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忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第四章 縮まる二人の距離
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王子様の儀式

 エド君を、魔女として目覚めさせる。


 一応、私の決心はついた。

 正直言えば考え直して欲しいという心があるのだけど、エド君の意思を尊重したいし、何より……その、エド君に、側に居て欲しいから。


 私の我が儘みたいな感情に付き合わせて良いのか、分からない。けれど、これがエド君の選択だというのなら、私はそれを支持しよう。


 やや堅い面持ちで背筋を伸ばしてベッドに腰掛けるエド君。

 何でベッドかって、悶えて蹲るかもしれないから柔らかい場所が良いかなって。


「エド君、目覚めさせる時、多分痛いよ? 私の時よりはましだとは思うけど」


 私の時は、元々魔力はあったけど所詮は人の子だった訳で、そこから魔女の肉体に上書きするから死ぬ程痛かった。というか下手したら死ぬ苦痛が絶え間なく押し寄せてきた。


 多分だけど、エド君の場合はそもそも魔女の子供だから、ある程度の素養はある筈なのだ。

 私の時みたいに狂いそうになるくらいに痛い、とかはないだろう。それでも痛いものは痛いだろうけど。


「お前に耐えられたなら俺でも耐えられるだろう」

「どういう理屈なのそれ」

「お前の隣に立つ為ならそれくらい耐えてみるさ」

「……ばかなんだから、エド君も」


 よく考えれば凄い口説き文句なんだけど、エド君があんまりにもあっさり言ってのけるからさらっと流してしまった。

 ……その自信は何処からくるんだか。でも、エド君なら本当にその通りになりそうな気がするんだよね。大丈夫って感じがするから。


 つい口許が綻んだ私に、エド君も少し相好を崩す。

 でも、直ぐに引き締めては目の前に立つ私を見上げる。


「どうやって魔女として目覚めさせるんだ」

「そうだね、それを説明してなかったよ。……エド君、お母様の石出して」

「石をどうするんだ?」

「これは、エド君の力を隠して塞き止めるものだから。多分、エド君が本気で望めば、この石は効力を失うと思う。同時に、人を惹き付ける魔性の煌めきもなくなるけど」


 シャハトの王妃ですら価値観を狂わせ惹き付けた、美しい宝石。エド君を守る為に作られた、お守り。

 その効力は、力を塞き止め隠し、そして蓄える事。こんなにも美しく輝いているのは、多分エド君の魔力と母であるアドルフィーネの魔力があるからだ。


 革袋から件の石を取り出しては掌の上で転がして煌めきを眺めるエド君。

 大切な、お母様の形見……は多分お母様生きてるから、託されたもの。そうそうに役割を失わせたくもないかもしれない。


「……嫌なのは分かるよ。でも、」


 私の言葉を遮るように、エド君の手にしていた石が光を放つ。

 目映く、それでいて温もりのある光。それはエド君に吸い込まれるように、どんどん淡くなり儚い光となり、やがては消えた。

 手には、幾分輝きの薄れた石が載っている。


「これで良いのか」

「あっさりだね」

「……そりゃ、俺のために渡してくれたなら、俺の選択を尊重すると思うからな」

「……うん」


 アドルフィーネも、エド君に選ばせる為にこんな仕掛けをしたのだろう。でなければ、直接エド君の魔力を完全に封じ込めもした筈だから。

 

「で、これでどうするんだ?」

「今回はあくまでエド君の魔力を目覚めさせるだけだし、大仰な儀式は要らないよ。私が魔力を流し込んで起爆剤にするだけ」


 どうやって魔女として目覚めさせるか。

 言ってしまえばそう難しくはない。塞き止めるものをなくして、眠った魔力を刺激して起こしてしまえば良いのだ。


 ただ言うは易し行うは難し、というやつで、その眠った魔力を起こせば体が内側から変革をきたし、苦痛が訪れる。それに耐えられたなら魔女として目覚めるだろう。

 私の役割は、その目覚めを促す事。


「そうか。どうやって流し込むんだ?」

「一番手っ取り早いのは、血液を取り込ませてそれを媒介に私が魔力を流せば良いと思う」

「……血を」

「そうそう。私が口移しで流してそのまま魔力を流すから」

「は!?」


 ……あれ、何でそこで驚いてるの。


「え? いやでもこれが手っ取り早いんだよ? 粘膜接触が一番やりやすいし。……エド君いつもしてると思うんだけどなあ」


 口移しが問題なんだろうけど、でもエド君おまじない二回もしてきたし。それくらい問題ないと思うんだけど。


 それに、おふざけとかではなくてこれは真面目に意味がある行為だ。

 皮膚接触より粘膜接触の方が魔力の伝わりは良いのだ。

 師匠は全力で流し込んだから抱擁で済んだけど、私だとエド君の眠れる魔力の覚醒を促すには直接的な方が良いし。


 いわば儀式の手順の内なので、抵抗されても困るんだけど。


「あ、あれはだな、いやその、……まあしたけどさ」

「今回はおまじないじゃなくて儀式の一つだから安心していいよ」


 ちゃんとするから安心して、と笑ったらエド君が微妙に渋い顔をする。

 けど必要事項だと割り切ってくれたのか、表情を真剣なものに変えて私に視線を集中させる。心なしか、緊張が強まった気もする。


「それじゃあ用意は良い?」

「……お、おう」


 なんでそんなに挙動不審気味なのか。


 まあ良いけど、とエド君のそわそわは放っておき、私は唇に魔法で切り込みを入れる。

 じわりと滲む血。地味に痛いけれど、エド君がこれから味わう痛みより遥かに優しいものだ。


 滴る紅をペロリと舌で舐めとると、エド君の視線が集まってごくりと喉が鳴っている。

 これから、痛みを強いるのだから、緊張するのも当然なのだけど。


 頑張ってね、と小さく囁き、私は血の味を噛み締めながらそっとエド君の唇に唇に自分のものを重ねた。


 上向かせて、唇を開かせて血を流し込む。

 こくり、と嚥下の音を聴いてから、私はゆっくりとその血を辿るようにまず魔力を流し込んで、緩やかに内側に溶け込ませる。


 鼓動を感じると共に、エド君の魔力が奥深くで縮こまって寝ているのが分かった。

 起きて、と優しく揺すって、少しずつ少しずつ、穏やかに緩やかに覚醒を促す。眠れる獅子を起こす事を選んだのだから、慎重に。


 深い眠りへと沈み込んだ魔力を浮上させて、なるべく優しく刺激すると……どく、とエド君の心臓が跳ねた。

 同時に、最奥にあったものが、瞬くように広がる。それは、間違いなくエド君にとっては痛みを強いるものだろう。


 唇を離すと、エド君は一気に顔を歪めた。

 端整な顔に皺を刻み、目を細め、唇を力強く噛み締める。それは、痛みの訪れを如実に表していた。


「……ごめんねエド君」


 私では、その痛みを緩和する事は出来ない。これだけはエド君が耐えて乗り越えなければならない苦痛だから。


 体を書き換えられる感覚は、筆舌し難い程に苦しいだろう。一度経験しているから分かる。

 一気に顔を青ざめさせ脂汗を滲ませるエド君にも、何もしてやれない。私が招いた事だけど、どうにもならない。


 微かに呻き声が漏れる。

 顔から痛いという感情は伝わってくるから、余計に辛い。私が代われるものなら代わってやりたいけど、これだけはどうしようもないのだ。


 せめてもとエド君を抱き締めて、背中をやさしく撫でて宥める。気休めにもならないかもしれない。触るべきではないのかもしれない。

 けど、支えて上げたかった。


 苦しそうに喉を鳴らして必死に歯を食い縛って堪えているエド君は、相当に忍耐強い。叫んでもおかしくないのに、内側で留めて必死に耐えている。

 私を強く掻き抱いて荒い息を時折零すエド君を、私はただ宥める事くらいしか出来なかった。


 


 どれくらい、時は流れたのだろうか。

 数十分だったかもしれないし、数時間だったかもしれない。そんな曖昧な体感時間で、私達はずっと抱き締め合って過ごしていた。

 外を見てみれば、もう日もすっかりと落ちていたから、相当な時間が経ったのだろう。


 苦痛に満ちた顔は、少しずつだけど和らいで、呼吸が落ち着いてくる。

 痛みの残滓に顔こそ歪められていたけれど、表面から伝わって来る魔力の本流は落ち着きを取り戻そうとしていた。


「……大丈夫?」


 私を腕に収めて耐えていたエド君が力を抜いてきたのを見計らって問い掛けると、エド君は青ざめた顔ながらも激痛からは解放されたらしくて小さく「……くそいてえ」と零した。


 まだ完全には痛みが落ち着いていないのだろう。それでも会話出来るくらいには引いてきたらしい。


「痛いって言ったでしょ。……落ち着いてきたみたいだね。後は数日熱が出るだろうけど、そこを乗り切ればもう大丈夫だから」


 よく耐えたね、と背中をなでなですると、エド君微妙に渋い顔。子供扱いすんな、と不服げに言ってくるものだから、可愛くてついつい甘やかしたくなるというか。


 でも、本当によく耐えた。普通の人間なら悶え死んでもおかしくない痛みだっただろうに。

 ……私の為に耐えさせた。


「……リア」

「どうしたの?」

「俺が選んだ事だからな」


 考えていた事を見抜いたように制してくるエド君には、苦笑を返す。

 ごめん、エド君の覚悟を踏みにじるつもりはなかったんだ。これは、エド君の選択だ。私が、でなくて、エド君が選んだ事だもんね。


 うん、と頷くと、エド君は少しだけ笑って、それから徐々に力が抜けて、そのままベッドに横たわる。

 痛みがなくなって強張った体が弛緩したのと、多分今度は虚脱感が襲い掛かってるのだろう。これから、体が熱を出すだろうし。


 血色の悪かった顔は、すっかりと血色が戻り……いや、徐々に通常よりも赤らんでいく。

 作り変えられた体に魔力が完全に馴染むまでは、熱も引かないだろう。こればかりはエド君の気力次第だ。


「寝る。……俺は、大丈夫だから」

「……お休み、エド君。ゆっくり休んで」


 横たわったエド君の髪を撫でて微笑むと、エド君は穏やかな表情で瞳を閉じた。

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