王様の抱えるもの
「夜分に突然の訪問ごめんなさい。あなたにちょっと用事があったの。……ああ、防音の膜張ってるから、騒いでも無駄だよ?」
悪役じみた台詞だと我ながら思う。
でも、暴れないで欲しいという意思はこれ以上になく伝わった筈。……暴れる元気も、なさそうだけど。
私の言葉にフィデリオは瞬きを繰り返す。
「……魔女か、君は」
「ご明察。ああ、危害を加えるつもりとかは全然ないの。ちょっと聞きたい事聞きに来ただけだから。殺すつもりならもう殺してるでしょ?」
「それもそうだな」
からりと笑ったフィデリオは、咳き込む。やっぱり物凄く体調が悪いみたいだ。
心配が顔に出ていたのか、眉を下げて「いつもの事だ」と宣うのだから、かなりこの体調が常態化しているらしい。
「それで、可愛い魔女さんは私に何を聞きたいのかね」
「抵抗はないのね」
「生憎耐性が付いていてね」
「……アドルフィーネで?」
試しに名を出すと、体が震える。
何故知っている、という瞳の揺らぎ方をしたのだけど、私が魔女だという事に思い当たったのか力が抜けて苦笑い。……あ、そういう表情は、エド君にはそっくりだ。
ぎぎ、と軋ませるようにぎこちなく体を起こしたフィデリオの背を支えてあげると「ありがとう」と微笑まれる。
自分の体を支えるようにマットレスに手をついたフィデリオを見て、私は微かに唇を閉ざす。……ああそういう事。何となく、読めてきた。
「あなたは、アドルフィーネが魔女だと知って、結ばれたのね?」
「……そうだ。私はアドルフィーネを愛していた。魔女だと知っても、私の愛は変わらなかったよ」
……親子そっくりな気がする。揺るぎなく言い切るところは、エド君そっくりだ。
「そう。……なら、息子がその血を継いで生まれたのも、分かっているのよね?」
「ああ」
「じゃあ、聞きたいのだけど……王妃は、その事を知っているの?」
問題は幾つかあるのだけど、まずはそこから。
王妃がエド君の出生の秘密を知っていたかによって、ちょっと変わってくる。
知らなかったのならあの石の価値など分からないだろうから、ただ美しい宝石として求められている事になる。
宝石に目が眩んでトーレスと魔女に喧嘩売る馬鹿、という評価は下るけどね。というか禁忌の森に手を出そうとした時点で愚者以外の何者でもないけど。
知っていたなら、石の価値を知って追っ手を掛けた事になるかもしれない。
分も弁えず太陽に手を伸ばす愚か者には変わりないのだけど、こっちの方が厄介だ。石で何をしようとしているか、という問題になる。
もし、戦争も辞さない構えで求めているのだとしたら、危険ではあるだろう。
……手に渡って悪用の恐れが出てきたら、多分、私だけじゃなくて他の魔女も出てきそうだけど。魔女の領分を侵す者には、制裁を加える事も辞さないから。
「……ヘルミーネには伝えていないが、彼女は勘づいているかもしれない。どちらにせよ……ヘルミーネは、アドルフィーネを憎んでいた。私が原因であるのは、知っているが」
私がアドルフィーネだけを愛したからな、と自嘲めいた笑みを浮かべて嘆息したフィデリオ。
嫉妬、という感情は人を狂わせる、とは聞いた事があるのだけど、そこまで人を憎めるものなのだろうか。私には、分からない。
「あなたの息子に追っ手をかけている理由は?」
「……石を探している、とは聞いた覚えがある。全て、ヘルミーネの独断だから詳しくは知らない」
「王を差し置いて王妃が兵を動かしていると?」
「私は、対外的には病床に臥しているからな。実際、体調は芳しくない。……この部屋に幽閉されているも同義だ」
無力な王だろう、と苦笑いして諦観の眼差しを浮かべているフィデリオは、顔色はとても悪い。
でも――それは、病なんかではない。
体を支える手を見て指先に視線を滑らせれば、うっすらとだけど赤い斑点が出ている。
竜鱗にも似た斑点がかさついた肌に浮かび上がっているのだけど、それは私が知る限り病気で出るものではない。……ある特殊な毒草に含まれる成分を摂取した時だけ、その紋様のような斑点が表皮に表れるのだ。
症状は、まあ簡単に言ってしまえば緩やかな衰弱。具体的には臓器の機能を低下させていく。
時間をかけて死なせるにはもってこいの毒。
ただ、この症状の一つである斑点の特殊性から、毒だと判明しやすいのだけど……残念な事に、この毒草は一般流通には出回らない。稀少で生息地も限定されすぎて、この毒を知っている人間は医者を含めても滅多に居ないのだ。
だから、奇病として扱われるし、感染予防と称して隔離する事だって出来る。それを実行したのは、間違いなく……。
「フィデリオ、あなたの体は、病に侵されているのではない」
「毒に侵されているのだろう?」
「……知っていたのね」
「そうだろうな、とは思っていたのだ。……長時間立つ事もままならず、今はお飾りの王となっている。周りはヘルミーネの息のかかったものばかり。緩やかに死を待つつもりですらいた」
……だから、この人は私が来てもそう驚かなかったのだろう。強大な魔女を相手にするのは慣れているのは事実だろうけど、それ以上に「いつ死んでも良い」と思っていたから、諦めていたから、あんな余裕があったのだろう。
「死んで貰っても困るの。私としては、あなたにこの国を治めていて欲しいし」
「この無力な王にか」
「臥せる前まではあなたの治世はとても良いものだったし、私としてはヘルミーネが邪魔なの。エド君の邪魔になるし……」
エド君に危害を加えようとするから忌々しく思ってるだけで、基本的に隣国の王妃なんてどうでも良い。ああ、魔女の領域を荒らした愚か者とは思ってるから、これ以上私の地を乱そうとするなら話は別なのだけど。
領域を侵しあまつさえ血で穢した、不届き者にして愚か者。普通の魔女ならこれだけで制裁に走るもの。
そんなやつに一国の長になられるなんて、不愉快だ。
フィデリオは魔女に友好的であるし、領分を弁えている。それに……エド君のお父さん、というのが若干贔屓目で入っている。
まあ、これは元々フィデリオが国を治めていたのに、ヘルミーネが病床についているからという理由をつけて実質的に簒奪したのが悪いし。
早く手を打たなければ、フィデリオは毒にやられてしまうか、退位させられて彼女の息子が王座に就くだろう。今恐らく瀬戸際ではあるのだ。
……不慮の事故を装って魔法で王妃をサクッと殺ってしまおうか、とかちょっと思ったのだけど、それは最終案。
フィデリオを健康にして、それで正式に王妃に罪を問うのが一番エド君の罪悪感がないだろう。
私? ……私の領域と大切な人を害した罪人を悲惨な目に遭わせても、良心の呵責なんて発生しないよ。だって、それ相応の事をしているんだもの。
「薬は今はちょっと手元にないのだけど……また、作ってくる。流石に直ぐには治らないし、治っても怪しまれたり実力行使されそうから加減しつつだけど」
「解毒、出来るのか?」
「こう見えて薬師で人の世界に入ってるから。お薬に関してだったらそれなりの知識はあるよ。どこぞの王妃が差し向けた医者なんかよりはね」
「……はは、そうに違いない」
今度は、穏やかに、楽しそうに笑ったフィデリオ。
諦めの笑みとは違う。これが本来の笑顔なのだろう。少し生気が戻ったようにも思える。
……笑顔は、エド君にやっぱり似てる。顔立ちはアドルフィーネの方が強いのだけど、笑った時の雰囲気はフィデリオそっくりだった。
長くなったので分割しました。残りは明日投稿します。




