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忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第五章 そうして王子様は
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王子様の気持ちと、悩める魔女様

 婚姻を結びたい――。


 エド君は、そう言った訳だけど、それはつまり夫婦になりたい、という事、だよね。


 夫婦は、愛し合った男女がなるもの、と聞いた。

 聞いたというのは、私も知識だけというか、町に行って見たりはするけど詳しくは知らないもの。

 師匠は当然、独り身だった。魔女に添い遂げられるのが魔女しか居ないから、仕方ないのだけど。


 だから、夫婦がどういう存在なのかは、あまり知らない。人とあまり関わらないようにはしていたから。

 愛し合った男女が辿り着く関係。家庭を築く、んだよね。子供とか……。


「リア?」


 真面目に集中して考えていたら声をかけられたので、びっくりして体が震えてしまった。

 エド君の腕の中で思案していたのが間違いかもしれない。……というかエド君の腕の中に居る事自体が間違いかもしれないけども。


 やっぱり変わらずエド君に包まれて寝るんだけど、なんというか、エド君が自ら抱き締めるようになってきた。

 逆に困惑する。……エド君、あれだけ恥ずかしがって抵抗感を覚えていたのに。


「……今考え事してたの」

「俺の事?」

「……そう、だけど」

「そうか。頭の中を占めてるようで何よりだ」


 くす、と笑って私の髪を優しく梳くエド君。

 すっかり笑うようになったというか……私の前ではとっても表情が豊かなのだと、最近気付いた。


 その、笑うようになったのは嬉しいし、良いんだけど……何か、笑みがこう、優しいというか、……甘い。

 眼差しも穏やかで、砂糖をそのまま溶かして注ぎ込まれるような、そんな甘さを含んでいる。とろとろで、私の体はスポンジみたいに彼の眼差しを吸い込んでじゅくじゅくと甘さに侵食されていく。


 お、おかしい。普段のエド君はツンツンしてて、素っ気ないけど実は優しいみたいな人だったのに。何で甘いんだ、そんなに。

 こういうのを女たらしというのではないだろうか。


「……エド君、そういう顔他でしたら駄目だからね」

「他でするも何も、お前の前でしかしないつもりだが」

「え? 気遣いありがとう……?」


 それなら良い……のだろうか? あれ?


「これはやきもち焼いてくれたと見て良いのか?」

「やきもち……そういう訳じゃなくてね、あのね、その表情は何か女たらしっぽいもの」

「それは困るな。言葉巧みに騙すつもりはないんだぞ。俺は誠実でいたいし、じっくり教え込みたいだけだから」


 声すら甘いのだから、聞いているだけで体がじくじくしてくる。シロップ漬けにされる果物の気分だ。

 食べられてしまうのだろうか、私も。エド君にぱくりと。


 私を蜜漬けにしてくるエド君は、私がびくっと体を揺らした事に大層ご満悦そうに口角を上げている。

 ……おかしい、エド君がこんなにも余裕綽々だなんて。なんか不公平だ。


「……何を教えてくれるの」

「そうだな、少なくとも俺の気持ちとか、決意は理解して貰うつもりかな」

「も、もう分かってるつもり、なんだけど」

「全然分かってなさそうなんだが」

「わ、分かってるよ、夫婦になりたいって事なんでしょ!?」


 エド君は婚姻を結びたいって言ったから、その言葉通り結婚をして夫婦になりたいと言った、と認識している。

 つまり、エド君は私の事が好き、らしい。


 ……考えると凄い状況だね今!?

 毎日エド君と一緒に寝ていたのだけど、つまりエド君は好きな人を毎日懐に入れて寝ていたという事なんだよね。エド君的にそれはどんな心境だったんだろうか。


 ……私がくっついてすりすりしていたの、もしかしたら物凄く悶えていたのでは。

 今は逆に、自分からくっついて腕にくるんでるけど。積極的に触れてくるから、嫌じゃないけど、もぞもぞする。


「生涯を共にする、と言った時点でそこは気付いて欲しかったんだけどな」

「そ、そんな事言われても……その、浮かれてた、し」

「浮かれるくらいには俺は懐に入ってたんだな」

「今懐に入れてるのはエド君でしょ」

「そうだな。なにせ俺のものだから」


 しれっと言われて、不思議と頬に熱がのぼる。

 恥ずかしい、と気付いたのは、頬がかっかと燃え上がって、火の粉でも飛び散らしそうなくらいに熱を孕んでいたからだ。

 じわり、と視界が滲むのは、悲しいとか苦しいとかじゃなくて、純粋に恥ずかしいから。胸は苦しいけど。


 泣く以外でこんなに羞恥を覚えるとは思わなかった。


「……自分でそう言ったよな?」

「い、言ったけど」

「なら、抱き締めてもおかしくはないだろう? 触れても良い訳だ」


 言うや否や、私を抱き締めて余った掌で頬を撫で、首筋に指を滑らせる。

 そ、それ弱いの確信してやってるよねエド君。物凄くくすぐったいのに。


 頬を撫でられるのは気持ちいいのに、首筋となるとちょっとの刺激が何倍にも増幅されて胸に打撃を与えるのだ。

 ぞくん、と気味が悪いとも違う、鳥肌が立つのにも近いような感覚が胸に生まれてはお腹に滴り落ちていく。


 嫌じゃないけど、物凄くもどかしいというか、くすぐったさに熱と不可思議なものを一滴混じらせたような、なんとも名状し難い感覚。


「……んっ」


 指先が首筋を辿り、悪戯するように撫でるだけで、声が漏れる。……自分じゃ出せないような、鼻声のような甘い声が。


「や、やだ、エド君、それお腹じくじくするから、だめ」

「それを俺に言う辺りお前は煽ってると思うんだが」


 笑われた。楽しそうに、嬉しそうに。

 ……何でそんなに楽しそうなんだ、人が地味に悶えているというのに。


「今すぐ食べてしまいたいと思うくらいには、お前って煽ってくるよな」

「や、だめ、……ま、まだ食べ頃じゃないよ……!?」

「……食べ頃になったら食べて良いのか?」

「あっ!? ち、違う、いや違わなくもない……? と、兎に角、駄目だから、駄目なの」


 食べ頃云々はエド君に蜜漬けにされて間もないからとか訳の分からない事を思ったから口を迸ったのだけど、よくよく考えてみればとんでもない事を言っている気がする。

 食べ頃になったら食べられても良い、と言ってしまっているようなものだ。


 ……エド君の食べるって、どういう意味なのだろうか。それは可愛がるとかではなくて、えっと、そういう意味なの、かな。


「はいはい。無理強いはしません」


 思考をぐるぐると巡らせていたら、エド君はぱっと首をなぞっていた手を離し、そのまま両手で抱き締める。

 今度は優しく包み込むように。


 瞬いてぽかんとする私には「間抜けな顔」と笑うものだから、変な感覚も吹き飛んでちょっとむむっと不満が生まれる。そんな私を見てまた笑うのだから、ほんとエド君って意地悪だ。

 私をからかってるに違いない。余裕綽々に見える。


「何でそんなに余裕があるのか分からない」

「……余裕があるように見えるのか」


 何だか苦笑い気味に呟いたエド君は、私の顔を胸に押し付ける。


  どくんどくん、と勢いよく胸を叩くのは、心臓の音。平常ではとても考えられない程に、鼓動が跳ねて暴れまわっている。

 顔は、普段通りを装っているのに。


「……結構頑張ってる方だからな。お前が鈍いから押さないと理解してくれないだろうし」

「……え、 エド君は、私の事、そんなに好きなの?」

「愚問だな。好きじゃなきゃ永遠を共にしたいなんて事言うかよ」


 俺は考えて言ってるからな、とちょっとぶっきらぼうな感じが戻った声で囁かれて、体が強張る。


 ……エド君は、私の事好きで、ずっと側に居たいと思ってくれている。


 じゃあ、私はどうなのか。

 エド君の側に居たいのは事実だ。願わくば死ぬまで、とすら思ってる。


 そこに、エド君のような好意はあるのだろうか。


 そもそも好きとかって何処から好きなのか分からないから難しいというか。

 触れられて気持ちいい、側に居て幸せ。これは、好きなのだろうか。友愛や親愛じゃなくて、恋情と言えるのだろうか。


 ……エド君が好き、なのは、多分そうだと思うけど。誰にも抱いた事のないこの気持ちは、好きという感情なのだろうか。

 こう、激しく好きで堪らない何かしたいとかそんな感情じゃなくて、燃えるけど穏やかなこの気持ちは、恋なの、かな。


「……俺は、お前の側に居たいし、お前と触れ合いたいし、もっとすごいおまじないもしたいし、その先にも進みたい」

「う、うん……」

「だから覚悟してくれって言ってるんだから、そこは承知してくれ。……俺だっていつも紳士で居る訳じゃないからな。心が決まるまで待つけどさ」


 額に振ってきた唇に固まった私にエド君は苦笑して、私を抱き直してはそのまま瞳を閉じる。

 変わらずに勢いよく跳ね続ける鼓動に、私は早く自分の感情を定めなくてはならないと分かっていても上手くいかなくて唇を噛み締めた。

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