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忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第三章 王子様の秘密と魔女の秘密
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王子様に聞きましょう

 宣言通り、エド君は私に作品をプレゼント……というか。


「ねえエド君、私お人形さんじゃないんだけど」


 エド君の本気を垣間見ていた。


 レースの手袋にレースのチョーカー、刺繍とレースがあしらわれたワンピースに花を模したヘッドドレス。エド君お手製である。

 いつの間にこんなもの作っていたのか。せっせと編み編みしてると思ったら。


 力作らしく、とても満足げだ。

 ……うん、エド君ほんと何者だ。本職になるんじゃないのかなこれ。飾り気皆無の魔女をそこそこに見れたお嬢様風にするとか。


 なれないなあ、とソファに座ったまま片足を上げると、エド君に怒られた。……だって、こういうひらひらふわふわしたスカート慣れないし。


「気に食わないのか」

「いや、可愛いとは思うんだけど……これって動きにくくない?」

「そりゃ室内用だからな。こんだけ飾れば動きにくくもなる」


 飾ったのはエド君なんだけどなあ。


 まあエド君が楽しければそれで良いんだけどね。私は私で自分じゃない自分になれた気分になるし。

 難点として動きにくいってのがあるけど、普通の行動なら大丈夫だろう。採取はそもそも汚しかねないので怒られそうだ。


 手につけているのは繊細なレースの手袋なので、これで薬草摘んだら緑になりそうだ。……こうしてると、貴婦人か何かになったみたいだね。


「エド君ってせっせと私に作品をくれるよね」

「……お前があまりにも飾り気ないからだろ」

「そうなんだけどね。可愛くて素敵なんだけどさ」

「文句あるのか」


 此処ではいと答えたら多分かなり傷付くだろうな。いやそんなつもりは全くないんだけど。

 首を振って口許を緩めると、青い瞳がほんのりと揺れた。


 そうじゃなくてね、エド君。

 私、エド君を変えているつもりなのに、エド君に変えられている気がするなあって。


「私どんどんエド君に女にされてるなーと思って」

「ぶっ」

「次はどうしてくれるのか楽しみなの。エド君、作るの上手だから」


 エド君の手が入る度に、鏡に映る私はどんどんと女性っぽくなっていく。


 エド君曰くこれが普通らしいけど、私は女らしさなんてなかったからなあ。これだけでも、ちょっと変わった気がする。見掛けも……中身も。

 それはお互い様なんだけどね、多分。


 言葉にはしてないけど、この新しくエド君の手が入ったワンピースだって可愛くて実のところ気に入ってる。だからエド君に負担がない程度になら作って欲しいなあとか思っちゃったりするのだ。


「……言い方が誤解を招くから止めろ」

「誤解?」


 何が誤解だというのか。嘘偽りのない気持ちを述べているのだけど。


「うんうん、いやほんとリアは着飾ると可愛いねえ。そのフラットな体型を一層引き立てているというか」


 首を傾げた瞬間に、明らかに私たちのものではない声が聞こえてきたので、反射的にクッションを投げ付けた。ちょっと魔法で加速させて。


 あ、クリーンヒットした。


 へぶぅ! と実に間抜けな声を上げて地味に悶えている、どこぞの王子。玄関先で蹲らないで欲しい。


「不法侵入じゃねえか。何しに来やがった」


 大体エド君が言いたい事を言ってくれたので良し。


 ……まあ、正直な事を言えば来てくれて助かったんだけどね。見計らったんじゃないかってくらいに、ナイスタイミングだった。

 しかし体型をからかったのは別だからね。


「いやあ、ちょっと用事がね。今回は真面目な用事なんだよ?」


 真面目な用事という割にお顔がにやにやしていらっしゃるアレク。


 けど、手にしていた小さな花束を見て、ああそういう事かと納得した。

 成る程、今回は宣言通り真面目な用事だね。ごめん、疑ってかかっていた。


「はいリア、これ。もう時期だろう?」

「あ、うん。ありがとう。後で、置いてくるよ」


 アレクから花束を受け取って、一旦テーブルに置いておく。

 訝るエド君は多分今訳が分かって居ないのだろう。説明もなにもしていないからね。


「ああそうだエド君、悪いんだけどお茶入れてきてくれないかな。とびきり濃く。私動きにくくて汚しちゃいそうだから」

「……それは僕に対する嫌がらせだろうか」

「うん」


 ついでに、ちょっと席を外して貰おう。アレクに聞きたい事がある。


 因みにお茶は嫌がらせと、アレクの体調面の事を兼ねてだ。

 アレク、今日はちょっと調子が宜しくないのか、あまり激しい動きをしたがっていない。

 私に抱き付こうとしないから分かりやすい。


 ……体調を整える為にも、ちょっと薬効成分を強めに出して貰いたい。まあその分不味くなるのだけど。


 いつものじゃなくて戸棚の赤いリボンつけてるやつねー、とエド君にお願いすると「……分かった」と渋々ながら台所に向かってくれる。

 最近エド君お茶淹れられるようになったからね。成長したものである。


 さて、と。

 体よく席を外して貰った所で、ゆっくりと隣に腰かけるアレク。やっぱりちょっと体調よくないね。


「大丈夫?」

「んー、そんな大したものでもないからね。寝込む程だったら来ないし」

「うん。……わざわざ持ってきてくれてありがとう」


 花束を視線で示すと、アレクは眉を下げて笑って「お世話になったからね」と肩を竦める。

 あまり長時間風には当たれないと判断して私に渡したのだろう。後で、私が一緒に持っていくから。


 穏やかに微笑んで、少しだけ、嘆息。

 ……そろそろ、か。


 まあ、良いだろう。一旦置いておこう。感傷に浸るなど後でも出来るから。


「……アレク、聞きたい事があるの」

「聞きたい事?」


 エド君が居ない間を見計らってるんだから、取り敢えず急いで内密に聞いておきたい。

 エド君的にはあんまり探られるの好きじゃないだろうけどね。


「シャハトの王は健在だよね?」

「そりゃあ勿論、ご壮健だと聞いてはいるよ。シャハトの対外的には」

「対外的には?」

「実の事言うと、此処半年公の場には姿を見せていなくてね。体調を崩したという噂もあるよ。間諜によれば、王妃が政をしている状態かな」


 ……成る程。うん、そんな感じかなあとも思ってた。

 じゃなきゃ穏健派な現国王が、見付かればトーレスと魔女(わたし)に喧嘩吹っ掛けるような事させないからね。


 今の国王は、魔女に対して悪感情は抱いていない。現国王の治世は結構長いのだけど、彼は魔女を唾棄している訳ではなく、寧ろ友好的だからこそ不干渉の不文律が出来上がっているのだ。


 ぶっちゃけ、あまりにシャハトが魔女を害そうとするなら、現存する魔女達は遠慮なく力を振るうだろう。自分達の平穏守る為に。


「じゃあ、シャハトのエド君に対する変化とか、兵の動きは? 何か禁忌の森に入り込む馬鹿な兵が居たんだけど」

「おや、勝手に兵を差し向けられても困るなあ、禁忌の森はトーレス側に存在するし、兵が居たとかなら本当なら抗議しなきゃいけないんだけど」


 というか何やってくれてるのかなあの(アマ)、とアレクが笑顔で王子らしからぬ発言をしているけど、流しておこう。

 アレク、割と口汚いからね。兄達の罵倒受けてたらまあ歪むよねって感じで。


「けどそうしたら理由を聞く羽目になって、エド君の存在が此方側にあるかもと暴露されるのでは?」

「生死不明だからその点は大丈夫だと思うんだけどね。そもそも、エドヴィン君は身分を剥奪されてるんだし、エドヴィン君個人がこの禁忌の森に入って生死不明、と向こうが断定すればトーレスは何も出来ないよ。トーレスは禁忌の森には不干渉だって決めてあるからね」


 薮蛇どころか魔女をつついて魔物が飛び出すのは勘弁だからね、と肩を竦めたアレク。


「ただ、エドヴィン君個人が迷い込んだなら良いけど、そこに国として兵を向けたら魔女に宣戦布告していると取られかねないだろう?」

「うん、物凄く不快だけど」

「ほら。父上達は、魔女の機嫌を損ねるのは絶対に避けたいんだよ。森を維持しているのはリアだからね」


 トーレスにとって、私は畏怖する存在であり、魔物を森から出さない為の番人、という見方も出来るからね。


 まあ私のご機嫌次第で国が危機を迎えるんだから魔女って本当に困った存在だと思うよ。我ながらに。

 でも私が居るからこそトーレスも平和なんだよね。他国に対する抑止力にもなるから。


「ただ国同士緊張状態になるのは避けたいんだよなあ、困ったものだねシャハトの王妃も」

「ほんとねえ。次やったら個人的に制裁に行こうかってくらいに結構不愉快だったんだけどね」


 あはは、と和やかに言ってるけど、真面目な話私の領域を侵せば死をもって償わせるぞ、と脅しをかけてもいいくらいだ。

 何故トーレスに入ってその上タブーを平然とするのか。一国の王妃として迂闊にも程があると思うのだけど。


 ま、エド君が無事ならそれで良いと思ってるので、目の前をブンブン飛び回らない限りはなにもしないよ。

 目障りになったら、その時に考えよう。今はまだ怒るには早いだろうし。もし次があれば先にトーレスから抗議して貰うよ。


 血生臭い話になるのも勘弁なのでこの辺でこれは終わるとして。


「あと……ちょっとアレクにお願いがあるんだけど」

「お願い?」

「……エド君のお母さんの事、些細な情報でも良いから探してくれないかな。気になる事があるの」


 ある意味こっちが本題だ。

 それさえはっきりしてしまえば、懸念事項も、エド君の事自体も分かるから。


「エドヴィン君の母君? 良いけどどうしたの」

「うーん、ちょっと知りたい事があって」

「まあ良いけど。それなら対価は……っと、いつも薬貰ってるから良いけどね。代わりに一つ貰っても良い?」


 え? と首を傾げようとして、出来なかった。 

 アレクの顔が横に来ていて、ふっと頬を吐息が掠める。それから遅れて、ほんのりとした熱が少しだけ与えられる。


 ぱちくり、と瞬きを繰り返すと、アレクは実に満足そうな表情で近くに居た。


「これで充分かな……うわっと」


 何をされたかあんまりよく分かっていなくて瞳を瞬かせていたのだけど、アレクは慌てて突然降ってきた何かを避けた。


 それがエド君のチョップだったと気付いたのは、エド君がとても不機嫌そうな顔をしてアレクと私を引き剥がしたからだけど。


「何してるんだこの変態」

「やだなあ、親愛のキスだろう?」


 飄々とした態度のアレクにエド君が一層眉間に皺を寄せているのだけど、私としては今「ああ唇だったんだあれ」という疑問が解決した程度の発言だ。

 びっくりした、何かと思ったよ。


「エド君大丈夫だよ、気にしないから」

「お前は気にしろよ」

「リア、エドヴィン君はやきもちをやいているんだ察してやって」

「断じて違う!」


 やきもち? と首を捻ろうとした私にエド君が全力で頭を振る。


 そこまでムキにならなくても、と笑おうとして、アレクのにんまりとした笑みが視界に入った。


「へー。じゃあ僕がリアをさらっていっても何とも思わないんだね?」


 その言葉に、エド君は一瞬だけ言葉を失った。

 ただ、私の視線を感じたのか、直ぐに眉を吊り上げて瞳を細めて「馬鹿馬鹿しい」と切って捨てる。ただ、その声は少しだけ、苛立ちがこもっているような気がした。


「へー、そうかそうか。分かったから睨まない睨まない。分かりやすいなあ」

「……いつかぶっ飛ばす」

「はは、出来るものならね」


 多分エド君がアレクを言い負かす日は来ないだろうな、この分だと。

 大概アレクがおちょくって引っ掻き回してエド君を苛立たせる。間違いない。


「二人共仲良いね」

「何処がだ!」

「はは」


 相変わらず飄々と笑うアレクに苛立ちを隠さないエド君。

 でも、何だかんだ仲良くはなれそうなんだよね。

 アレクはアレクで本心は口にしない人だけど、エド君とやり取りしてる時は楽しそうだし。からかい甲斐があるってのが大きいんだと思うけども。


 つい二人のやり取りに笑うと私までエド君に睨まれるのだけど、私は悪くないもん。


 ひとしきり笑った後、私はテーブルの上にある花束をそっと持ち上げる。

 折角持ってきてくれたんだから、早く供えに行こうか。


「あ、エド君アレクの相手しておいて。しっかりそのお茶も飲ませておいてね」

「うげー、何かやけにこれ濃そうなんだけどー」

「頑張ってねアレク。じゃあ私、ちょっと行く所あるから」


 返事は聞かない。エド君はアレクが留めてくれるだろう。


 この格好のまま、花束を手に外に出ていく。

 少し歩きにくいけれど、山登りをする訳でもないので大丈夫だ。草木に裾を引っかけないように注意しつつ、ゆっくりと開けた場所を歩く。


 エド君には此方側には行かせなかったっけな。


 少し歩いたところにある、ちょっとした丘の上に、小さな岩はある。

 ぽつんと置かれたそれは、周囲の流れから取り残されたように、ただひっそりと佇んでいた。


 そこに、アレクから貰った花を備える。

 意味のない行為だとは知っている。本当に此処に眠っている訳ではないし、塵一つ残っていない事も。


 それでも、よく昔遊んでくれたこの丘に、私は手向けの花を供える。

 私から供えるのは、言葉だけど。


「……お久し振りです、師匠」


 毎年毎年懺悔する事に師匠は鬱陶しがったりしないかな、なんて思いながら、私は微笑んで誰も埋まっていない、墓代わりの岩に声を投げた。

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