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忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第五章 そうして王子様は
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王様の心境

「ああ、そうだ。聞きたいのだが」

「なに?」

「お嬢さんのその口ぶりからして、息子は生きていて、そちらで厄介になってるのかね」


 ……さっきうっかりエド君と口に出したのが駄目だった。というか、息子の事を言った時点で、ある程度想像はしていたのだろう。


 彼なら、魔女の行動原理は『自分の為』という事はよく理解しているだろう。

 私は、極論エド君の為ではなくて、エド君が大切でエド君に危害を加えられるのは許さないという気持ちで動いてるんだもの。


 連れてこず隠すつもりだったのは、フィデリオがエド君に悪感情を抱いていないか、王妃に荷担しているのではないか、そういうもしもに備えてだったのだけど、この雰囲気なら安心しても良いだろう。


「うん。私の所で暮らしてる」


 肯定に、フィデリオはほっとしたように息を細く吐き出した。

 安堵の表情を浮かべているから、恐らく心配していたのだろう。


「……あの子は元気か?」

「勿論」

「そうか。……恨まれているだろうな」

「え?」

「私はあの子に殆ど会った事はない。ヘルミーネに何かされないように、目立たないように、隔離して育てた。会ってしまえばヘルミーネは激怒して何かしただろう。……エドヴィンは、それを拒絶として受け取っているだろうから」


 今更親面なんて出来まい、とまた諦めたように笑ったフィデリオは、言葉とは裏腹に気遣いの見える親の表情だ。

 確執がある、そう思っているらしい。


 エド君から、父親を憎んでいる、とは聞いた事がない。

 国が憎いとか、王妃に追われた、とかそういう話は聞いているけど、父親については何も言っていないのだ。恨んでいるとは思えない。


「……あなたを恨んでいるとは聞いてない。それより忌み子なのではないかと気にしていたよ」

「黒髪か。……この国の風習そのものがもう時代遅れすぎるのだ」

「全くだよ」


 黒髪が不吉の証とか、馬鹿らしいにも程がある。

 

 唇を尖らせて不服も露な私に、フィデリオは穏やかに相好を崩していた。


「……君は、あの子の事を大切にしているようで嬉しい」

「そりゃあ、エド君は私の……」


 私の、なんだろう。

 今だと、説明に困る。私の特別。私の生き甲斐。それには変わりない、のだけど。


 エド君が私の事を受け入れて、魔女になって、告白までされて。

 その時から、少しずつ変わっている。……大切で、ずっと側に居て欲しくて、触れたくて、触れて欲しい人。側に居て、心地好くて、幸せな人。


 好き、という言葉で表しても、良いのだろうか。


 エド君に『好き』と言われた事を思い出すと、胸が疼く。痛いというよりは、もどかしい。疼痛とも違う、甘ったるいもの。

 どんどん、内側から熟して、とろとろになっていく感じすらする。


「……わ、私の……その、えっと。……大切な人だもの。ずっと一緒に居てくれるって、約束してくれたし」


 どうにかそれだけ紡ぐと、フィデリオは「おや」と少し楽しげに声を上げる。


「息子もやはり血は争えないのかね」


 くくっと喉を鳴らしてフィデリオは、それからゆっくりと瞳を細めては口許を柔らかく緩めた。

 それは、エド君の親としての眼差しなのかもしれない。


「……あの子は強い魔女……アドルフィーネの血を継いでいる。君と添い遂げるには充分な生があると思うが、どうだろうか」

「どうって?」

「その調子だと想い合っているのだろう?」

「へっ、あ、」


 想い合って、と言われて、思考がフリーズする。

 ……私、エド君の事好きなように見えてるのだろうか。というか、そんなの分かるものなの?


 口をぱくぱくと開閉して酸欠の魚もかくやという醜態を見せた私に、少し顔色を明るくして笑うフィデリオ。……元気になってるならよかったけど、何か納得がいかない。


「……はは、可愛らしい魔女さんだ。アドルフィーネはいつもにこにこしていてたじろぐ事などなかったから、新鮮だ」

「……からかわないで」

「すまないね」


 全然反省してるように見えない。寧ろ私の反応に笑みを濃くしているし。


「だ、大体、……その、好きとは言われるけど、私はエド君の事、好きか分からないもの」

「おやおや。初々しいね」

「もう!」

「すまない、まさか息子が魔女に惚れるとはね。……人を愛する事が出来るなら、良かった」


 あんなに抑圧させてきたからね、と眉をへにゃりと下げて笑みにも満たないぎこちない表情を見せたエド君の、父。


 エド君からしたら、隔離は複雑な心境だろうし、愛されなかった、そう思ったかもしれない。守りたかったという親心だけで庇えるものでもない。

 でも、フィデリオの思いは本物で、今も尚慈しんでエド君の心配をしている。


「……エド君は、幽閉されていても、心優しい人に育っていたよ。……アドルフィーネとあなたの愛があったからだと思う」


 最初はやさぐれていたけど、根は元々いい人だったのだ。歪まず、人の事を思える、優しい人に育った。

 二人の気質が、きっと受け継がれているのだろう。……ちょっと意地悪な所も似てる気がするけど。


「……そうか。そう言われると、救われるよ」


 苦いものが溶けて消えたような微笑みに、私もまた微笑み返した。


 


「お帰り」


 薬を持ってくる約束をして家に戻ると、エド君は椅子に腰掛けてレースを編みながら待っていた。

 もう、先に寝ていてって言ったのに。


「まだ起きてたの」

「そりゃあな。先に寝る程薄情じゃない」

「もう深夜だよ? 早く寝ないと駄目だよ」

「お前が居ないと、ベッドが寒いからな」


 ……私は暖房器具か何かなのか。

 でも、エド君の温もりになれるなら、それでも良いかもしれない。エド君の体温を分けて貰って、私も体温を分けて、一緒の毛布にくるまる。……幸せな事だと、とても思う。


 こんな時間まで起こしていたのだから、早く就寝して貰おう。抱き枕は、いつもの事だものね。


 そう思ってローブを脱いで下に着ていたブラウスのボタンを外すと、エド君は一気に顔を赤くして手元のレース編みに集中しだした。勿論「俺が居るのに脱ぐな馬鹿!」と叱られたけど。


「あ、エド君のお父様とお話ししてきたんだけどね」


 びくり、とエド君の肩が震えた。


「エド君のお父様は、エド君の事嫌ってなかったよ。大切に思ってるから遠ざけてたみたい」

「……今なら分かるが、王妃から遠ざけてたんだろ。黒髪のせいもあるが」

「お父様はアドルフィーネが魔女だって事を知っていたし、本来の髪の色を知っていてもおかしくないよ。黒髪に生まれたって、愛していた事には違いないと思うの」


 それに、黒髪を忌避してなんてなかった。迷信なんて馬鹿馬鹿しい、そう言うような人だった。

 思ったよりも、優しい人というのも、分かった。


「それでね。……エド君のお父様、毒盛られていた」


 勢いよく顔を上げるのは想定内。

 エド君的には幸いな事に、私はもう寝間着に着替え終わっていたので、エド君の頬が熟れるのは避けられていた。


 私はそのままベッドに移動して、エド君に向くように腰掛ける。エド君の顔は、熟れるどころかやや青ざめていた。


「犯人は分かりきってるんだけどね。幸い、致死毒じゃないから、解毒すればゆっくりなら回復していくよ。毒が蓄積してるし臓器が弱ってるから、時間をかけないと治らないし、安静にして貰わなければならないけど」

「……そうか」


 それだけやっとの事で吐き出したらしいエド君は、レース編みを止めて、私の隣に移動する。

 そのまま、私をベッドに押し付けるように押し倒した。


 組み敷かれた、という訳ではない。エド君の悲痛な表情を数秒見上げていたけど、直ぐエド君も転がって私を抱き締める。

 ほんのりと、体が震えているような気がした。


「……ろくにあった事もない親に、俺はどう思えば良いのか分からない。ただ、拒まれなかった事に、凄く安堵してる」

「うん」

「話せないまま、居なくなるなんて、嫌だ」

「……うん」


 エド君達親子は、対話どころか同じ空気を吸った回数すら足りなさすぎる。

 エド君は、別にフィデリオの事を恨んでいる訳ではなさそうで、ただ、どうして良いのか分からないのだろう。その状態で死んで欲しくない、と願っている。


 なら、私は最善を尽くすのみだ。


 ……ただ、王妃が死を待つかが不安だ。体調を理由に退位させられるかもしれないし。……エド君のお兄さんは、王妃の言いなりなのだろうか。


 気にはなったけど、今は聞く気にもならなかった。


 顔色を悪くして泣き笑いのような表情を浮かべたエド君に、私は自らおまじないをしてあげた。

 落ち着くように、優しく触れて。……エド君がこの間してくれたようなのは、その、無理だけど。


 ぱちりと瞬きしたエド君に至近距離で微笑んで、それからエド君を逆に抱き寄せる。

 前は嫌がられたのだけど、今回はエド君の戸惑いが伝わってくるだけで、拒まれない。ぽんぽん、と背中を叩くと、微かに安堵したような吐息が胸元に滑り込んできた。


「……気軽にこういう事するなよ」

「エド君にしかしないよ」

「他にされても困る」


 私の背に腕を回して、ぴったりと寄り添うエド君は、ちょっと拗ねたような声。

 いつものような雰囲気に戻っていて、ひっそりと安堵の息を漏らす。


 ……エド君が元気なくなったら、私も辛いもの。それに、親を大切に思えるなら、その気持ちは持ったままで居て欲しい。私には、ないものだから。


「……リア」

「何?」

「……ありがとう」


 何に対してお礼を言ってるのか、私には分からないな。私が好き勝手にやってるんだもの。


 腕の中で小さく呟いたエド君に、私はただぽんぽんと背中を叩いて返事代わりにしておいた。

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