魔女様、やきもちをやく
取り敢えず、どう王妃を追及するかは一旦置いておくとしても、解毒薬を作らねばいけない事には変わりはないのだ。
頭を使う作業はアレクの方が得意だし、こればかりは流石にトーレスの王にいつまでも隠し通している訳にもいかない。
ならば適任者に任せた方が良いだろう。
私が出来る範囲での手助けは、薬を作る事だもの。他に出来る事と言えば武力行使なので、こいつは一旦置いておくのだ。
解毒薬なのだけど、これにはちょっと時間がかかるし材料も特別だったりする。
なのでまず材料集めからスタート、という事になった。薬の材料に関してはヴィレムのツテで何とかなる、とは思いたい。駄目ならトーレス王家に力添え願うけど。
「ヴィレム、このリストにある材料って入手出来る?」
ヴィレムの元を訪ねて問い掛けると、ヴィレムはリストを見て分かりやすく眉を寄せた。
「出来なくはないが、ちょっと時間かかるぞ」
「それでも良いよ。なるべく早めに、多めに仕入れてくれると嬉しい。お金に糸目はつけないつもりだから」
エド君のお父さんの命に関わる事なので、お金を出し惜しみするつもりはない。どうせ今まで大してお金なんて使ってないからね。
「そこまで言うって事は、エドワードの為か?」
「んー。それに近いね」
「ふーん。……本当に、エドワードの事好きだよな」
……何でエド君の事を好きとかになるんだろうか。
エド君は大切だし、エド君のお父様なら助けてあげたいとも思う。
でもそれは利己的なものであると自覚してる。エド君のお父様でなければ助ける気はなかった。
エド君自身の問題に関わっているから、エド君が助けたいと望んだから、私はこうして動くのだ。薄情なのは理解しているのだけどね。
……エド君の為、というより自分がエド君に喜んで欲しいから煩って欲しくないから、という理由なのだけど、これは好きなのだろうか。
「……そんなに私、エド君好きなように見える?」
「ああ、とってもな。態度と表情でもろ分かりなんだけどな」
「そんなに?」
「明らかに。エドワード相手だと花が飛んでるし」
私奇人変人でも手品師でもないんだけど。
そんなに表情違うかな、と頬をぐにぐにしてみるのだけど、相変わらずの感触が返ってくる。……いつも通りだよね。エド君此処に居ないからかな。
「ねえヴィレム、私はエド君の事好きなんだと思う?」
「オレは恋愛相談士じゃないんだが。……そんな事くらい自分で判断しろよな」
「だって、好きって曖昧じゃない。詳しく説明してくれないと分からないもの」
好きというのは、私にとっては難しい。
この感情にその名称をつけていいのか、分からない。エド君が私に抱くものと同じもの、なのだろうか。
……ぎゅっととか、キスとか、もっと凄いキスとか、したいのだろうか。
いや、そりゃあくっついたり抱き締め合ったり、沢山触れられるのは気持ちいいし好きだ。もっと触れて欲しいと願う。それはエド君だけのもの。
一生を共にしたいのも、偽りじゃない。一緒に過ごしていけたらと思う。
もしかしてこれはエド君と同じ気持ちなのだろうか。
……確かめてみた方が早い気がする。
「よし」
「今何かエドワードが大変になりそうな決意をした気がするんだが」
「気のせいじゃないかな。ちょっとエド君に聞いてみるだけだもん」
分からないなら聞けば良いんだよね。ヴィレムがちゃんと教えてくれないなら、本人に聞けば良いのだ。
というか、私としては……たとえ、この感情がエド君の求めるものでなかったとしても……一緒に居たら、変わると思う。
エド君色に染まるのは何だか気恥ずかしいけど、エド君に変えて貰うのは嬉しい。エド君好みになれるって事だもの。
……あれ?
「リア?」
「え、う、ううん、何でもない」
何故かと思考が答えを出そうとしたのだけど、掛けられた声が纏まりかけた解答を粉々に砕いて風で吹き飛ばす。
代わりに溜まったのは、少しのもやもや。けど、それは本当に僅かなもので、すぐに気にも止まらなくなる。
とにかく、エド君に色々と聞いて、見て、触れて、確かめよう。
決意はそのままに、私はエド君との待ち合わせ場所に向かう事にした。ヴィレムには「じゃあ頼んだものよろしくね」と言っておいたので、揃えてくれるだろう。
ささっと店を出て、エド君が待っている筈の場所に歩を進める。
エド君は先にお店に卸して、市場の付近で待っているって約束だった。私がヴィレムと話し込んじゃったから待たせてるかもしれない。
流石にあんまり待たせるのは申し訳ないから急ぎ足で待ち合わせ場所に向かって……そうして、エド君を発見した。
「エドく、」
のは良いのだけど。
エド君は、綺麗なお姉さんに言い寄られていた。
大人の女性というか、色気たっぷりのお姉さんだ。すらりと長い四肢に零れんばかりの胸元。擬音で例えるならぱいんとかぽよんとか、溢れる質量感をドーンと例えても良いかもしれない。
服装はロングのワンピースで露出してないのに、ありありと分かるその女性っぽさ。自分の足元を見ようとすると簡単に見えてしまう自分とは大違いだ。
私の年齢より幾つか歳上な彼女は、しっかりとお化粧をして自分の魅力を磨いている。
……うん。何かこうも違うと、悲しくなるというかこう、笑えてくるよね。比べる必要はないと、分かってるんだけども。
エド君はそんな女性に身を寄せられていて、何か話し掛けられているようだ。腕に絡まれて、密着の形になっている。
見ていたら不思議とこめかみがびくりとひきつるのだけど、これはどう言えば良いのだろうか。面白くない。非常に面白くない。
ただ、私にとっては幸いと言っていいのか、エド君はとても困惑、というか煩わしそうにしている。
エド君の本意じゃないんだ、と安心してしまう私が居た。……振り払わないのか、とも思ってしまうのだけど。
少し離れた所から観察していると、エド君と視線が合った。助けてくれ、と訴えられた……のかな?
「俺、連れが居るので」
どうしようかな、と一応近付いていったら、エド君もその女性から離れようとする。
でも離さないのは、凄い根性というか、嫌がられてるの分からないのかな、と思う。図太い、というのだろうか、強か、というのだろうか。
「あら、薬師様じゃありませんか」
私の事を知っていたらしく、にこやかな笑み。
ただ、何かこう、心なしか鼻で笑われた気がするのは被害妄想だろうか。すとーんと落ちる体のラインを哀れまれた気がする。
「悪いのだけど、彼は私と用事があるので離してくれないかな。彼も嫌がってると思うのだけど」
「あら、嫌がっているのかしら」
もにゅ、と豊満なそれを腕に押し付ける彼女。当て付けか、当て付けなのだろうか。当て付けに違いない。
そりゃあ、女の子っぽさには、欠いてると思うけど。
む、と瞳を細めてどうなのかとエド君を見上げると、エド君はかなり困りながらも「止めてくれ」と拒んでいる。
頬を赤くするという訳ではなくて、迷惑そうに視線を送っているので、ちょっとほっとしてしまう。
「悪いが、俺は彼女との約束があるので離してくれ」
「……そう?」
不服そうな顔も隠さない彼女は、渋々離れ……たものの、エド君に艶やかな笑みを向けている。
小さく「飽きたらこっちにいらっしゃい」と呟かれて、エド君の腕が一度引っ張られて――。
紅を塗った唇が、エド君の頬に触れた。
「またね」
固まる私とエド君を余所に、彼女は実に色っぽい表情にほんのりと茶目っ気を飾って、笑った。
言葉を失った私には意味深な視線を投げて、長いワンピースの裾を翻して去っていく。な、な、何なんだあの人。エド君に、きす、してった。
エド君は呆然としていたけど、私の視線を感じて何だかとても焦り出す。
「誰、あれ」
「い、いや、作品置いて貰っている所の娘さんというか」
「へえ」
なら邪険には出来ないよね、うん。エド君の態度も仕方ないのだ。理屈では分かる。
「り、リア?」
でも何故かちょっとむかついたので、おうちに帰ったらエド君にくっついて暫く身動きとれなくしてやろうと思う。エド君成分補給しなきゃ気が済まない。
何なんだろう彼女は。面白くない。エド君が悪い訳じゃないから責めるに責められないし。
屈ませてほんのりと紅が付いた頬を私の服の袖で拭う。ごしごし、と念入りにしたものだから皮膚が赤くなってしまったけど、許して欲しい。
思い出すだけで、むかむか、と胸の内でもやが渦巻く。
取り敢えずさっさと帰ろう。帰ったらエド君消毒しなきゃ。……駄目だもん、エド君には私しかしちゃ駄目だもん。
「……何で笑ってるの」
私はとてもよろしくない感情が渦巻いているというのに、エド君は何故か微妙に笑いを堪えていた。
笑うところなんて一切ないというのに、何がおかしいのか。
「いや……顔に思いきり出るのは、喜んで良いのかと思って」
「顔に?」
「唇、尖ってるし頬膨らんでる。拗ねてるだろ」
「拗ねてないもん」
「拗ねてくれた方が、俺としては嬉しいけどな」
「……じゃあ拗ねてるのでご機嫌取りして」
「おうち帰ってからな」
何だかとても微笑ましいものを見られるように笑われた。
……その笑顔に、自然ともやが晴れていくのだけど、エド君には内緒にしておこう。
ご機嫌取りしてくれるんだから、黙っておいた方が役得だ。
むー、と形だけ不機嫌を装うと、それすら見抜いたようにエド君は瞳をなごませたものだから、私は唇を尖らせたままエド君の腕に抱き付いた。
エド君の頬は、それだけでほんのりと赤らんだ。
多分2月中には完結すると思います(退路を塞いでおく)