魔女様と王子様二人の憂鬱
「何か知らない間に大変な事になってるんだね」
いつものように訪ねてきたアレクに事情を説明すると、彼は端正な顔を歪ませて深刻そうに吐息を零した。
彼は王族の立場なのでそういう事が自分の身にも降りかかる可能性があるので驚きはしなかったものの、王妃の行動には「馬鹿だよね」と切って捨てている。
「王弟が王位簒奪の為に盛るとかなら分かるんだけど、仮にもシャハトの国母が国の柱をへし折ろうとするとか呆れて物も言えないよ。今のままでも充分に権力はあるだろうに」
「人は欲深い生き物って言うけどほんとだね」
「全くだよ。しかもトーレスに喧嘩売ってるようなものだし、本当余計な事ばっかりしやがって」
この場には私とエド君、アレクしか居ないので、アレクも好き放題言っている。止める気は更々ないのだけど。
「王妃が政務を担うようになってから、シャハトの民も徐々に不満を抱くようになっているらしいからね。税も高くなってどんどん住みにくくなっているみたいだし。トーレスに移住して来ようとする人も増えてるんだ」
「……政には向いてないと思うんだよね、王妃は。というか、自分の利益を優先するなんて、反乱の種を蒔いているようなものだし」
「全くだよ。流石に僕達も黙ってはいられないな、これは」
僕達、というのはトーレス王家、という事だろう。
隣国の王位関連の問題は、下手をすればトーレス側にまで火の粉が飛んでくるものだ。
それも王妃が何か狙いがあり、そしてトーレスの領土に密かに兵を送り込んだ、となればトーレスも悠長に見守っている訳にはいかないだろう。
「仕方ない。一応リアの頼みで僕の中で留めていたけど、こんな事態が分かった以上父上に報告しておくよ」
「どう説明するの? エド君の存在もトーレス王家に明るみになるよね」
「まあそれは仕方ないと思って欲しいんだけどね。上手くいくようには取り計らううもりだよ。……それに、魔女様のお気に入りに手出しする程、トーレス王家も馬鹿ではないから」
恨みを買うとおっかないからね、と茶化したアレクに私も釣られて笑うものの、エド君の表情は晴れない。
どうしたの? と顔を覗き込んだら、やや沈鬱な表情。
「……俺のせいで、父上は毒を盛られているのか思うと、やるせない」
「エド君のせいじゃないよ。そもそも、王妃の私利私欲をエド君の責任にする方がおかしい」
「しかし、俺が生まれたからああなったのでは」
「そこ突き詰めるとエド君のせいじゃなくてアドルフィーネとフィデリオのせいになるでしょ。子供が生まれた責任を背負うものじゃないよ」
エド君はフィデリオが毒を盛られて死に向かっていると聞いて凹んでいるようだけど、それはエド君のせいではないだろう。
王妃の身勝手さが招いた事であり、エド君に責任はない筈だ。
大体、王妃の咎を他人の咎にするなどちゃんちゃらおかしい話である。要は王妃がくそったれであって、エド君には非などない。
「そもそも、多分エド君が生まれなかった所であの王妃は同じ事をしたと思うよ。毒を盛ったのは、アドルフィーネへの嫉妬からではなくて、国を牛耳りたいという欲から来ているものだもの。たとえエド君が生まれなかったにせよ、いずれ毒殺するつもりだった筈だよ」
「そうだね。元々、他国から政略結婚で嫁いできたんだ。その時代から強欲で高慢な存在だと陰では言われていたのだから、本質は変わっていないだろう」
だから気にする事はない、と私もアレクも声を揃えて言うと、エド君は困ったように、眉を下げて笑う。
まだ気にしてるのかエド君は。自責の念に駆られなくても良いというのに。そもそもエド君ほんとに悪くないもの。
「もー。……私は、エド君が生まれてきてくれて良かったと思うよ。生まれなかったら、出会えなかったでしょ?」
そこを後悔されても困るのだ。
私はエド君が生まれたから会えて、そして一生側に居てくれる人を得られた。そんな今を否定されるのは、とても悲しい。
エド君が居てくれたから、私はちょっと変われたのにな。
エド君が居たから、今の私が居るんだもの。
「だから、生まれない方が良かった、なんて困るの。怒るよ?」
「……すまない」
「よろしい。私はエド君が生まれてきてくれて、心から感謝してるもの」
となりのエド君を見上げて腕にくっつくと、エド君の瞳はまあるく見開かれて……それから、ふっと柔らかく和んだ。それは口許にまで影響が及んで、薄い唇を弧の形に描かせる。
何処か安堵したような笑みにも見えるそれに私も微笑むと、エド君の掌がわしゃわしゃと髪を撫でるというかくしゃくしゃにする。
それが色々照れ臭さの誤魔化しだとは知っているので拒みはせず、身を委ねた。
「いちゃいちゃは僕が帰ってからしてよー」
エド君の腕に頬を擦り寄せてると、向かいに居たアレクが呆れを隠そうともせずに揶揄してくる。
いちゃいちゃ、なのだろうか。ただ、私はエド君にくっついて居るだけなのだけど……くっつく事すら人にはいちゃいちゃの範囲に入るのだろうか?
エド君を見上げるとアレクの言葉にちょっと慌てたけれど、私の視線に固まって、それからゆっくりと手を離してぎこちない動きで顔を背けた。ほんのりと、耳が赤い。
「……うるせえな」
「いちゃいちゃは否定しないんだねー」
「やかましい。リアが離れたがらないんだから仕方ないだろ」
「私のせいなの?」
拒まないのはエド君の方なのに、とは思ったものの、わざわざ口に出す必要もないか、とそのままの体勢に。
アレクも、エド君が拒まないというのは見ていて分かるらしくてにやにや。エド君のイライラが溜まりきるまで存分に笑って「随分と甘くなった事で」と煽っているので、その内エド君からクッション弾をぶつけられるだろう。
まあその予想通り数十秒後にはクッション直撃で顔を赤くしたアレクが出来上がるのだけど。
「兎に角、今後の方針なんだけど」
咳払いして空気を変えるアレク。顔が赤いのはご愛敬。
流石に私もこれは真面目にするつもりなので、エド君に抱き付くのは止めて背を伸ばす。エド君も、少し顔に緊張を走らせた。
「リアは薬最優先かな。僕は父上に報告して、判断を仰ぐよ。……といっても今すぐ動かれるとシャハト国王が殺されそうなので、内密にしてもらうけど」
「……助かる」
「いやいや構わないよ。国としても、矛先を向けられる可能性があるなら対処を検討しなきゃいけないし」
それに、禁忌の森にちょっかい出した時点で抗議の範囲だからね、と目が笑っていないアレク。
アレクは、いつもふざけているけど愛国心は強い人だし、何よりこの森を気に入っている。避難場所であり、心が落ち着く場所……だからだそうだ。
魔除けを与えてるから、偶にうろついてはリラックスしていたりする。それに……アレクも、師匠の事を大切に思っていた。その師匠が守っていた土地を踏み荒らされれば、怒るだろう。
「といっても、まだ未確定だし、隣国の国家事情においそれと介入出来る訳ではないんだけどね。何か正当な理由でもなければ」
「理由、かあ……フィデリオを救って、王妃を罪に問う方法ってあるのかな」
「逃れようのない証拠がないとね。現行犯が一番だけど、毒を盛る事なら人にやらせるだろうからねえ。動かぬ証拠が欲しいところだよ」
ほんと厄介な、と爽やかな笑顔で忌々しげに呟くという高等技術を披露したアレク。
まあ、私も同感なのだけど。
出来る事なら今すぐに排除したいのだけど、国家の問題だからそう易々と手出しする訳にはいかないんだよね。
上手くフィデリオを救って、王妃を罪に問う。逃げられない証拠が欲しい。フィデリオの証言だけでは王妃まで辿り着けないんだもの。
王妃の狙いを阻止して、罪を暴く。中々に、難しい問題だ。
どうしたものかなあ、と結局アレクが帰るまで悩む事になった。