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忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第四章 縮まる二人の距離
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魔女様の膝枕

「リア、居る?」

「居るけどー」


 アレクが突然訪ねてくるのはいつもの事なので、いきなり扉が開いてアレクが入ってくるのは慣れている。ノックしろとは思うよ、でも言っても聞かないし。

 まあ、私は慣れていても、膝の上の塊はびくんと震えてしまうのだけど。


 慣れた様子で私の家に入り込んできたアレクは、ソファに座る私達を見て何処か呆気に取られた様子だ。


「何やってるの?」

「え? 耳掃除。エド君気にしてたからしてあげてるの」


 エド君が気にしていたので、何ならしてあげようと押しきった結果エド君はソファで私の膝に頭を預ける事になった。

 ちょっとソファ小さいからエド君の長い足は曲げられているんだけど、それでも窮屈そうだ。


 因みにベッドでしようか? といったら全力で嫌がられた。そんなにベッドは嫌なのだろうか。


 優しくエド君の耳をお掃除してるつもりなのだけど、エド君はアレクの登場に体を震わせて降りようとしちゃう。


「こらエド君動かない。刺さっちゃうでしょ」

「……下ろしてください」

「だーめ。まだ反対が残ってますー」


 中途半端に終わらせるのは嫌なので動こうとするエド君を制する。というか耳に入ってる状態で動くのは危ないから止めて欲しい。


「……女の子の膝枕で耳掻きとか、男垂涎ものだと思うんだけどなあ」

「うるさい!」


 アレクの一言に吠えたものの、頬をぺちぺちと叩くと黙る辺り素直なエド君。私としては動物を愛でてる感じに近いんだけどなあ。


 動かないの、と注意してお掃除をする私に、エド君は押し黙る。そこは律儀なんだよねエド君。

 私は擽ったくて苦手なんだけど、エド君はそうでもないらしくて私にされるがままだ。特にこれといった反応もない。


「リア、僕も僕も」

「えー。まあ良いけど。エド君が終わったらね」


 アレクは侍女にでも頼めば喜んでしてくれそうなんだけどなあ、と思いつつ承諾するのだけど……アレクの視線が、膝の上のエド君に向く。

 その瞬間に苦笑が浮かんで、やれやれといった風に肩を竦めるものだから意味が分からない。


「分かった分かった睨まない。やっぱ遠慮しておくよ、エドヴィン君怖いしー」

「何が?」


 エド君が怖いって何、とエド君の顔を覗き込もうとしたら逆を向かれてしまった。

 表情は、窺い知れない。若干拗ねている気がしなくもない、とは今までの付き合いで何となくは分かるのだけど。


「あーはいはい、続きね」


 取り敢えず反対側もしろという事だろう。じゃなきゃ大人しく差し出さないと思うんだよね。

 宥めるように黒髪を梳いてあげて、頬を撫でる。……しかしエド君頬瑞々しくて艶々なんだよね。羨ましい。


「……うーん、この何とも言えないむず痒い空気は」

「え?」

「いーやなんでも」


 ちょっぴり気まずそうなアレクに首を傾げても、アレクは曖昧に笑って濁すだけだった。




 アレクと談笑しながらエド君の耳掃除をしたり手慰みに黒髪を手で梳いていると、なんとエド君は静かな寝息を立て始めてしまった。

 小声で「エドくーん?」と声を掛けても、返事はこない。


「うわー……寝ちゃったよ。余程気持ちよかったんだね」


 アレクも驚いてるけど、私の方が驚いているのだ。

 普段は警戒心が高いエド君が寝るのは珍しくて、つい寝顔をまじまじと見てしまう。


 ……結構な頻度見ているのだけど、相変わらず綺麗な顔をしているんだよね。

 エド君、町ではモテてるみたいだ。当然だとは思う。こんなにも整った顔立ちをした若い男性なんて、結婚適齢期の女性は放っておかないだろう。


「耳掻きってそんなに気持ちいいかな。私擽ったくて苦手なんだけど。ほら一回アレクしてくれたじゃない?」

「あれは流石に僕も悪い事をしてるんじゃないかって声がリアから上がったから二度としないからね。色々きっついあれ」

「きつい?」

「ふふ、まあエドヴィン君に後で吹き込んでおこう。面白そうだから」

「面白いって、ただの耳掻きだと思うんだけど」


 そんなに私奇声上げてたかな……いや上げてた気がしなくもない。凄くむずむずして、頑張って声を抑えてたから。

 お陰で猫の唸り声みたいに聞こえたに違いない。


 そんな声をエド君に聞かせても面白くないと思うんだけどなあ、と起こさないように声を潜めつつ会話する私達。


「……そういえばやけにエドヴィン君と距離が近くなったよね。もしかしてあの日に全部言ったの?」

「……うん」


 アレクの問いには、素直に頷く。


 アレクは、全部とは言わないけれどおおよそは知っている。それでも何だかんだ適度な距離で付き合ってくれるから有り難い。

 エド君とは違う、立ち位置の人。――一度恐れて、それでも変わらない態度を取ってくれた人。


「反応は?」

「……どうもしなかった。責めも、怒りも、否定もしなかった。ただ、ありのままの私を受け入れてくれるって」

「そっか」


 アレクは、ただ静かに頷く。


「……エド君ってほんと変わってるよね」

「それリアにだけは言われたくないと思うよ」

「なんですと」

「……まあ、良かったよ。これで僕も一安心だ」

「え?」

「リアに人並みの情緒が持てるまで面倒見ててくれって、オリヴィアさんから頼まれてたから」


 ……師匠から?

 アレクが、師匠から頼み事されてるとか、聞いてないし知らなかった。そんな素振りだって、見せなかったのに。


「自殺図ろうとするかもしれないから止めて、それから生き甲斐を見付けるまで面倒見てくれって」

「……そっか。お見通しだよね、ほんと」


 ああ、ほんと。

 師匠は何でもお見通しだった。私が塞ぎ込む事も、死を選びかねない事も、全部見越してたんだね。


 だからこそ、アレクに言っておいたのだろう。私の事を宜しく頼む、とでも。

 ……やけにアレクが遊びに来るようになったのも、そのせいなんだろうな。


「でももう良いだろう? リアは、リアなりに死ねない理由が出来たし生きたいと思ってるみたいだから」

「……生き甲斐、なのかな」

「さあねえ。それはリアが決める事だし。でも、その顔だとオリヴィアさんの事は吹っ切れてるだろう?」

「……うん」

「じゃあ良いよ」


 世話がかかる女の子だなあ、とからかうように軽やかに笑ったアレク。

 ……ほんと、へらへら笑っててふざけてるように見えて、ちゃんと先の事見据えて行動してるんだから。

 いつも救われてきているんだよね、結局私は。


「ありがと、アレク。そういう所好きだよ」

「僕に気軽に言わない方が良いと思うんだけどなあ。まあ良いけど」


 はにかんだアレクは本当に照れ臭そうで、私が笑ったのを見て少しだけ拗ねたように「リアに笑われるなんて」と零している。


 アレクはアレクで、素直じゃないんだよね実は。私よりも、エド君よりも、ずっとひねくれている人だもん。

 でも、優しい人だ。まあ、セクハラはよくするだめだめな人だけども。


「あ、そうだ。……アレク、調べてくれた?」


 そういえば、前アレクに頼んだ事はどうなっただろうか。


「あー。うん、一応集められる範囲では。……あんまり詳しくは調べられなかったんだけどね。なんか向こうでも情報規制かかってるみたいで」

「それだけ知られたくない事か。ますます私の予想が現実味を帯びてきたんだけど……」

「予想?」

「……ごめん、確証持てないまま言えないから。続けて?」


 確かでもない内から推測を話して混乱させたくはない。私も半信半疑だし。


「そうだね。えーと、まあ傾国の美女、とか言われてる人だったらしいよ。王に寵愛され、ほぼ人目に晒されなかった美しい女性だそうだ。その姿は民衆には晒されず、宮中でもほぼ見た事がないそうだ」

「……その見掛けは?」

「何でも銀髪に紫水晶の瞳、妖精みたいな美貌の女性だったとか。ほぼ離宮に閉じ籠っていたそうだから、定かではないのだけど」

「そう。他には?」


 紫の瞳、か。別に紫色は珍しい訳ではない、実は。ヴィレムだって紫色だもの。

 ただ、宝石を思わせる程澄んだ色は珍しいとは思う。私が知る限りは、一人だけ。


「あと……そうだね、王と結ばれてから、王は不幸に見舞われなくなったとかなんとか。だから幸運の象徴とか言われてたらしいけどどうだろ。まあ、こんなものかな。ごめんね、あんまり調べられなくて」

「あ、ううん良いの。……あとは自分でなんとかするから」


 アレクはよく調べてくれた方だと思う。国ぐるみで隠していた存在を気取られないように調べてきてくれたんだから。

 アレクが調べてきてくれたから、仮説の正しさを補強出来る要因は増えてきた。それでも確かではないから、まだ言えない。……ほんと、直接王様に聞けたら良いのだけど。


 気にしなくていいよ、と笑った私にアレクは相好を崩して……ちらり、とエド君を見る。


「そうか。……で、そこの、良いの?」

「……うん」


 何が言いたいのかは、分かる。その上で、話して貰ったのもある。

 分かっているから良いよ、と変わらずに笑う私に、アレクはそれだけで引き下がってくれた。


「そう。じゃあ今日はこれくらいでおいとまするよ」

「ありがとうアレク」

「どういたしまして。頼るなら頼ってくれた方が楽だから気にしないで」


 変に抱えられるよりましだ、そうからりと笑ってて、アレクはひらひらと手を振って帰っていった。


 途端に静かになるリビング。

 エド君の寝息は、不自然なまでに静かだ。


「エド君、起きてるなら言っても良いけど」


 膝の上で寝た振りをしているエド君を覗き込むと、ぱっと瞳を開いたエド君がバツの悪そうな顔をする。

 ……寧ろ申し訳なく思うのはこっちの方なんだよなあ。エド君の家庭事情詮索してる訳だし。


「ごめんね、詮索して」

「いや。……どうせ俺も大して知らなかったからな」


 誰もろくに教えなかったから、と少し寂寥を伴った笑みを浮かべるエド君。


「何故そんな事を調べだした」

「ちょっと気になる事があったから。大丈夫、エド君が心配するような事じゃないから」

「……そうかよ」

「拗ねないでエド君。いつか、ちゃんと言うから」


 別に、隠したい訳ではない。ただ、確証もなく、間違っていた時に傷付けてしまうかもしれないから、不確かなまま言いたくないだけ。

 エド君の出生に関する事は、多分とても大事な事。調べ上げて確信を持ってから言うべきだ。


 そういうつもりでエド君の瞳を見つめると、エド君は納得してくれたのか「……約束だぞ」と小さく囁く。

 私を信頼して、深くは問い詰めないのだろう。


 その信頼に感謝をするように微笑んで頷き、エド君の綺麗な黒髪を撫でる。

 夜の帳のような、艶やかで美しい漆黒。やっぱり、この黒髪はそうそう生まれるものではない。突然変異だとしても。


 もう少し調べなきゃなあ、と心に決める私に、エド君はされるがままだったけどじいっと見上げる。


「……、……リア」

「何?」

「……何でもない」


 どうかした? と笑いかけると、エド君は少しだけ瞠目した後ゆるりと瞳を閉じた。

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