王子様の悩み
リアと一緒の存在になった、というのは理屈としては分かったのだが、エドヴィンとしては大して前の自分と変わりはないとも思っていた。
どう例えて良いのか分からないが、力がみなぎっているのは、分かる。指の先まで何かに満たされた感覚がして、それが魔力というものなのは知っている。
まさにエネルギーの塊のようなものが絶え間なく体を巡る感覚に、こんなものが自分の中に眠っていたなんてと驚く程だ。
ただ、変わった事と言えばそれだけで、後は特に何か目に見えて変わった訳ではない。
「……本当に魔女になったんだよな?」
「うん、ちゃんと魔力は感じるよ。まあ見掛けは変わらないんだけどね」
魔女って言っても結局は人型だからね、と笑っているリアは、人間そのものだ。魔女の先達であるリアだが、特に人間と変わりない体で、人間らしい欲求もあるという。
魔女という力を持った存在になっただけで、基本的には変わりないらしい。
エドヴィンもそれは実感しているので、これといって変わったものがない事に安堵していた。
「まあ、もう取り返しはつかないんだけどさ。……良かったんだよね?」
「くどいぞ。俺がなりたいって言ったんだから後悔も糞もあるか」
「ふふ、なら良かった。……私みたいになって本当に良かったのか、ちょっと不安だったんだけどね」
最後は微かに不安めいた笑みで呟いたリアは、その手を胸に添える。
「前にも言ったけど、エド君はこれから歳は取らなくなるの。十七歳で止まったままになるよ。私の時がそうだったもの」
「リアは」
「成人手前で止まったままだよ。その頃には大分体も出来上がってたから、良いんだけどさ。まあお陰で子供っぽいしエド君に男に間違われたよね」
「申し訳ありません」
未だに根に持っているらしいリアに平謝りしつつ、リアをちらりと見やる。
本人は以前言っていたが、成人する前に師から受け継ぎ魔女となった。つまりそこで成長を止めているらしい。
だからやけに全体的に小柄というか幼さを残した雰囲気だったのか、と納得すると同時に、中身は同い年でも体はまだぎりぎり子供なんだよな、とも思ってしまう。
華奢でやや丸みに欠いた肢体は、育ちきっていないが故のものだったらしい。
……色々と思い出してエドヴィンの頬が熟してしまうので、慌てて脳裏に描いた肌色を打ち消すが、どうしても目に焼き付いてしまったものは消えそうにない。
何とかあの時の光景を今のリアを見て忘れる事にするが、リアはリアで悩ましげな表情。
「欲を言うと、本当はもう少し成長してからの方が良かったんだけどね。子供っぽいとか言われるし。エド君の隣に居るんだったら、もうちょっと大人っぽい方が良いかなあとか思うの」
せめてもうちょっと身長が、と零したリア。
リアは小柄だ。何故あの時男の子供だと勘違いするのかと今でも後悔するくらいに、華奢でちんまりとしている。
エドヴィンの鎖骨の辺りまでしかない背丈。簡単に包み込めるくらいに小さくて柔らかい体。
幼いと言い切るには育っていて、成熟しているというにはまだ熟れきっていないような、そんな絶妙なバランスの上で成り立っている。
今のように少し膨れっ面で「もうちょっと伸びないかなー」と呟いてる姿は、愛らしい子供のようだが。
「別に、誰も気にしないだろう」
「私が気にするんだよエド君。エド君はかっこよくて凛々しいから良いけど、私はこう、隣に並んで見劣りするじゃない」
「お前は黙っていればそれなりに見えるぞ」
「む、それ黙ってなければ駄目って事じゃない。お人形さんが良いなら黙ろうか?」
「嫌だよ。お前は破天荒で抜けてる方が愛嬌があるぞ」
リアの魅力は奔放な所だとエドヴィンも重々承知しているので、リアを大人しくさせようとかは思わない。
それに、ああ言ったものの、リアはそれなりに可愛らしい顔立ちをしているのだ。
貴族の令嬢のような薔薇を思わせるような匂い立つ鮮やかな美貌ではなく、可憐な野花のような可愛らしさとでも言おうか。
……まあ野花のようなしぶとさも一緒なのだが、まあそれは心に秘めておく事にした。
エドヴィンの言葉に「それ褒めてるのかな」と言葉では拗ねつつ少しだけ口許を綻ばせたリアは、隣のエドヴィンの腕に凭れる。
そのまま腕を絡めてエドヴィンを見上げ、瞳を細めて笑った。
どきり、と心臓が跳ねた原因は、腕に触れた膨らみの柔らかさか、その満たされたような笑顔か。或いは両方かもしれない。
同じ立場になってから、リアは触れる事に躊躇わなくなった。寧ろ積極的に触れてくる。まるで「私のものだもん」と言わんばかりに。
エドヴィンはエドヴィンでリアをつい抱き締めたりしているのでとやかく言えないのだが、遠慮がなくなったようにも思える。
魔女と人間という垣根をなくしたからか、好きなように触れてくるのだ。
……これでリア本人には自覚がないのだから、エドヴィンも色々辛いものがあった。
エドヴィンも鈍くはないので、好意を持たれているのは自覚している。恐らく自惚れではない、それはリアの眼差しや態度からも確かだ。
ただ、肝心の本人がそれを自覚していないのがエドヴィンの頭痛の種だった。
アレクシスやヴィレムからはさっさと想いの丈を伝えろとせっつかれているものの、恋の自覚もまだそうなリアに果たして通じるのかどうか。
今更言うなど照れ臭いし、 なし崩しに結ばれてしまうのは思うところではないので黙っているものの、逆に辛い。
最近では毎晩腕の中に潜り込んできて胸に頬擦りしながら眠るのだから、どうにかなりそうだ。
柔い感触、甘い匂い、温もり、信頼と幸福感に満ちた蕩けるような笑み。
全部腕の中にあるのだから、これで手出しするななど生殺しにも程がある。
「どうしたのエド君」
実に無垢な笑みを浮かべたリアに、エドヴィンは「何でもない」と返すので精一杯だった。
この動揺が気取られぬように素っ気なく返したのだが、リアは幸いな事に気付かなかったようで「なら良いけど」とのんびりと笑ってエドヴィンの腕に頬を寄せた。
――ああもう、と声に出せたらどれだけ楽な事か。
「……エド君はこれから変わらないんだよねえ。大人っぽくて良いなあ」
相変わらずぴたりと寄り添っていたリアだったが、やはり成長の差が気になるのか、やや羨ましげに呟く。
エドヴィンとしては、これ以上成長されてくっつかれたら理性とかその他もろもろが吹き飛びそうになるので、ある意味育ちきっていない事に感謝していた。
大人びたリアも見たいものの、このまま順調に成長したなら目を惹きそうな女性になると踏んでいる。
なので可愛いままで居て欲しくもある男の事情というものがあった。
「まあ、多分私も成長出来ないって訳じゃないんだよ」
「そうなのか?」
「生まれつきの魔女は、肉体を全盛期に保ってるもの。そこまでは成長させてるのよね」
私の肉体はこれが全盛期って訳じゃないだろうし、と育つ筈だった未来に思いを馳せたのか少し瞳を伏せたリア。
「だから、どうにかして年相応になれたらなあとは思うのだけど、私じゃどうにもならないんだよね。やっぱり止まったままかなあ」
「そんなに成長したいのかよ」
「そりゃあね」
残念、とやや悄気た風に笑ったリアは「まあエド君が今のままで良いなら良いけど」と肩を竦めて、エドヴィンの腕に頬をくっつけた。
まるで自分の為に大人になりたい、と言われているようで、エドヴィンとしては嬉しいには嬉しい。出来れば、その駄々漏れ無自覚な所をどうにかして欲しいが。
随分と女の子らしさが滲み出るようになったリアに、エドヴィンはそっと溜め息を落とした。
エドヴィンの願いが成就するまで、近いようで遠い。
次から新しい章となります。
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