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忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第五章 そうして王子様は
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魔女様の恋心と王子様のおまじない

 帰宅して早々にエド君の膝に座って、胸に頭をぐりぐりと押し付ける。

 向き合うように座ると若干固まられたのだけど、私が「このこの」と小さく頭突きをすると苦笑の後に受け入れてくれた。


 勿論手加減してぐりぐり押し付けているので痛くはないと思う。というか痛くないらしくて、ただ宥めるように私の背を撫でている。

 ……これでご機嫌取りされるのだから、私も単純なのである。


 でもむかむかするのも事実なので、エド君成分の補給をするべくべったりしているのだ。

 それに何か香水の匂いがするのが気に食わないというか。……私で塗り替えてやろうと思って。


「リア」

「……エド君は、私のものだもん」

「はいはい。俺はお前ものです」


 声が笑っているのだけど。


「そんなに嫌だったのか」

「いや、だもん」


 今度は額でなくて顎でぐりぐりしながらエド君を見上げると、柔らかい眼差しが降ってくる。

 呆れというにはずいぶんと優しくて甘くて、何処か歓喜すら含んだような、そんな青色が私を見つめていた。


 ぱち、と視線が合うとふわりと柔らかく和んで、それから口許も弧を描く。どうしてだか、とてもご満悦そうだ。


「じゃあ一緒だな。俺も、お前がああして言い寄られていたら、嫌だから」

「……エド君は、私がああいう風にされてたら、嫌なの?」

「そりゃあな。……本当は、アレクの馬鹿にべたべたされるのも嫌なんだからな」


 そういうものなのだろうか。いや、エド君に他の女の子がくっつくのが嫌なように、私にもくっつかれるのは嫌なのだろう。

 一緒の気持ち、なんだ。


 この、落ち着くようで落ち着かない感覚も、エド君は抱いてくれているのだろうか。

 熱くて、胸の中で鎮火しない炎がずっと渦巻いて、胸を焦がしていくこの感覚を。


 くっついているだけで、どんどん燃料が追加されるようにごうごうと燃えていく。

 不快ではなくて、心地好い。溶けていくような、甘い心地。

 でも心臓はくべられた燃料で無理矢理動かされている。そんな感じなのだ。


 不思議と、最近では触れたくなる。

 ぎゅってして欲しい。もっと触れ合いたい。おまじないだって、なんだって、してくれて良いのに。嫌じゃないんだけどな。


「あのね、私……エド君にしか、触れられたくない、のかも」

「……は、」

「あ、語弊があるかな。アレクとかに触られるのはそこまで嫌じゃないんだけど、えっと、エド君にしか、触れて欲しいと思わないの」


 触られて嬉しいのは、エド君だけだ。幸せだと思うのも、どきどきするのも、胸が熱くなるのも、エド君に対してだけ。

 私の、特別。私の、唯一。


 私の――。


「……エド君」

「どうした?」

「おまじない、していい?」


 度肝を抜かれたような表情を見せるエド君だけど、私にはちゃんと目的があるのだ。

 この名状し難い気持ちに、おまじないで答えを出せそうな気がする。私とエド君だけの、おまじない。特別な、触れ方。


 見上げたエド君はほんのりと頬を染めて、それから「願ってもない事だけどさ」と承諾してくれた。


 そっと口付けると、触れた唇はとても熱くて、私のものより少し硬い。


 でも、私もエド君と同じくらいに、熱いかもしれない。心臓がさっきよりも早さを増して打っているし、頬が熟れてきた気がする。

 どくんどくんと聞こえる心臓の音は、私のものなのか、エド君のものなのか。


 体を支える為にエド君の胸に置いた手は、エド君の鼓動を感じ取って私と共鳴させている。

 互いに、心臓が跳ねて、暴れて、全身に何とも言えない甘美な感覚を広げ回っていた。おまじないが幸せな事だ、と明確に思えるようになってきたのは、いつからだっただろうか。


 離れる事すら、億劫、というか勿体ないというか。……離れたくないんだ、私。


 名残惜しげにゆっくり唇を離して至近距離からエド君を見上げる。エド君は、顔を赤くしたまま、同じように物足りなさそうな眼差しだった。


「……リア」

「おまじない効かないね。……最近エド君とおまじないしても、落ち着くどころか逆に落ち着かなくなっちゃう」


 エド君の掌を、心臓の上に誘う。

 びくりと震えたけれど、逃げはしない。そのまま、さっきの人に比べるとちっぽけな山に沈んで、地中深くに沈んでいる鼓動を確かめている。


 最初は、落ち着かせるおまじないだったし、落ち着いたのに。

 今では、されればされる程、心臓が暴れだす。なんていうんだろう、どんどんエド君が内側に侵食してくるのが心地好くて、とろけてしまいそうだ。


「……それ、まだ信じてたのか」

「嘘ついてたの!?」


 地味にショックを受けた。これ何の効果もなかったのか。

 ……でも、ちゃんとあの時は落ち着いたから、ある意味では本物だと思う。

 今では、効果が変わってしまっているけど。


「い、いや、嘘というかだな、その、あー……い、勢いで、したの、隠したかったというか」


 何で隠さなきゃいけないのか。

 私、されても全然良かったのに。エド君にされるの、幸せなのに。


「け、けど、お前だって嫌がらなかっただろ」

「嫌がらないよ、エド君だもの」


 エド君だけ、特別。

 エド君になら、全部あげても良いと思う。エド君のものになるなら、それはきっと、ううん絶対にしあわせな事になると思うのだ。


 だって、私はエド君が。


 ――ああ、簡単な事だったのだ。


 気付いてしまえば、本当にあっさりと謎がほどけていく。私が想いのままに定義してしまえば、早かったのだ。

 どんな感情なのか聞かなくたって、この胸に宿る温もりは、好ましいもので、愛しいものなのだから。


 ずっと前から宿っては少しずつ育った、幸せの種。

 アレクへの好きとか、師匠への好きとは違う、もっともっと、 激しくてその癖穏やかなもの。内側から甘くとろけていく、この滲むような幸福感。


 手放せないし手放したくない、冷めようのない熱に、漸く、名前を与えてあげられるのだ。


「……エド君エド君」

「何だ」

「すき」


 いきなりだっただろうか。

 短く伝えたらエド君が今度こそ固まったので、私はエド君の首に腕を回しながら、驚愕に揺れる碧眼を真っ直ぐに見詰めた。


「これが答えなんだと思う。好き、なの。前から、ずっと」


 自分が気付くずっと前から、エド君の事が好きだった。本当に、無意識の話だけど。

 側に居て暖かくて幸せで、ずっと一緒に居たい、と思った時点で、きっとこの結末は決まっていたのだろう。


 もっと早く気づけば良かったのに。


 すき。エド君が、好き。

 言葉にすれば、じわじわと実感が湧いてくる。こんなの、初めてだ。これが好き。

 ずっと一緒に居たくて、くっつきたくて、触れたくて、触れられたくて、もっともっと互いの事を知りたくなる。誰にも渡したくない。


 エド君は私のものだもん。


 私としては長い事悩み続けてきたモヤモヤが晴れてすっきりした気分なのだけど、それを受けたエド君は「……はぁ」と疲れたような溜め息。


「何で溜め息つかれたの」

「いや、とても自覚が遅かったな、と」


 もっと早く気付いてくれれば楽だったんだが、と零したエド君。……エド君は私がエド君を好きな事を気付いていたらしい。

 つまり、分かってて黙っていたのだ。言ってくれたら話は早かった気がするのに。


「エド君知ってたなら言ってよ」

「自覚して貰わないと俺が誘導しているみたいだろ。お前の意思で好きだって断言して欲しかったし」

「だから好きだよ。エド君が好きって言ってるじゃない」


 ちゃんと、悩んで答えを出したもの。

 勢いとかじゃない。ずっと前から感じていたものに、名前をつけただけだ。

 ……そりゃあもう少し早く気付けていれば、とは思うけど、ちゃんと本当の気持ちだもの。


 どうしたら伝わるのか、とエド君の首筋に顔を埋めてぎゅううっと抱き付くと、エド君の体がちょっと揺れた。


「……俺の事、好きで良いのか?」

「うん。だから、その……婚姻を結ぶ、というお願いのお返事は『喜んで』で良いのかな……?」


 婚姻を結ぶ、夫婦になる、というのはいまいち実感がないのだけど、エド君が好きだから、ずっと一緒に同じ道を歩いていたいから、喜んで夫婦になろう。


 ……夫婦ってどうなればいいのか分かんないけど、お互いが好きなら問題ないんだよね?


 私がぎゅーっとくっついて全身で好意を露にしてみると、エド君は何処か安堵したように私の体を抱き締める。

 ほぅ、と途端に安心感と幸福感が押し寄せてくるものだから、私は自分が思っているよりもずっと、エド君の事が好きらしい。


 もっと、とエド君を求めて首筋に頬を擦り寄せると、擽ったそうに身じろぎをして、今度はエド君が私の首筋に口付けた。

 ……ぞわ、と嫌ではないけどむず痒さを覚えて直ぐに離れると、エド君は暫し目を丸くして、それから笑った。感じやすいんだな、とか訳の分からない事を言って今度は唇に噛み付く。


 おまじない、嘘だったのかな。ううん、嘘というよりは、私とエド君の間だけで通じる、特別な合図なのかもしれない。

 触れたい、触れて欲しい、そんな気持ちが行動に出たようなものだ。


 ……おまじないをすると、気持ちよくて、ふわふわと脚が地面から離れた気分になる。今実際エド君の腿に座っているので地面から離れているから、余計に夢見心地というか。


 エド君に包まれて触れ合っている、そう思うだけで、私の体はぽかぽかと勝手に熱を生み出して、端からとろけていくのだ。


 今は唇から甘くとろけていきそうで、啄まれるだけで、ふにゃりとそのまま頬も溶ける。

 甘い甘いシロップに溶かされて、ぐずぐずになって、エド君に食べられてしまいそうだ。それも悪くないかなあ、なんて。


「……リア」

「なに?」

「……頼むから、そんな顔するな。色々と俺のあれがそれなんだ」

「エド君って偶に変な言い方するよね」


 顔がへにゃへにゃしていたのが駄目なのだろうか。エド君のあれがそれってどういう事なのかさっぱりだ。

 もう少し分かりやすく言ってくれたら助かるのに。


「……絶対、人にそういう顔を見せるんじゃないぞ?」

「エド君にしかこんなにならないから大丈夫だよ」

「それなら良い」


 そう言ってまた食べに来たエド君。かぷ、と唇を食んで実にご満悦そうだ。

 ……エド君が食べちゃうからこうなるんだけどな、とは黙っておいて、一杯おまじない兼お食事に勤しんで貰う事にした。

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