魔女様の決心
エド君に全部さらけ出した結果、何だかエド君が優しくなった気がするし、柔らかくなった。
いやまあいつも優しいんだけどね、顕著というか……何と言ったら良いんだろう。ちょっと、優しさが変わった気がするというか?
でもほんのちょっぴり怒りっぽいのは変わらないままで、アレクやヴィレムにはしょっちゅうぷんすかしてる。
仲良くしてくれたら良いのになあ、と思うのだけど、二人は二人でからかってるから仕方ないんだよね。
最近二人は「いつまで保つのかな」とか「ほらさっさとガバッと」とかなんとか。……ガバッとって何だろ?
よく分からないのだけど、会った事もない二人が何故か語調もおんなじなんだよね。似てるというか、エド君に対する態度がそっくりというか?
まあ、エド君をからかうのに距離は関係ないというものなのだろう。からかいに国境はないのだ、きっと。……エド君憤慨だけども。
そんな感じで日常を送っていたのだけど……私もそろそろ決めてきた事がある。
「エド君。そろそろお部屋分ける?」
昔、全力で嫌がられていたんだよね、おんなじベッド。今は慣れてしまったのか気にしてないみたいだけど。
でも、ヴィレムに聞いたら「分けてやらないと色々可哀想なんだよなあ、ご褒美かもしれないけどさ」との事。
唐突な申し出だったのは理解してるので、エド君は「は?」と訝っている。
「うーんと、何て言ったら良いんだろう。……その、空いてるのが師匠の部屋じゃない?」
「そうだな、だから使わせなかったんだろ」
「うん。でも、この間エド君に全部打ち明けて、ちょっと色々考えたの。師匠の言ってた事とか、思い出して」
師匠は、私に自分の分まで生きておくれ、と言った。
私はそれに縛られてきたし、無意識にある種の罪滅ぼしとして生きてきた。
でも、エド君の言葉を聞いて、色々考えてみた。どうしてあんな事を言ったのか。
それから――師匠のつけていた日記を、今更見てみた。
怖くて覗けなかったのだけど、もう、大丈夫だと思って。
笑ったよ。何で読まなかったのか。
――自分を案じる言葉ばかり、書いてたんだもん。
『私が居なくなって、挫けたとしても。いつか、立ち上がって欲しい。願わくば、誰か寄り添ってくれる人が出来れば』
……ちゃんと立ち上がったよ、師匠。側に居てくれる人は……エド君、入れても良いのかなあ。うん、でもエド君は側に居てくれるから、良いよね。
「色々考えて、納得して、師匠の事は吹っ切れたから」
「それは良かったが」
「うん、だから、もう師匠の部屋を使って良いよ。もう、良いの。……もう、良いんだ」
振り返るばかりだと、師匠に怒られちゃうもの。
だから、ちゃんと前を向いていこうと思う。昔みたいに空元気とかじゃなくて、純粋に今ならそう思えるから。
ちょっとは成長したかなあ、と眉を下げて笑った私に、エド君はただ「……そうか」とだけ。
大きな掌が、くしゃりと頭を撫でる。……落ち着くなあ、エド君の掌。あんまり触ってくれないんだけどね。
でも最近はちょっと手を繋いでくれたり、撫でてくれたり、頬をつねって……これはあんまり嬉しくないけど、まあ触ってくれるようになったのだ。
だから、もう師匠の面影を求めない。
良いんだ、部屋がエド君で塗り替えられても。私の記憶にある師匠は変わりないのだから。
「エド君狭かったかなって。寝る時嫌がってたでしょ? もう狭さに悩まされないよ!」
「お、おう」
「ヴィレムにもやっぱり一人の空間は欲しいよなって言われたから、やっぱりエド君にも私室が居ると思ったの。エド君だって内緒にしたい事の一つや二つあるんじゃないかなって」
私と共同で生活してたら、隠し事なんてほぼ出来ないもんね。
これから長く過ごしていくのに、それは良くない。
……な、長く過ごしてくれるかな。当面は、居てくれるって言ってたし。
ずっと一緒に居てくれたら、良いんだけどなあ。
「だからね、ちゃんと改めて念入りにお掃除とかしたし、布団とかも新調したの。エド君、お部屋使ってくれる?」
「……良いのか?」
「良いの良いの。寧ろ、使って欲しい。……エド君の居場所出来るもんね」
ちょっとした、意図は内緒にして笑うと、エド君は少しだけ眉を下げてから、でも嬉しそうに頬を緩めた。
という訳でお部屋が別になった。
といっても生活空間はほぼリビングだし、普段とそう変わりない。エド君には部屋を好きにして良いと言ってるので、細々とした作品を置いたり材料を買い込んで置いてたりしてるようだ。
……お部屋が出来たのだから、寝る時は別になる、のだけど。
隣にエド君が居ないのが、何だか寂しい。普段はカーテンで仕切ってるけど隣にエド君が居て、他愛もない会話なら返事をしてくれた。
今は、誰も居ない。ある筈の温もりが、もうない。それはとても、寂しい。
けど自分から言い出したんだよなあ。……エド君、最近なんか一緒に寝るの若干ぎこちなかったし、良い機会だったのだ。
……そう、だよね?
そう言い聞かせるのだけど、何だかもやもやして眠れない。
昔は、一人で寝るのが当たり前だったのに。
瞳を閉じてもどうしてか睡魔はお出掛け中。呼び戻したくても連絡手段がないから困ったものだ。
ふぅ、と溜め息をシーツに広げて、私は体を起こしてリビングに出る。
何だか眠れないし、眠気が来るまでリビングでゆっくりしておこうかな……とソファに座り、それからぼんやりと窓の外を見る。
柔らかい月光が、薄暗いリビングに差し込んでいる。
私が魔法で少し足元を明るくしているだけの空間では、月明かりも重要な光源だ。
私は夜目が効く方なので、これくらいの明るさでも充分にうろつける。
……このまま眠れないなら、お外のお散歩にでも行こうかな。外の空気を吸って、このもやもやでも晴らしてこよう。
そう思い立って、私はそのままの格好で出た。
クリスマス小話あげようと思いましたが間に合いませんでした(*´∀`)
明日時間があれば活動報告に載せます。