魔女様の夜歩き
この禁忌の森は私の庭でテリトリーだ。迷ったりはしないし、暗くても歩ける。
寝巻きのままは少し肌寒いのだけど、逆に夜風が気持ちいいから丁度良いだろう。
肌をなぞる微風を感じて瞳を細めつつ、ゆるりと奥まで入らない程度で、歩く。
見上げた星空は、黒のベールに宝石をちりばめたように美しい。暗闇だからこそ、星の瞬きが映える。澄んだ空気の中から仰ぐ満天の星空は、きっとこの国のどこから見るよりも綺麗だろう。
前と違って、この空を見るのは陰鬱な気分ではない。ただ、少しだけ寂寥に近いものを感じているのは、何でだろう。
視界一杯に広がる空。その広大な空間に一人ぼっちだから、こんなにも寂しく感じるのだろうか。
隣にエド君が居たら、この降り注ぐ冷えた光は温もりに感じるのだろうか。
なんて、そんな事を考えていつからそれが当たり前になってしまったのかと自嘲の笑みを浮かべて――。
「何でお前は深夜徘徊するかな」
そうして、背中に声が投げられる。
……ああ、ほんと、タイミングが良いというか。
期待してなかった訳じゃないんだ、でも、来るとは思ってなかったのに。気付いてるとすら思ってなかったのに。
「……エド君って夜更かし好きなの? よく気付くよね」
「うるさいな」
振り返らず笑うと、エド君は突っ慳貪に返して、私の後ろからそっとブランケットを掛ける。
用意周到というかなんというか。……多分、だけど。私のために持ってきてくれたんだろうなあ、今回ばかりは。
振り返れば私の肩に包むように掛けているエド君が居て。
視線が合うと、澄ました顔。でも、ほんのりと頬は赤い。エド君らしい照れ隠しだ。
「ありがと。毎回借りる羽目になってるんだよねえ。今度から気を付けます」
「その前に夜間の外出は控えろばか」
「はーい、善処します」
とか言いつつまた抜け出すつもりではあるのだけど。
夜行性、とは違うのだけど、魔女の私は夜の方が行動しやすくはある。お昼寝してたら、尚更。夜は魔の蠢く時間だもの。
適当な返事なのがバレてしまったらしくてエド君の瞳が眇められるのだけど、私としては動く必要のない日は割と夜型なのだ。エド君来てからは昼型になってるけどね。
私は夜の方が得意なんだよー、と言っても何だかんだ胡散臭いものを見る眼差しで見られる。
どういう事なんだ、何で此処まで疑われるのか。どうせ毎晩ぐーすか寝てるからそう思われてるんだろうけども。
「……なにやってるんだお前。こんな時間に」
「んー……眠れなくて」
「そうかよ」
「エド君は?」
「同じだよ」
……少し照れたようなエド君に、ああなんだおんなじだったんだ、と肩を揺らして笑ったらエド君に睨まれた。
やだなあ、からかった訳じゃないんだよ。ただ、一緒だなあって。
くすくすと笑えばエド君が拗ねてしまうので、笑うのは止めて……直ぐ側にあった切り株を、エド君に勧める。
多分、エド君は私が家に戻る気になるまで、戻らないだろう。私はもう少し、外に居るつもりだもの。
エド君も意図を理解したのか、案外あっさりと腰掛ける。私はどうしようかなと迷って……手を、引かれて。
ぽす、とエド君の足の間に収まった。
……あれ?
「エド君?」
「この小さい切り株にどう座れと」
「それもそうだね」
エド君からするなんて意外だった。その辺にでも座ろうかと思ったのに。
……ブランケットにくるまれて、側にはエド君が居る。それだけで、この夜空は随分と輝きを増した気がする。
暖かいな……エド君のお陰、だろうか。
よいしょ、とエド君に凭れ掛かると、エド君は怒りはしないけど戸惑った顔。
エド君から仕掛けておいてなにさ。
「綺麗でしょ、夜空。森から見るの、凄く綺麗なの」
「そうだな」
「あの夜に見た時よりずっと綺麗に思えるの、エド君のお陰だよ。ありがとね」
……今は、何の憂いもなく、暗い気持ちで霞ませたり色褪せさせたりもなく、見れる。罪悪感も、もう、溶けて消えた。それはエド君のお陰だ。
だから、凄くエド君には感謝してるんだよね。
……いつの間にか、私が救われていたんだ。最初は逆だったのになぁ。
「きっと、エド君と見るから、こんなに綺麗なの。この夜空を共有出来て、良かった」
「……そうかよ」
「一人じゃ、私はこんなにも晴れやかな気持ちにはなれなかったから。ありがとう、エド君」
心からのお礼に、エド君は応えない。
ただ……迷っていたらしい、手持ち無沙汰だった手が、前に回る。ぎゅ、と恐る恐る抱き締めるように腕が回されて、私を引き寄せた。
元々エド君にちょっと凭れていたのだけど、今は、エド君の方から寄り掛からせてくれる。
表情は、私に見せないように頭の上に顎を置いてるんだけどね。
「……慣れない、というか」
「え?」
突然落とされた言葉に思わず聞き返すと、エド君は小さく躊躇いを含みながらも言葉を続ける。
「……寝れなかったのは……隣に、お前がずっと居たから、違和感が」
落とされた言葉に、振り返ろうとして出来ない。
何としてでも見せて堪るかとエド君が顎固定してるんだもの。 その上ぎゅっと抱き締めて身動き取らせないようにしてるから、私はエド君の表情を窺い知れないまま。
ただ……多分だけど、エド君、照れてる、気がする。
……なんだ、一緒だったんだ。
「……うん。私も。ずっと一人だったのになあ。エド君のせいで、誰かが居る事に慣れちゃった。エド君のせいだよ」
「俺のせいなのか」
「エド君のせいです。責任取ってください」
責任、という単語に大仰な体の震わせ方をするエド君。
や、その、そんなに重大な事でもないんだけどね? 言い方がこうなってしまっただけで。
「ど、どうしろと」
「……寝る時、寂しいな。まだ、一緒が良い」
駄目かなあ、と付け足して雰囲気でエド君を探ると、意外にもエド君は拒む気配ではなさそうだ。
ただ、ちょっと悩ましげではあるけど。
「あれ、エド君怒らないの? あれだけ嫌がってたのに」
「……色々とせめぎあってるが、結果的に前に戻ると思えば変わらない事に気付いた」
「そう?」
「そういう事にしないと色々と俺のあれがそれだ」
「どれなの」
「……そういう事なんだ」
「よく分からないんだけど」
「良いんだ、分からなくて」
ぎゅ、と有無を言わさないようにするエド君に、私は疑問の声を届けるのはやめておいた。
つまりは元通りにしてくれるって事だもんね。お部屋は使って貰うつもりだけど。
だったら黙っておいた方が得だろう。
エド君が触れてくれるのは、珍しい。包まれると、心地好くて、つい……瞼が、降りてこようと焦らしてくる。
ああ、そっか。
……私は心にとって眠りが一つの安定剤だったのだけど、つまり、エド君が成り代わるように安定剤になってしまったのか。
いや、エド君がもしかしたら睡魔の素なのかもしれない。この人が、私に安らぎをもたらしてくれるんだもの。
緩やかに襲いくる睡魔に、抵抗はしない。
寧ろ求めていたものだ。この、穏やかな温もりと、微睡みは。
「……ごめんエド君、眠い」
「は?」
ふっと、自然に力が抜けていく。
この人の前なら、自分の弱いところをさらけ出しても良いのだ。そう思うと、何だか擽ったい。嫌じゃない。これは、嬉しいの、かな。
……むず痒くて、なんて言ったら良いのか分からない、不思議な気持ち。これは、エド君にしか抱けないもの。
私の特別。どういう特別なのか、上手く表現出来ないけど。
名状し難い感情。
ただ、エド君がどんどん私の中を占めていく。元々少ない交遊範囲だったから、尚更。
……エド君で一杯になってしまったら、私はどうなるのだろうか。
「……輸送、よろしく……」
何て変な事を考えながら、私は重たくて落ちてきた瞼をそのままに、意識をゆっくりと眠りに沈ませていった。
(クリスマス短編間に合いませんでした(*´∀`))




