王妃の謎と王子様の決断
「本当に君ら、何があったの」
私達の変化は、訪ねてきたアレクにも筒抜けなる程には変わってしまったらしい。
呆れ気味に指摘されたのだけど、何があったのと言われても困るというか。
……そういえばアレクには言ってなかったよね、エド君が魔女になった事を。
此処暫くアレクが訪ねてくる事はなかったし、わざわざ魔女が王宮に出向くなんてしたら大事にもなるから教えには行かなかった。
「あー、アレクに言っても良い?」
「別に支障がある訳ではないだろ、アレクだし」
「ふふ、そうだね。旧知の仲だしね」
「え、何もしかしてとうとう身も心も」
「ぶん殴るぞお前」
エド君がクッションを投げ付けてアレクが顔面キャッチ、いつもの流れだ。
鼻を赤くしたアレクは、一気に不機嫌になったエド君を見てげらげらと笑う。王子様とは思えない笑い方だけど、エド君も王子様らしからぬ態度なのでどっちもどっちだろう。
身も心も何? とエド君に聞いたら、エド君は「俺達にはまだ早い」と何故か子供を窘めるように諭されたので、取り敢えず頷いておいた。
そんなエド君にまたアレクが笑っていて、エド君は二発目をアレクにお見舞いしている。……収拾つかなくなってないかな。
一旦落ち着いて、という意味で隣のエド君の袖を引くと、途端にエド君は大人しくなる。
変わりようにちょっとびっくりしたのだけど、直ぐに落ち着いてくれるならそれはそれで良いのだろう。
「……いやはや、君らさぁ」
「何か文句あるのか」
「いえいえ何でも」
その含みのある笑みがエド君の気に障るんだと思うよアレク。
若干の苛立ちはそのままに、でも怒る気力まではないようで、フンと居丈高気味に鼻を鳴らすだけに留めている。
まあまあと宥めると少し表情が和らぐので、私はよろしいと頭を撫でた。……何故か撫で返されたけど。
「まあそこでいちゃつくのは良いんだけどさ。で、結局何があったの?」
「いちゃついてなんかないからな」
「はいはい話逸れるから。で、何があったの?」
「あー。えっと、エド君が魔女になりました」
「へー。予想範囲内だったけどね」
……あれ、アレク驚いてない。
「いやだって、魔女の子供なら魔女になる資質はあるだろう? それでリアの側に居るなら、その道を選ぶかなって」
「……アレクは、エド君がその道を間違いなく選ぶって分かってたの?」
「勿論。エドヴィン君はすごく分かりやすいからねえ」
「やかましい」
「あれだろ? 結局側に居るって決めたんだよね? 永遠の伴侶になるって事だろ?」
「は、伴侶とかまだ言ってないだろ!?」
「伴侶は連れとか仲間って意味もあるんだけど……おやおや、エドヴィン君は別の方で想像したのかな? というか『まだ』言ってないだけなんだよね?」
にやにや、と何だか粘っこい笑みを浮かべてエド君を言葉で弄り出すアレクは、実に生き生きとしている。エド君はイライラとしているけど。
エド君落ち着いて。アレクからかいが生き甲斐なの知ってるでしょ。
それにしても、伴侶、かあ。
伴侶って、夫婦って意味もあるんだよね。……まだ言ってないって、エド君言ったけど。
じゃあ、その時が来たら、伴侶にしたいと望むのだろうか。そもそも、エド君の求める伴侶って、どんなもの? 私にどうして欲しいんだろう。
エド君を見上げると、エド君は怒りによる顔の赤らみを、別の赤らみに変えてそっぽを向いた。
相変わらず、アレクはにやにやしている。
「素直になれば良いのになー。まどろっこしい」
「やかましい」
「エド君エド君、伴侶って?」
「今此処では言わん!」
「時間と場所変えたら言うんだね」
あ、エド君撃沈した。
アレクはげらげらお腹を抱えて笑っている。それで良いのか王子よ。
息を乱しひーひー笑って呼吸困難に陥りかけているアレクに「笑いすぎ」と指摘すると、腹部を押さえて背中を丸めた体勢から漸く戻った。
……口の端がひくついてるけど。
「まああんまり苛めるのも可哀想だしこれくらいにしておくよ。うぷっ」
「そろそろ殴っても良いか」
「ごめんって。そろそろちゃんと僕の用件も話すから」
未だに笑いの残滓は残っていたけれど、一転して真面目な表情に。
わざわざアレクが来るなんて、何かしらあった時なんだよね。用事がなければこな……い事もないけど、今日はちゃんと用事があるようだ。
「エドヴィン君……というか二人に関係する事なんだけどね。まだ王妃はエド君捜索してるみたいだよ」
「……まだ? もうかなり時間は経ってるのだけど」
「時間がかなり経ってるから打ち切る筈だし、最後の目撃が禁忌の森付近なら普通諦めるんだけどね。それに、わざわざ他国に密かに兵を出すなんておかしいだろう?」
宣戦布告でもしてんのかな、とにこやかに宣うアレクにまあまあと宥めつつ、私も唸って考えてみる。
普通、こんなにも時間が経っていたなら死亡と見なす筈なんだよなあ。場所が場所だし。
それでも探すという事は理由がある筈だ。いやあの石が理由なのだとしても、あの石にそんな価値はないと思うのだけど。常人にはひたすらに美しい石ってだけだもの。
それなのに他国を刺激してまで密かに兵を向けるなんて、余程の理由があるかとんでもない愚か者か。
「……理由の一つは知ってるけど、そんな危険を冒してまでする事じゃないと思うの。ねえ、エド君」
「……たかだか石程度だからな。魔力がこもってるってだけなんだろう?」
「そうだね。今はあんまり意味がなくなってエド君の魔力を隠す為のものになってるんだけどね。……もしかして、魔力がこもってる事を知ってるとか?」
もし王妃が、魔力がこもっている石だと知っているなら、狙う理由も分からなくはないのだ。使い方では害をもたらせるものだから。
ただ、常人が使いこなせるかといったらそうではなくて、寧ろ内包する魔力を暴発させたら大惨事になる。才のない者が使えば、間違いなく体が内側から焼け尽き端々から朽ち果てて行く。
それを知らずに求めているとか?
でも、そうだとしたら何故?
「まあ理由は分からないんだけどさ。シャハトの王妃は元々高慢で強欲な女だと言われているからね。その石とやらを欲したのならなりふり構わず手に入れようとしてるんじゃないかな?」
「下手につつけば友好国いえど国交問題に発展するというのに? 」
「その問題すら捩じ伏せられるという価値があるなら求めるんじゃないのかな」
……確かに、魔女であるアドルフィーネが直々に魔力を編み塊にしたものだけど……それを何故知っていたのか。
それを知っているなら、エド君の出生すら知られている可能性だってあるんだけど。
直接聞けたら早いんだけどなあ。流石に王妃の方には接触したくないし。……あ、王妃じゃない当事者に聞けば良いのか。
「……リア、何か企んでない?」
「ううん、何でも?」
訝るようなアレクにはとびきりの笑顔を返すと、何故かエド君が拗ねた。
「そういえばエド君、伴侶って?」
アレクが帰った後に何気なく聞いてみると、エド君は吹き出した。
お茶を飲んでなくて良かった、撒き散らされると拭き取るの大変だし。
「お、お前、まだ覚えてたのか」
「覚えてるよ? まだって?」
「う、うるさいな……お前には関係ない」
「私の事じゃないの?」
しゅーんと眉を下げて見ると、エド君はうっとたじろいだようで、若干視線がさ迷う。
「だって、今此処じゃ言わないって言ったじゃない? いつ何を言うのかなって」
「……う、うるさいな、そういう事は覚えなくて宜しい」
「む。……気になるもん。エド君が、私に何を求めているのとか。私に出来る事なら、なんでもするよ」
エド君は、私とどうなりたいのだろう。
一緒に生きてくれる事を誓ったエド君は、他に私に求めないのだろうか。
エド君は私のもので私はエド君のもの。
それに頷いたけど、具体的にどう覚悟すれば良いのだろうか。……エド君は、私に、何を求めるの?
伴侶って、どっちの意味?
真っ直ぐにエド君を見上げると、右往左往していた視線が一度ぐるりと回り、それから私に注がれる。
困惑から、真剣なものに。
「お前さ、分かってる訳じゃないんだよな?」
「え?」
「分かってないからそういう事聞くんだよな。……このにぶちんめ」
ごん、と頭突きをされた。あくまで軽いものだけど、地味に痛い。
痛みにきゅっと瞳を閉じた瞬間に、唇に温かいものが覆い被さってきた。
肩を掴まれて、そのまま引寄せられ後頭部に手を回される。
その仕草は優しい癖に強引で、気持ちも含めて抗える事もなく、ただエド君にされるがまま。嫌な気分はしないけど、くすぐったい。
何をされているかと思えば、おまじないをされていた。
ぱち、と瞬きを繰り返して戸惑いを精一杯表現するのだけど、エド君が宥めるように唇を啄むものだから力が抜けてしまう。
余った片手が首筋を撫でるものだから、得体の知れない感覚に腰がぴりりとした電撃に襲われて、声が漏れて。
あ、と吐息に混じらせてか細く喉を鳴らした瞬間に、熱いものが口の中に滑ってきた。
息を飲んで顔を離そうとしたら、掌が固定されて逃げられない。
ぺろりと舐めたそれが、私のそれを捉える。逃がさないと言わんばかりに絡み付いて、撫で上げて。
本当に訳が分からなくて硬直する私を、エド君はゆっくりと撫でる。舌先で、それから掌で。首筋を撫で、鎖骨に下り、布越しに胸元へと滑り落ちていく。
今までエド君がしようともしなかった触れ方に、無性に触れられた胸の奥がどくんどくんと跳ねる。
優しく擦るように、掌が余る残念な山を手に収めてはほんのりと指を食い込ませる。くすぐったくて、それでいてちょっぴり甘い疼きのようなものを、胸の中に産み落としては蓄積させていくのだ。
……あつい。
唇が塞がれて、胸の上から心臓も押さえられて、頭がぼうっとする。
嫌ではないのだ。だって、エド君だから。寧ろ、心地好い、のかもしれない。彼の温もりを感じる事が。
「そういう関係になったとして、俺はこういう事を、これよりもっと激しい事をお前に求める訳だが、お前はそれでも良いのか?」
「……う、うん……?」
唇を離されると、間を繋ぐように糸が伸びる。
途中でプツリと切れたそれをぼんやりと眺めながら、でもエド君の言葉に頷くと、エド君は頭を抱えた。……エド君からしておいて何でそんな反応なのだろうか。
「あのさ、本当に分かってるのか? 普通嫌がるからな? わざと嫌がる事したつもりだからな?」
「嫌、とかじゃないよ? その、エド君におまじないされるの、気持ちいいよ」
「そういう煽る言葉を言うなばか。……ほんとこいつ意味分かってるのか。何でそこで自覚してくれないんだお前は」
「いひゃいー」
真面目に答えたつもりなのに頬をつねられてしまって、涙目で見上げればエド君が頬を赤くする。
こほん、と咳払いをしたのは空気を変えるためだろう。
「……覚悟しろって言ったの、覚えてるよな」
「う、うん」
「分かるまで教え込むからな」
「……う、うん?」
「くそ恥ずかしいが、この際良い。俺はお前と婚姻を結びたいと思ってるんだ」
……婚姻、って。
ええと。
「今決断はするな、お前絶対流されるから。お前が俺の事を心から好きになるまでは、返事しなくて良いから」
「え、あの、エド君?」
「どうせ長生きするし、ずっと一緒に居るから構わんだろう。……もう一度言うが、覚悟しておいてくれ」
言い切って、勝手に顔が赤くなった私を見て満足げに笑うエド君。
それから優しげに頬に口付けてくるから、私は色々と情報を処理しきれなくて力尽きたようにエド君に凭れては熟れた頬を隠すのだった。