夜闇の出会い
好きって難しい、と我ながら情けないくらいに悩んでいる。
エド君は私の事が好き。夫婦になりたいくらい。おまじないも一杯したいし、その先に進みたいとも言われた。
その気持ちは痛い程に分かったし、誠実なエド君は本気で私に婚姻を申し込んでいるのも。
私が、それに上手く答えられないだけ。
……人に愛された事なんて初めてで、どうして良いのか分からない。拾われる前はいつも悪意ばかり向けられてきたし、こうしてひたむきに『好き』と思われるのは、くすぐったい。
……流されないように、ってエド君は言ったけど、私のこの気持ちは流されて生まれたものなのかな。
触れたい、声を聞きたい、もっと一杯触れて欲しい。おまじないだって、嫌じゃない。多分、心地良いと感じている。
違うよね、これは流されて生まれたものなんかじゃない。私が、ちゃんと自ら感じた事。
……これを、好きという定義にしても良いのだろうか。
好き、なのかなあ。
「エド君、その、今日は一人で寝てくれる?」
いつも一緒に……最近では何か毎日どきどきしながら添い寝してるのだけど、今日は、エド君と寝るつもりはない。いやいつも寝たいんだけどそもそも寝るつもりがないというか。
青の瞳を細めたエド君に「嫌とかじゃなくてね」とちゃんと先んじて言っておく。
その、エド君の腕の中で寝るのは、心臓にはちょっぴり悪いけど、安心するから。心地好くて、離れたくなくなる。
一度懐に入ると朝まで抜け出す気にならないので、一緒に毛布にくるまらないようにしておくのだ。
「今日の夜は出掛けるつもりだから、先に寝ていて欲しいの」
「夜中に出掛けるつもりか? 女一人で危ないだろ」
「あのね、私立派な魔女だからね。一人前と言い切って良いかはちょっと微妙だけど」
何でそこで心配するのエド君。私はこう見えても強いんだよ、ほんと。エド君に実力なんて見せた事がないけど。
やろうと思えば国一つくらい簡単に吹き飛ばせるんだからね。無闇な殺生はしたくないからしないけど。
えへんと胸を張るものの、エド君に納得した様子はない。寧ろ危なっかしいと瞳から伝わってくる。失礼だねほんと。
「魔女だろうが女だろう。好きな女を心配して何が悪い」
「ふへっ!?」
いきなり爆弾を投げ込まないで欲しい。
し、知ってるけど、好きなのは知ってるけども。今回は照れも臆面もなく言い切られて、戸惑う。いつもの恥ずかしがり屋さんなエド君は何処に行ったのか。
私が恥ずかしくなってしまうので、誤魔化す為に唇をもごもごと動かして、溜め息。
「あー、えっと。心配しなくて良いからね。危なくなったら直ぐ逃げ出すし、そもそも気取られる事はないようにするから」
「……何処行くつもりなんだ」
「んー、シャハトの王城? エド君パパに会いに行こうと思って」
笑って答えたら、エド君は絶句。
暫く固まって、そして息を吸い込んで――。
「お前は大馬鹿か!!」
叱声が部屋に響き渡った。
酷い目に遭った、というか酷くエド君に怒られた。お説教された。王城に忍び込むとは馬鹿なのか、と。
いやあのね、それは分かってるんだよ。厳重な警備体制敷かれてる事は重々承知してるし。
でも、私が正攻法で、王妃に気取られぬように国王に会える訳ないじゃん。
アレクに頼んでも、アレクが一国の王に見知らぬ女を連れて王妃抜きで話せる状況に持ち込める訳がない。流石にそこまでの権限は彼にはない。
なら、話を聞く為には忍び込んじゃうしかないと思うのだ。
「突撃隣国の国王寝室ー」
口の中で小さく呟いて、私は豪奢なベッドに横たわる男性を見下ろした。
エド君には全力で諫められたのだけど、押しきってやって参りましたシャハト国王の寝室に。
エド君に部屋の場所聞いたから、王城にちょちょっと転移で飛んできてこっそり忍び込みました。エド君はちょっとお留守番。どうなるか分からないもの。
幸いな事に、部屋には誰も居ない。というか、一国の王の部屋としては、何だかこう、華やかさがないというか……全体的に死の気配に満ちている、と言ったら良いのだろうか。
良くない気がある。悪意が染み付いたような、そんな感覚。
早く出たいな、と思わせる空気に身震いして、それから眼下の男性をみやる。
エド君にそう似ている訳でもない。目元の辺りはほんのり似ているかな、と思うくらいの、金髪に白髪が混ざり込んだ男性。
確か初老を少し越えた所、だった筈なのだけど……おかしい。それよりも老けて見える。それに、驚く程痩せていて、頬がこけていた。
どう考えても健康体には見えない。青ざめた顔は一瞬死んでるのではないかと思わせる程だ。
……これが、死の気配の元凶、なのだろう。
表に出てこない、とは聞いていたけど、まさか此処まで衰弱してるなんて。
こけた頬を撫でると、かさついた感覚が返ってくる。
ひやりとしたその感覚は、私まで冷たくなりそうな程。
「う……」
思わず容態を確かめていたら、どうやら起こしてしまったらしい。どちらにせよ起こすつもりなのだけど、ちょっとこの状態で起き上がらせるのは申し訳なさがある。
ゆっくりと、瞼が持ち上がり、エド君そっくりの双眸が空気に触れて、私の姿を映し出す。
「……何だ、私を殺しに来たのか?」
掠れた声が、揶揄するように吐かれる。ただ、それは私を笑うものでなく、自嘲のような声だった。
目覚めたら見知らぬ女が触れている、確かにそう見えるかもしれない。そんなつもりは一切ないのだけど。
手を汚すなら相手は真っ先に王妃選ぶよ。エド君の幸せに邪魔だもん。……いやエド君は私と居れば幸せらしいから禁忌の森にずっと居ても良いのか……? と関係ない事を考えてしまったので一旦中断しよう。
こほん、と逸れかけた思考を戻す為に咳払いを一つ。
「こんばんは、フィデリオ=デア=シャハト」
なるべく警戒を抱かせないように微笑むと、彼……シャハトの現国王であるフィデリオは微かに瞠目して、笑った。