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忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第三章 王子様の秘密と魔女の秘密
28/68

王子様の抱擁と、

 落ち着いた頃には、エド君の胸元をしっかり濡らして染みを作り上げていた。

 ひっく、と横隔膜が震えて引っ掛かった声が出るけど、大分涙は収まってきた。泣いたら、胸のつかえも蟠りも、溶けて流れて消えていて。


 すっと胸が軽くて、ぐるぐるしていたものが取れて、すっきりした、のは良いのだけど……。


「……おい?」


 私が顔を上げたから涙を拭ってくれるエド君。

 その視線を受けるのが、とてつもなく、恥ずかしい。


 どうしよう、人前で泣いてしまった。泣くつもりなんてなくて、情けない顔を見せるつもりなんてなかったのに、あんなにみっともなく泣いてしまった。

 エド君には、あんな子供みたいな情けない所、見られたくなかったのに。


 それなのにエド君の腕の中でわんわんと泣いて、泣き顔を晒した。こんなに恥ずかしい事はない。


「こ、こっち見ないで」

「は?」

「凄く恥ずかしいの! 人前で泣くとか!」


 今までどんな事を言われても泣かずに耐えてきたのに、ああも泣いてしまうなんて。


 黒いものは洗い流せはしたけど、その分新しく羞恥が積もるとか聞いてない。


 今ですら顔を見られるの物凄く恥ずかしいのに、泣いてる最中を見られて宥められたなんて。

 ぎゅっとしてくれて、背中を撫でてくれたのは、嬉しいけど恥ずかしいのに。


 うぅ、と呻いてエド君から視線を逸らすと、エド君は何故か呆れた顔をしている。


「……裸見られて恥じらわないのにそれは恥じらうってどうなんだ」

「だ、だって、弱い部分を見られるのは、恥ずかしいし、いっぱい、情けない事言った、もん」


 それに比べたら裸なんて別に、エド君なら見られても気にしないし。多分。いやじろじろ見られたら、ちょっとどうしたのかなとは思うけど。


 泣き顔を見られる方がずっと恥ずかしい、と零すと、エド君は逆に私の顔を凝視してくるからほんとに酷い。

 こんな顔見ても幻滅するだけだろうに。いつにも増して可愛くないだろうし、目だって腫れてる、のに。


「……み、見ないでって言ってるのに」

「いや、恥じらう姿なんてろくに拝めないから見ておこうと思って」

「……意地悪だ」


 でも、優しい人だ。

 私の事、責めも怒りもせず、かといって過去の全てを肯定はしなかった。過去など関係なく、私を受け入れると言ってくれた。

 ……意地悪で、優しい人。


 でも泣いた後の顔を見られるのは嫌で、掌で隠そうとしても、エド君は両手首を押さえて台無しにしてしまう。

 何て意地悪なんだろう、泣いた顔を見るのが楽しいなんて。


 酷い、と涙目で口だけは責めてエド君を見上げると、意地悪な笑み……ではなくて、穏やかで、いっそ凪いだ暖かな春の空間を思わせるような微笑み。


 胸の奥から、得体の知れないものがせりあがってくる。

 ぅ、と声が漏れてしまったのは、訳の分からない感情が心のコップを易々と乗り越えて溢れてしまったせいだ。胸が、痛い。


 何だか、見られる事より、そんな彼の顔を見ている事の方が恥ずかしくて心臓が強く打ち鳴らしてしまって、思わず目を閉じてしまった。


 らしくない、とは分かっていても、何だかいつも通りに振る舞えない。

 恥ずかしくて堪らない。

 泣いた顔を晒す事もだけど、その視線を向けられる事が。

 その微笑みが。

 無性に、胸の内側に焼き付いて、羞恥を加速させていく。


 見ないで、と掠れた声で呟いて瞳を固く閉じると、頭上で何処か息を詰まらせた時のような音が聞こえる。


 らしくないって分かってるから、今だけは見ないで。

 ……大体エド君が悪いのに。エド君が、全部悪いんだもん。あんな、顔。


 なんて、心の中で呟くと……ふと、吐息が唇を掠めた。


 次の瞬間には、柔らかいものが私の吐息まで支配している。

 唇に触れたそれは、訳が分からなくて硬直する私の唇にくっついて、ただやんわりと触れてきた。


 ん、と擽ったさに声を漏らすと、擦り合わせるように優しく、温もりを共有する。

 少しかさついたそれが撫でるように触れてくるものだから余計に擽ったくて、でも嫌なものでもなくて。


 何これ、と恐る恐る目を開けると、目と鼻の先……というかそれよりも近い、零距離に、彼は居た。


 ……睫毛長いな、とかあんまりの接近にそんな事を思ってしまったのだけど、な、何でエド君は私にこんなに近付いて……唇を、重ねているのだろうか。


 問いたくても、唇を塞がれていてはどうしようもない。無理に開けたら何だかとんでもない事になってしまいそうだ。


 いきなりなんなのか、全く分からない。

 ただ、嫌な気分はしない。温かくて、柔らかくて、……不思議と、落ち着く。

 鼓動はうるさいけど、宥められている感じがする。


「……エド君?」


 暫く触れ合ってから、離れた時を見計らって真意を問おうと名を呼ぶと、エド君は何故か固まった。


 ぽーっと、ちょっと夢うつつというか、何かふわふわして不思議な気分のままに見上げたのだけど、エド君が一気に目を白黒とさせて慌て出すのだ。


 次の瞬間にはエド君にブランケットでくるまれて、そのまま腕の中に収められていた。


 あんまりに急だったからぱちぱちと瞬きを繰り返すのだけど、エド君はただ私を抱き締めてついでにブランケットでエド君を見えなくしている。


「えっ、ちょっ」

「……うるさい、ちょっと黙ってろ」

「え、う、うん」


 何が何でも顔を見られたくないらしいエド君は、私を覆ったまま固定していた。

 お陰で視界がブランケットに覆われたまま、エド君の胸に顔がくっついている。


「……これは、な、慰めというか、勢いだからな。あれだ、魔法だ、じゃないおまじないだおまじない。落ち着かせるおまじないだと思ってくれ」

「え、ええ? そ、そういうものなの?」

「そういうものなんだ!」

「夜中に叫ばれると近所迷惑!」

「近所居ないだろ!」

「そ、そうだねそれもそうか。……肝心のエド君が落ち着いてない気がする」

「やかましいわ」


 胸に顔を埋めてるから分かるけど、エド君の心臓がとても跳ねてる。そりゃあもうリズミカルに。

 ……私も人の事は言えないのだけど。


 でも、どうしてあんな事したんだろう。キス、だよね。

 アレクは頬にしかしてこなかったけど、突然エド君が唇にしてくるとか思わなかった。


「……エド君、あの」

「良いか、今のは誰にも言うなよ。あと誰にもさせるな。俺だけが出来るおまじないだからな」

「え、ええ? う、うん……?」


 何かかなり無茶を言われた気がしなくもないのだけど、エド君がそう言うのなら、まあ、信じよう。

 涙は完全に引っ込んだから、あながち嘘でもなさそうだ。


 ……それに、他の人にされたら、効果が出なさそうだもの。


 まだほんのりと残る感触に、不思議とまた頬に熱がのぼる。

 単に、ブランケット被って熱がこもってるだけかもしれないけれど。


「あの、そろそろこれ退けても良い? 顔が熱いんだけど」

「駄目だ」

「えええ」

「……良いから、黙っててくれ」


 有無を言わさない声に、私は素直に従う事にした。

 ……今の顔を見られるのも、ちょっと恥ずかしいかもしれないから。頬がぽかぽかしてる。


 お互いに黙ると、逆に何だか恥ずかしくなってきた。

 エド君の心臓は、やっぱりうるさいままだ。私のものもうるさいからあんまり言えないのだけど、一緒にどくどくと音を立てている。


 私とは全く違う、硬さ。

 包まれると、落ち着くような、落ち着かないような……。


 決して、嫌ではないのだけど。


「――朝か」


 暫くエド君の腕の中で大人しくしていたら、そんな呟きが聞こえた。

 そろそろ良いだろうか。


 もぞり、とブランケットから顔を出してエド君を見上げると、エド君は首元まで真っ赤で。

 その赤みは果たして朝焼けのものなのか、それとも――。


「……戻るか」

「……うん」


 本当に小さく囁かれた言葉は、朝の澄み渡った空気で充分に届いた。

 そっと、エド君が私ごと立ち上がって、優しくほどく。


 ずっと外にいて冷えた筈なのに、体はぽかぽかだ。幾ら魔法で緩和していたからって、こんなに内側から暖まっているなんて。


 未だに収まらない不可思議な熱は、指先まで暖めている。

 それはエド君も同じだったのか、無言で手を取られた時に伝わってきた温度は、私と同じくらい熱い。


 昔は繋ぐのすら嫌がったのに。

 今では、私の手を繋ぎ止めるように絡めている。


 少し先を歩くエド君は、やっぱり耳まで真っ赤。

 でも、離そうとしない。エド君らしくない。


 変なの。……私も、変なの。

急遽章分けしましたがこれで三章終了、次から四章に入ります。でもエドヴィン視点を最後に追加してから章移動するかも。

年末忙しいのでちょっと更新が緩くなるかもしれませんが、今お話の折り返しは過ぎてる所なので最後まで頑張れたらな、と思います。

いつも感想やブクマ、評価等ありがとうございます。日々の励みになっております……!

これからも応援していただければ幸いです!

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