドルフィーネの事聞きたいのは仕方ないだろうし……」
「……本当に、アドルフィーネ様は生きているのか?」
「私が見たのが亡霊じゃなきゃね。……フィデリオ、アドルフィーネの事って全部ブルーノ君知ってる?」
魔女だ、という事を知らない場合何処まで言って良いか判断に悩むのだけど……フィデリオは首を横に振った。けれど、その後に「全部伝えても問題ない」と来たので、じゃあ遠慮なく伝えるとしよう。
「私がアドルフィーネを見たのは二回。師匠に会わされた時と、エド君が魔女になって寝込んだ時の二回だよ」
「……エドヴィンが、魔女?」
「そう。アドルフィーネは魔女で、その息子のエドヴィンも魔女の資質があったから」
私の言葉に、ブルーノ君は真っ先に「羨ましい」と零した。
……魔女に忌避感がないような気がしていたけど、まさか羨ましいと来るのは想定外だった。もしかしたらアドルフィーネが魔女だったと薄々気付いていたのかもしれない。
エド君に敵愾心のようなものがあったのは、アドルフィーネの息子だから、ではないだろうか。アドルフィーネ大好きなのはよく分かるから。
「まあそれは置いておくとして。……あなたはヘルミーネがこのままフィデリオを殺そうとするのを見過ごせる?」
「そんな訳ないだろう!」
噛み付くように声を上げたブルーノ君に、これなら大丈夫だな、と安心して、それからフィデリオとエド君をそれぞれ見る。
信用しても大丈夫だ、と視線で返事をされて……ああいやエド君はさっきの事が尾を引いているらしくて不機嫌なのだけど、それでも彼を巻き込む事に異存はないらしい。
改めて向き合うと、ブルーノ君は真っ直ぐに碧眼を向けてくる。
「じゃあ、私達に協力してくれないかな。フィデリオの身の安全と、国のこれからの為に」
……家に帰ったら、エド君が心配そうな顔を向けてきた。
寝間着に着替えたらちょっと痣になったのが見えたからだろう。あと首筋にちょこっと切り傷が出来てしまったし。
私としては怒る気はないんだけど、エド君としては遺憾らしい。私のちょっとの怪我で協力を得る事が出来たのだから、上々とも言える。
結局ブルーノ君は即座に頷いた。というか腹に据えかねていたらしく、是非とも協力したいとすら言ってくれた。あとアドルフィーネが生きていると知って純粋に喜んでいたし、その譲歩をもたらした事には感謝された。
比較的自由に動けるブルーノ君には、証拠集めを手伝って貰う事にした。毒の入手経路とか隠し場所とか、いつどの料理に仕込んでいるとかその辺りね。
この辺は私もお手伝いするつもりである。私が居た方が魔法で身を隠しやすいし。
……まあエド君が「二人きりとか面白くないんだが」と可愛い不満を漏らしたので宥めるのにちょっと時間がかかったのだけど。
それから、密書を預かってきた。此方はトーレス国王に。知己である彼なら分かる、との事。フィデリオとブルーノの署名がなかにされていて、王家の紋章で封蝋したもの。
……そんなものを預かって良いのかは謎だけども。
「リア、痛くはないか」
「大丈夫だって、心配性だなあ」
「痣が出来てるのに心配しない筈がないだろう」
まあ鬱血しやすいのは仕方ないし、別に今そう痛む訳でもないんだから。ちゃんと首の事と肩を掴んだ事は謝罪されたので、エド君が怒る程でもないのに。
気にしなくても良いのになー、と笑ったらエド君は不満も露。
「……リア、今度何かされたら全力で吹っ飛ばすんだぞ」
「やだなー、そんなされる訳ないじゃん」
「……リア」
「はぁい」
エド君はやっぱり不安そうだったので、そこまで言うなら気を付ける事にするよ……と言ってエド君を納得させておいた。いやちょっと不服そうではあったけども。