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忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第三章 王子様の秘密と魔女の秘密
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魔女様の過去

(今更ですが章分けしました。お話に影響は出ませんが)

 固まった空気。大丈夫、これは予想通りだもの。……そして、嘘でも何でもない事実だから。


 言葉を失って、私にかける言葉を一生懸命探っているエド君に微笑みかける。

 無理に何か言わなくたって良い。全部話すから、その上で私を詰れば良い。


「私が忌み子なのは知っているでしょう? 赤目の忌み子」


 トーレスでは赤目が不吉の証。


 故に親に捨てられた私は、泥を啜りながら生きてきた。

 残飯を漁るなんて当たり前だし、いつもひもじい思いをしながらなるべく人目につかないようにしていた。


 それでも赤目は目立つから、心ない人に暴力を振るわれる事もあった。罵声なんか当たり前だった。

 罵声で済むなら良かった、気味が悪いからと目を抉られそうにもなった。


 小さく呟く度に、エド君の顔が歪んでいく。


 どうしてそんな酷い事をするのか、と顔に書いてあって、少し安心した。


 でもねエド君、それが人なんだよ。人は自分よりも下のものを見ると安心するように出来てるからね、自分よりも下のものには何をしても良いとすら思うから。

 見下す事で人は自分の立ち位置を確認する。


 それに、不吉の証だ、と断じて自分に降りかかる不幸全て責任の所在を私に押し付けてしまえば、楽だものね。自分は悪くない、そう思えるのだから。

 押し付けられる方は堪ったものでもないのだけど。


「そうして、殺されかけた所で師匠に拾われたの」


 師匠は、私にとってまさしく救いの光そのものだった。


「師匠に拾われて、それから、色々な事を教えてもらった。文字とかから始まって、常識とか、魔法とか、調合の事とかね」


 師匠に拾われて、私は色々な事を知った。

 綺麗な服とか、ご飯が温かい事とか、あまいものとか、柔らかいベッドとか、素敵な物語が世界にはある事とか。

 文字も知らなかった私に根気よく教えてくれた。飽き性だった私に生活の術を持たせてくれた。


 人でなかった私を人にしてくれたのは、師匠だ。凄く感謝しているし、ああなりたいと思う。


 私は、拾われてから、沢山の事を学んだ。


「……それから、師匠の寿命の事も」


 師匠は、永い時を生きてきた魔女なのだとも。


「師匠は見掛けが若かったけど、先天的な魔女で、寿命も人のものよりずっと長かった。師匠は長く生きてきたんだって、この禁忌の森を根城にして」


 私は師匠の事を二十代前半くらいに思っていたのだけど、本当は何百年も生きている魔女だったそうだ。


 トーレスの移り変わりを、静かに見守ってきた、歴史の生き証人だった。だからこそ、私はアレクとも知り合えた。


 不干渉が基本の魔女だったけど、どうしてもと乞われれば多少の知恵を貸すくらいには関係があったから。

 私はそれについていっただけだ。アレクに気に入られたのは本当に偶々としか言えない。


 師匠は、本当に永く生きたそうだ。


 ――そう、魔女としての寿命を全うするくらいには。


「……あれは、私が大人になる前の事だったかな。師匠は、私にこう告げたの」


『そろそろ私も活動に限界が来たから、そろそろ死ぬわ。リアに任せる』


「最初は意味が分からなかった。何が言いたいのかさっぱりだった。でも師匠は本気だった」


 曰く、もう寿命が来てしまったから、私に全部任せて逝こう、と。


「魔女の名を継いで、今日から私が魔女になれと。力の全てをやるから、お前は忌み子ではなく魔女として生きろと。私は嫌だって言った、師匠が居なくなるなんて耐えられなかった」


 勿論拒んだ。

 そんなの嫌だ、師匠の代わりになんてなれない。師匠が居なくなるなんて嫌だ。


 懇願したけれど、正直薄々察していたのだ。師匠の命はそう長くもない事を。

 師匠は急いでいた。私を王族に会わせたりしたのも、全部師匠が死んだ後に立場を守る為。世間を学ばせたのは私が利用されない為。調合を学ばせたのは私が生きる術を持つ為。


 全部、この時の為に時間をかけて教えてくれたのだろう。何年も前に死期を悟ったから。


「……魔女の力や権限を全てを譲渡するには、才能がある人間に、命を使って、直接注ぎ込むしかなかった。師匠は探していた、自分の跡を継げる人間を」


 それが、私だった。


「師匠は身勝手な人だったからね、私の意見なんて聞かずに譲渡の儀を始めた。……寿命だったからね。もう本当にギリギリで、保たなかったんだと思う。そして、そのまま死んでしまえば、私が後を追って死ぬって予想もしていた。――だから、有無を言わさずに私に流し込んだ。常人なら発狂して体が壊死するであろう膨大な魔力を」


 あれは、こんな満月の夜だった。

 師匠は私を抱き締めて、そのまま譲渡の儀を行った。


 それは、分かりやすく言えば、私の体を魔力で改造するようなものだ。私が魔女の体になるように、自分の跡を継げるように。


 当然、常人がされれば間違いなく死ぬ。力の塊を移し変えるのだから。


 譲渡、なんて生易しい表現をしたけれど、やってる事はそもそも体の作りからして変えていくもの。魔力を操るのに相応しい体に。人よりもずっと長生き出来る、強靭な体に。


 血管中に熱した鉄を流し込むような、そんな内側から破裂しそうな熱を強制的に覚えさせられて、痛みに強かった私でも喉から悲鳴が迸るのは避けられなかった。


 ただただ痛くて視界が明滅して、このまま師匠と共に死ぬのではないかと思うくらいに、全身が軋んだ。

 でも、それでも良いと思ったのだ。師匠が死ぬなら私もついていってやろう、そう思ったのに。


 でも、痛みが消えた時、私は生きていて、師匠は消えていた。

 残ったのは、体の違和感と、背中にやけついたなにか。


「……体の焼けつくような痛みに絶叫している内に、師匠は全部私に押し付けて、死んじゃった。跡形もなく消えて、ただ残ったのは背中のこの紋様だけ」


 これが私を魔女にしたものだと、本能的に理解した。焼きごてで上書きすれば変わるのかと考えもした。

 でも、これを消したところで、私の本質は変えられてしまったから、変わりようがないのだとも分かったのだ。


 私は、師匠の命の上に立っているという事も。


「……私は、師匠の消えかけた命をこの手で消してしまった。私はいずれ消えてしまうと分かっていても、その時まで一緒に過ごしたかったのに。元々死ぬ筈だった私を生かしてくれたのだから、死ぬ時は私も共に死のうと決めていたのに」


『――私の分まで、生きておくれ』


 師匠が、そう言ったから。


「……結局、私はこうして立ち直って生きてるんだから、私は図太いんだよね。師匠が残してくれたものを消してしまうのは嫌だったから。死んでしまうのが怖かったから。……だから、こうして生きてるの。普段は、忘れようとしてるけどね」


 そう締めくくってエド君を見上げると、エド君はただ静かな瞳で私を見ていた。

 私を蔑むような眼差しでもなくて、怒りもなくて、ただただほんのりと困惑混じり。……ほっとしたのは、エド君に否定されるのが怖くて仕方なかったから。


「……ごめんね、暗い話して。面白くはなかったよね」


 誰もこんな話聞きたくなかっただろう。こんな事聞かされても困るだけって、分かってるのに。


 笑って、こてん、と顔をエド君の腕に預ける。

 微かに体は揺れたけど、エド君は拒みはしなかった。それが、唯一の救いだった。


「もう、過ぎた事だし、取り返しのつかない事だけどね。……結果的に、私が殺したんだよ、師匠を。あんなに大好きで尊敬していた師匠の力全部取って、殺して」

「リア」

「私のせいで、私の存在が罪で、」

「リア!」


 引き剥がされて、肩を掴まれた。

 大きな声で呼ばれてびくりと体を震わせた私に、エド君は眉を吊り上げている。……どうしよう、怒らせてしまった。


 私が怯んだのが目に見えて分かるらしく、エド君はしまったと一瞬顔を顰めて、今度はただ真っ直ぐに私を見つめてくる。

 もう、怒ってはいない。ただ、何処か必死で、案ずるようで、心配そうな色を宿して。


「……お前の師は、お前が自責の念に駆られる事を望むのか。そんな事をさせる為にお前に魔女として生きる道に導いたのか」

「……それは、」

「お前が結果論として師匠の死因になったという事が罪だと思うならば、俺にはどうしようもない。それはお前の中で解決する事だし、折り合いをつけていくべきだ」


 エド君は、私が悪くないとは言わなかった。

 慰めるのではなくて、ただ私に上手く飲み込めという。

 私の心の在り方は私のものだから、エド君がどうにか出来るものではない。


 簡単に出来たら苦労しない、と言おうとして、でもエド君の真摯な瞳に何も言えなくて。


「だが、お前の存在自体を罪という訳がないだろう。師がお前に生きて欲しいと願って命を繋いだのならば、それは罪ではなくて後に残す希望だったと捉えるべきだ。望まれて生きているのに、罪と言う馬鹿が居るか。誰が言ったんだそんなの」


 どこぞの馬鹿が言ったのか、と私の顔を覗き込むエド君に首を振れば「なら気に病む事はないだろう」と言葉が続く。


「それに、万が一お前の存在が罪なのだとしても。お前がした事が罪だと自分で思っていたとしても」


 一呼吸置いて。


「――それがお前なら、俺は受け入れよう。お前が俺を受け入れたように、俺はお前があるがままを受け入れる。だから、お前がどうであろうが関係ない」


 肩にあった手が、ゆっくりと背中に伸ばされる。

 抱き寄せられたと気付いたのは、視界がエド君の服に埋まったからだった。


 硬くて引き締まった体に頬が当たって、じわりと温もりを伝えてくる。


「過去なんて知るか。俺は今のお前しか見てないんだから。お前がそうだったように、俺も今のお前しか見ない」


 その一言に、我慢していたものがぷつりと切れたような音がした。


 視界が、滲む。目元に熱が集まって、私の我慢していたもの全部、勝手に吐き出させていく。

 ぐしゃ、と顔が歪んで、泣きたいと思わないのに次から次へと熱い雫となって滴り落ちて、エド君の胸に吸い込まれて。


 ひっく、と胸の奥で引っ掛かった嗚咽も、どんどんと奥からせりあがって、零れ溢れる。


「……エド君、ごめん、情けない、所、見せた。ごめん、ごめんね、私、こんな事、言うつもりじゃなかったのに……っ」

「別に良い。どうせ我慢していたんだろう、吐き出せ。……誰も聞いてやしないさ」

「……エド君聞いてる」

「内緒にしといてやる。特別だぞ」


 ぽん、と背中を優しく叩かれて、私はとうとう我慢しきれずに、声を上げて泣いた。

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