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忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第三章 王子様の秘密と魔女の秘密
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王子様の長い夜

三人称のエドヴィン視点です。

 リアが泣いた。


 この時のエドヴィンの衝撃は計り知れないものだった。


 いつもにこやかに笑っていた、おおらかで飄々とした少女。

 掴み所がなく、ともすればすり抜けて掻き消えてしまいそうな軽やかさを持っていて。


 いつも振り回されていたエドヴィンにとって、リアの吐露は雷に打たれたような衝撃を与えたし、その後の涙なんてエドヴィンの心を嵐のように荒らしていくのだ。


 ……正直なところ、エドヴィンにとってリアの過去など、どうでもよかった。正しくは、過去に何があろうが、リアを嫌いになる事などありはしない、だ。


 だから、たとえ何があっても今のリアを受け入れる――そう宣言すれば、リアは大粒の涙を零して、エドヴィンの胸に顔をうずめて泣いた。


 幼子のように泣くリアの姿に、どう言えば良いのか分からない程の衝動が押し寄せる。


 守りたい。頼って欲しい。全部自分にさらけ出して欲しい。

 そんな、欲が、去来する。

 縋りつくリアに、庇護欲と、独占欲に付随する、抱いてはならないような喜悦を覚えてしまったものだから、自分を殴り飛ばしたくなった。


 泣いている少女にそんな邪な想いを抱いてどうする――そう自身を罵倒したくなったものの、リアが自分に弱い部分をさらけ出してくれた、それは紛れもなく喜ばしい事だった。




 顔を上げた頃には泣き止んでいたが、今度はリアが顔を赤らめ始めて、エドヴィンはまたも固まる羽目になった。


 あのリアが、恥じらっている。

 全裸を見られても大して動揺のなかった、羞恥心が備わっているかも危ういあのリアが。


 顔を薔薇色に染め上げて、涙に濡れた赤い瞳で所在なさげに瞳を揺らしている。視線が合えばさっと色を強めて、視線が逸れていた。


 恥じらいに染まる顔が、やけに、可愛らしくて仕方ない。


 堪らず見ないでと顔を隠そうとするリアの手首を掴んで、その可愛らしい顔をまだ眺めていようとすれば、恥ずかしさのあまりに逃げるように瞳を閉じたリア。

 きゅ、と固く閉じて上向くリアに、エドヴィンは一瞬意識が吹き飛んだ。


 気付けば、吸い寄せられたように、唇を重ねていた。


 何処か甘さすら感じられる、柔らかな唇。初めて味わうそれは、とても甘美で、心地好いもので。

 いつまでも柔らかさを堪能していたい、と思える程。誰にでもこんな気持ちが湧く訳ではない、きっと、リアだけなのだろう。


 下手をすれば理性が緩んでこのままもっと深いものに移行しかねなかったのだが、その前にリアが瞳を開けてぱちくりと困惑していた事に気付く。

 唇を離せば訳が分かっていなさそうで、でもやや呆けたように、とろりとした甘い表情で俺を見上げてくる。


「……エド君?」


 自分でも何をしたのか、明確に理解して、一気に顔に熱がのぼる。

 勢いで唇を奪ってしまったが、これはとんでもない事ではないだろうか。どう考えてもロクに経験もなさそうな(エドヴィンも人の事は言えないが)リアに、無理矢理キスをしたなど。


 本人は訳が分かっていなさそうだからこそ、余計に罪悪感を感じる。

 しかし、嫌がっておらず、寧ろ心地良さそうにしていたのが、エドヴィンの心臓を高鳴らせる。


 分かっていた事だが、リアは割とエドヴィンを好意的に見ている。小さな焼きもちを見せるくらいには、執着してくれているのだ。


 キスまで嫌がらない、なんて余程の事がない限り有り得ないのだ。……まあ単純に意味が分かってないからこそ、その後のエドヴィンの誤魔化しも通用したのだとはエドヴィンも理解しているが。


 羞恥と後悔と罪悪感、それから一握りの喜び。

 邪な感情だとは分かっていても、リアが自分に恋情かただの親愛か判断は微妙だが好意を抱いてくれているのだと思うと、堪らなく嬉しかった。


 ただまあ、勢いでキスをしてしまった事は、家に帰ってからも後悔する羽目になるのだが。




 ――やってしまった。


 ベッドで絶賛思い出し後悔をするのはエドヴィンだ。


 将来を誓った仲でもない女性に、口付けをしてしまうなど。相手の意思なんて聞かずに、キスをしただなんて。


 嫌がられこそしなかったが、普通に考えればアウトだ。

 意図的ではないとはいえ水浴びに見とれて裸を凝視して、泣かせて、それで口付けたとかどういう了見をしているのだろうか。


 月光に照らされた滑らかな真珠の肌は、過去のせいか僅かに傷があったが、それすら美しさの材料にしていた。

 本人はやや気にしているらしい、決して大きいとはいえないが柔らかな曲線を描いて程よく膨らんだ胸部、きゅっとした腰周りなんて、とても女の子らしくて――。


 そこまで思い出して、エドヴィンはいやらしい自分の思考とちゃっかり網膜に刻み込んだ愚かさに壁打ち。頭を打ち付けても記憶からは抜けない。


 あの胸に顔を埋めた事まで思い出して死にたくなる。相手が純粋だからこそ、自分の疚しさが際立って苦しくなる。


 違う、と頭を振って疚しいものを追い出すと、今度は恥じらいの顔が浮かび上がる。


 普段のリアとは全く違う、少女らしいリア。


 ……羞恥心を発揮したリアの姿は、エドヴィン的にとても、なんというかそそられるというか、非常に可愛らしい、と思ってしまう。


 普段羞恥心などほぼないリアは、別に着替えを見られようが平然としていたし、素肌を完全に露にしてもさしたる動揺はなかった。

 けれど、泣く事は別だったらしい。


 人に弱い部分を見せるのが好きではないらしいリアは、それはもう恥じらった。

 それを別のところで発揮して欲しいとは内心思ったものの、さておきそんなリアがエドヴィンにはとても女性らしく映ったのだ。

 とても、良からぬ気持ちを抱いてしまう程には。


 エドヴィンは男だ。欲はそれなりにある。おまけに最近は毎日隣で誘惑されている身だ。

 羞恥を覚えたリアが非常に愛らしくて、どうにかしてしまいたい、とかそんな感情を覚えても仕方のない事と言えよう。


 今だって、疲れきって熟睡しているリアが隣に居て、エドヴィンはどうして良いのか分からないくらいにはもどかしさを覚えていた。


 家に帰って、泣き疲れたのかそのまま寝てしまったリア。

 一晩中ほぼ起きていたようなものなので仕方はないのだが、あの顔を見せられた後に無防備にされると、エドヴィン的にはちょっと困る。主に自分の欲との戦いに明け暮れないといけないという意味で。


「……えどくん……」


 むにゃむにゃ、と寝言を口にしているリア。

 安堵したような声で自分の名前を呼んだ、というだけで、堪らなく嬉しい。


 このままではアレクシス辺りに「エドヴィン君ってチョロいよね」とか言われそうだ。若干否めない。

 しかし、これは仕方のない事だ、とも言える。


 嫌われ続けてきた自分に手を差しのべ、偏見なく接し、生きる術を与え、自分を守る為に尽力してくれた少女。

 絶世の美女程ではないが整った愛らしい顔立ちをしているし、喜怒哀楽の豊かな表情は見ていて飽きない。


 その上、自分にだけ、弱い部分を見せてくれた。話したくないであろう過去を、自分だけに。ある種の優越感を抱いてしまってもおかしくない。

 その優越感が何から来るのかも、認めたくないが理解していた。


「……ああくそ」


 いつの間にか内側にどっかりと居座ってしまった感情は、自覚すればより重みを増して存在を主張してくる。

 否定すればする程、否応なしに意識しているのだと気付かされるのだ。


 閉めたカーテンからうっすらと零れる朝日に照らされたリアは、無防備に、安心しきった表情で眠っている。

 もう、昨夜の憂いなど何処にもない。穏やかで、心安らかな寝顔だ。


 少し腫れている瞼が痛々しかったが、それてリアは晴れやかに、幸せそうに寝ている。

 少しは彼女を支えられたのだろうか、と思うと、口許が自然と緩んだ。


 すぅ、すぅ、と規則正しく寝息をたてながら眠っているリアの目元に触れ、そして閉じられた唇をなぞる。


 奪ってしまった唇は、小さくて、柔らかい。

 ……この唇を奪ってしまったのだと思うと、なんというか気恥ずかしさが溢れる。


 幸か不幸か、リアは意味をあまり理解していなかったから、誤魔化せたものの……勝手に奪った罪は重いだろう。リアまで初めてのようで。


 女性のファーストキスは大切にしなければならないらしい、という知識を本から得ていたエドヴィンは悩む羽目になっている。


 その上で不本意ながら裸までばっちり見てしまった身としては、これは割と真面目に責任を取らなければならないのではないかという結論にすら達しそうだった。


 同衾だけでも世間的にはまずいのに、その上で女性の素肌を見て、勢いで唇を奪った。

 本人は気にしないだろうが、謝って済む問題でもないだろう。


 責任を取るべきか――とか考えていた所で「……ん……えどくん……?」とか細い声が聞こえてくる。


 どきり、と心臓が跳ねるのを感じながらもそちらをみやれば、とろんとした如何にも眠たそうな眼差しのリア。


 まだ半分以上眠りの海に浸かっているのか、陶酔にも似た柔らかくて甘い眼差しを向けてくる。

 可愛い、と思ったのはもう気の間違いだとはとても思えなかった。絶対に口には出せないが。


 そんな彼女を見ていたらずっとリアの唇を撫でていた事に気付き、離そうとして……やはり出来なかった。

 心地良さそうに、とろりと眉を下げてへにゃへにゃとふやけた微笑みを湛えたリアのせいで。


 固まったエドヴィンの困惑など知らないままに、リアはその手に頬を擦り寄せ、幸せそうに喉を鳴らして。

 また、寝息をたて始める。


 エドヴィンには、このご満悦そうな寝顔のリアを払い除けられる訳がなかった。


 ――ああこのばか!


 そんなエドヴィンの内心のなんて露知らず、リアはまた夢の世界に旅立ってしまった。眠る事の出来ないエドヴィンを置いて。


 すやすや眠りだしたリアを見る事しか出来ず、エドヴィンは「腹立つ寝顔だなこのやろう」と言葉とは裏腹に棘が抜けきった声で呟き、そっと嘆息を落とした。


 やっぱりエドヴィンは眠れそうにない。

(エド君視点ってなんでこんなに書くの楽しいんでしょう)

という訳で今度こそ次の章に入ります。これからも応援して頂ければ幸いです!

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