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忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第五章 そうして王子様は
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二人の距離

 エド君が魔女になったからといって、そう生活が変わるものではなかった。

 いつも通りの生活に加えてエド君に魔力制御の術を教えているくらいだ。


 といっても特に魔法が使いたいとかではなかったらしく、そこそこにしている感じだ。必要としていたのは寿命だけだそうで、魔法は使えたら便利だなくらいの認識らしい。

 ただエド君は要領がよくて器用だったので、着々と覚えているのが凄いというか末恐ろしいというか。


 魔力を扱う練習をしながら、自分の事もしているのだから本当に偉い。


「ねーエド君、まだ寝ないのー?」


 寝室でもせっせとレースを編んでいるエド君。

 何でも小さめのテーブルクロスを作っているらしくて、私には理解出来ない指の動きで細やかな編み目を次々と生み出している。


 白い糸が色々模様になっていくのは見ていて面白いし素直に感心するのだけど、そろそろ寝る時間だと思う。

 ただでさえ魔力の制御に体力使っているのだから、体を休める事も大切だと思うのだけど。


「ねー」

「分かってるから。もうすぐ終わる」


 エド君はベッドの縁に腰掛けて作業していたので、私はそんなエド君に背後からくっついて、肩の辺りから作業を眺めている。

 エド君最初は真っ赤になっていたけど慣れたらしくて黙々と作業をしてしまうので、私の存在がスルーされている気がする。


 肩に顎を乗せて待機する私にエド君は一瞬だけ針を離して軽く頭を撫でる。

 小さく「大人しく待ってろ」と囁かれてしまったので、仕方なく言われた通りに待つ事にした。


 大人しく、と言われたのでその体勢のままじいっと作業を眺める。ちょっと退屈だったのでエド君の横顔を見詰めてみたり、背中に体ごと寄せてみたり。

 なんというか、エド君って睫毛長いよねえ。肌だってすべすべだし。


 まああんまりじろじろ見てても怒るから、エド君の手もとに視線を戻すのだけど。


 エド君の掌は、私のものより一回りか二回りくらいは大きい。男女差と肉体の年齢差のせいなのだけど、結構にエド君はしっかりした掌をしているのだ。


 そんな手が、細やかに動いて繊細な模様を作り出すのだから、本当に凄いと思う。

 エド君からすれば調合の方が面倒臭いみたいだけど、私からすればレース編みなんて出来っこないので尊敬している。


「……そんなに見ていて楽しいか」

「うん。一人で待つよりこうしてた方が楽しいよ」


 一人でごろごろするより、背中にくっついて温もりを感じながらのんびり眺めていた方がずっと楽しいもの。


 それに、くっついているとエド君の魔力を感じる事が出来る。魔女同士身を寄せ合うなんて基本ないから、この感覚は新鮮だ。

 エド君の魔力は、とても温かい。側に居て、心地好い。


 肩に顎を乗せて喉を鳴らす私に、エド君は「はぁ」と大きな溜め息を一つ。


「……もう寝るから一旦離れろ」


 針を動かすのを止めたエド君の言葉に、私は素直に離れる。

 エド君はぎこちない動きで作りかけの作品と道具をサイドテーブルに置いてあった箱に仕舞ってから、向き直った。ほんのりと視線が泳いでいるのは、気のせいだろうか。


 ベッドに上がって横になる時も妙によそよそしいというか、こう、緊張気味だ。

 何を今さら緊張する事があるのだろうか。私とエド君の仲だというのに。


 変なの、と思いながらも同じように転がってエド君の懐に潜り込むと、やっぱり固まるエド君。

 拒まれはしないから嫌ではないのだろうけど、頬を寄せるとエド君の体が強張ってしまうのだ。……散々エド君も抱き締めてくれたというのに、何でぎこちないのか。


「……お前、最近やけに甘えるな」

「これ甘えてるのに入るの?」

「どう見てもな」


 ……うーん、まあ前より距離はなくなったと思う。隠し事もうないし。

 それに、エド君が側に居てくれるって、言ったから。


「うーん。エド君が、ずっと側に居てくれるって言ったから、嬉しくて。凄く、幸せ。もう一人ぼっちじゃないんだと思うと、つい」


 ――もう、一人じゃない。

 人間からすれば狂いそうになる年月を、共にしてくれる人が出来た。隣で寄り添ってくれる人が出来た。

 それだけで、私は、幸せだ。この温もりをもう手放せない。


「側に居るって言ったからな」

「うん。……エド君は、私のもの。もう離してあげないもん」


 約束したんだもの、側に居てくれるって。

 どれだけ私が止めた方が良いって止めても聞かなくて、結局人の輪から外れてしまったエド君。もう、手放さないし、エド君一人では生きていけない。


 魔女は隠して生きていくしかない。数年ごとに拠点となる町を変えなきゃいけないし、親しい人は作れない。制限だらけの生になる。

 それでも私と生きると決めたのはエド君で、私もそれを受け入れた。……だから、私はもう、エド君から離れたりはしないよ。最後まで、側に居る。


 エド君の服の、胸の辺りをちょこんと掴んで見上げて笑うと、エド君は暫くむっつりと口を閉じた後、躊躇いがちに唇を開く。


「……じゃあその代わりに、お前は俺のものになってくれるのか?」

「うん? 構わないけど」


 いきなり何を言うかと思ったら。

 それくらいお安い御用というか、寧ろ代償がそれで良いのだろうか。


「そこをあっさりされても困るんだがな」

「だって、エド君の人生を貰うのなら、私の人生をあげなければ不公平でしょ?」


 私はエド君の人生全てを捧げて貰った。ならば、私も同じようにエド君にあげるべきだ。

 ……ちょっと重いかもしれないけど、魔女は約束を大切にする。口約束でも、契約になる。


 私はエド君に側に居る事を誓って貰ったのだから、私もエド君にこれからの未来をあげる事を誓うのだ。まあ、私なんかで本当に良かったのかは、今でも甚だ疑問なのだけど。


 そんな事で良いの? と首を傾げた私にエド君は少し呆気に取られたようだったけど……やがて、困ったような苦笑に変わる。

 それから、宙をさ迷っていたエド君の腕が、私を固定するように背に回って。


 ぎゅ、と仄かに空いていた隙間を埋めるように、私の胴体はエド君の胴体とくっついていた。

 それどころか、熱を共有するように脚を絡めて、腰もエド君の腕が固定して、エド君と距離が詰められていた。

 顔だって、睫毛の一本一本を数えられるくらいに、近い。


 ぱちりと瞬くと、エド君はほんのりとした照れを頬に乗せつつ、表情だけはいつものように……ううん、いつもより、真剣で。


「お前の人生を俺にくれるという意味、本当に分かってるのか?」

「え?」

「まあ良いけどさ。これから長い付き合いになるだろうし、否応なしにきっちり理解させていくつもりだから」


 な、何だか言い知れぬ感覚がする。何て言ったら良いのか。……狙われてる、ような。

 緊迫感や焦燥感をもっと甘くして、ほんのりと期待を混ぜたような、そんな感じがした。


 自分でも上手くいえない感覚に言葉を忘れた私を、エド君はただ口許だけで微笑む。


「覚悟しておいてくれ。……お前は俺のものだ、自分でそう言ったんだからな」


 ゆっくりと近付いて、そんな台詞を耳元で熱っぽく囁かれて……不思議と、背中が羽根でなぞられたようにぞわりと奇妙な擽ったさを覚えた。

 どくん、と心臓が跳ねたのが自分でも分かる。どっ、どっ、とそれに合わせて強く血が巡るのも。


 自分から言い出した事なのだけど、エド君に言われると、何だか胸がどきどきするというか。得体の知れない歓喜にも似た何かが血と共に全身を駆け回る。

 嫌じゃないけど、どうしてだろう……は、恥ずかしい気がする。おかしい。泣いてなんかないのに。何に対して恥ずかしいのか分からない。


 自分でも分からない感覚に体を震わせると、エド君は笑った。綺麗に、嬉しそうに。


「ほら、寝るぞ」

「う、うん」


 落ち着かない鼓動に焦れったさともどかしさを感じつつも、放っておけば直るかななんて考えて、エド君の胸に顔を埋める。

 エド君の腕は、私を離さない。


 ……全然、落ち着かない。どうしよう。……エド君のせいで落ち着かないし寝られない。


 ちらりと明かりを消した薄闇の中のエド君を見上げれば、かなり照れたように、でも優しい顔で私を見ていて。


 ばっ、と思わず顔を伏せた。

 その恥ずかしさを押し殺したような顔を見た瞬間、胸が熱くてぐるりと炎が渦巻くような感覚を覚えた。

 熱い。胸が熱い。体が熱い。……嫌じゃない、熱さが、ずっと端からじりじり焦がそうとしている。


 口には出来ない感覚に小さく唸って、そのままやけになって胸に顔を埋めて、瞳を閉じた。

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