表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忌み子なぼっち王子様を手なずける方法  作者: 佐伯さん
第一章 王子様を拾いました
2/68

お目覚め直後の運動は良くないです

 魔法で浮かせて自宅まで持って返って、取り敢えず土まみれの服は剥がしてベッドに寝かせておく事にした。


 呼吸は正常だし、見た所に大きな怪我もない。多少擦過傷や痣はあったけど軽いものだし、命に関わるようなものでもないし。


 気を失っているだけのようだから、そのままにしておいても大丈夫な筈。

 持ち物も軽く見たけど、短剣と小さな巾着くらいなものだ。


 流石に中身を見るのは本人が起きてからにするつもり。

 何か触って困るものがあるかもしれないし。


 じゃあその間に、という事で私はそのまま薬草臭のする上着を脱いで、消臭剤をかけて……っと。

 薬草の匂いは部屋にもう染み付いてるかもしれないけれど、今日のはどぎつい匂いなので寝室には染み込ませたくないし。


 彼を拾ったのは偶々で、本来の目的は薬草を採って調合したり食材にしたりするのが目的なのだから。




 私がこんな深い森に住むのは、基本的に一般人の手に触れられないように生える薬草の採取の都合上と、魔女がなるべく人の目に触れないようにする為だ。


 最古の……正しくは最古の魔女の名と力を諸事情により師から継いだ私は、あまり人目に晒されてはならない。


 まあ分かりきった事なのだけど、力と言うものは人を狂わせるから。力は、人を引き付け狂わせる、恐ろしいもの。

 力に酔い、狂ってしまって、滅んだ国は数知れず。


 そして、力に自惚れ破滅に至った魔女も数え切れない程だ。


 故に魔女は俗世から離れて細々と暮らし、後世に血と術を伝えていく必要がある。


 ――というのが、私がかつて師から習ったもの。


 私としては、此処から出たくはないし人付き合いとか面倒よねーっていう生活を送りたいので、その教えに同意してるようなものだ。

 人に従うのは好きではないし、わざわざ疲れる事をするのも面倒ってだけ。それに、私は破滅したくないから首を突っ込みたくない。


 そんな、自分でも思う程にいい加減な性格をしている私だからこそ、あらゆる争いから逃れられて来たのかもしれない。

 もう、魔女などとうに散っていって、殆ど存在しないのだから。


 と、そこで背後から床の軋む音がした。


 微かな衣擦れの音も聞こえて、ああ彼が起きたのかと振り返ろうとして……首筋に、ヒヤリと冷たく硬い感触を覚えた。


「動くな」


 私の体を背後から抱き締める……といったら情熱的すぎるので、身動き取れないように覆う体勢を取るのは、先程まで寝ていた彼だ。


 低い声で囁いた彼に、ああ短剣ちょっと隠しておくんだったなあ、なんて後悔をしながら苦笑する。


「助けてあげた恩人にその態度はないと思うんだ」

「――お前は誰だ。此処は何処だ。何が目的で俺を助けた」

「一気に質問しないで欲しい。答えてあげるからその物騒なもの離してくれるかな?」

「質問に答えるのが先だ」


 答えぬなら切る、と明確に敵意を向ける青年は、多分本気だろう。

 何か知らないけど切羽詰まっているようにも聞こえる。見えないけれど、表情は多分とても厳めしい顔になっているのだろう。


 落ち着いて話したいというのに首元に危ないものがあっては安心出来ないというのに、困ったものだ。


 仕方ない、と指を軽く一振りする。


 私は最古の魔女の名を継いだ女だ。簡単なものなら当然詠唱や式など要らない。魔法はこの体が体現しているのだから。


 小さな動き一つで、ナイフは彼の手からすり抜けて、壁に突き刺さる。

 ……しまった、壁に穴が。木製だから簡単に刃の根元まで刺さってしまった。これでまた修理箇所が増えてしまった、やらかした。


 弱ったなあ、と呟いた瞬間には彼は私から距離を取っている。


 一歩で大きく離れて一層警戒を露にする彼は、振り返って見てみるとやっぱり綺麗な顔をしていた。


 一歩間違えれば殺意にもなりそうな敵意を浮かべる、青い瞳。

 私の顔を見て多少驚いているようだったけど、それでも警戒は崩していないようだ。


「そんな警戒しなくても、何もするつもりはない。少なくとも、君が大人しくしている限り」

「……返せ」

「私に突き付けないなら構わないけど」


 別に短剣の所有権を奪いたかったのではなく、ひとまず邪魔だったから退けただけだし、返すのは構わない。


 今度は優しく短剣を飛ばしてやると、受け取って構え出す青年。臨戦態勢なのは分かった。


 暴れてでも逃げようとするのは止めてよ、老朽化進んでるうちで暴れられると修理大変なんだからね。魔法使えるからって繊細な作業はめんどくさいんだから。


 全くもう、と腰に手を当てて膨れっ面をすると、一瞬ぽかんと呆気に取られた表情に。

 直ぐにまた強張るけれど、さっきの顔は年相応のものだった。ああしてた方が似合うのに勿体ない。


 まあ、彼にとっては得体の知れない女、ってのは分かるのだけども。


「えーと、質問だったね。私はリア。此処は禁忌の森の中にある私の家だよ」

「……禁忌の森……」

「そ。森の外縁部で倒れてて、このままじゃ追い剥ぎに遭ったり魔物に襲われるからって運んであげたんだ。感謝されるいわれはあれど、攻撃されるいわれはないと思うけどね」

「感謝しろと言いたいのか」

「いや? そんな殊勝な心掛け出来るなら最初から短剣突き付けてこないだろうし。別に感謝は要らないよ、その敵意を仕舞ってくれるなら」


 別に恩を着せるならもっと丁寧に介抱してたよ。

 私が勝手に運んだのだから、まあ極論お礼は言わなくてもいい。ただ攻撃する事はないでしょ、と主張したいだけだもの。


 まだ体力的に全快ではないだろうし、追い出すのも気が引ける。

 いや暴れるなら追い出すのだけど、大人しくしてるなら暫くは置いてあげる。出ていくならそれでも構わないし。


 そういうつもりなんだけど、彼は全部裏があると疑ってかかってるのだ。


「君が何かに追われてるのかは知らないけど、私はあなたの敵ではないつもりだ。大体……危害を加えるつもりなら、さっさと倒れてる所を殺すなりそのまま放置するだろう普通」

「それは、そうだが……」

「君を持って帰って何かするなら短剣奪って縛るなりするよ。私は介抱のつもりで寝かせてあげていたんだよ、私のベッドで。目覚めなければ女の子のベッド占領する予定だったんだからね?」


 女の子のベッドで、という言葉に硬直する彼。


 青い瞳が、視線を右往左往。

 ……何なんだ、急に。寝かせる所はそこしかないし、床に転がすのは悪いと思ったからベッドを譲ったというのに。


 彼は、暫く躊躇った後、私の顔と体をまじまじと眺めて、一言。


「……お前、女だったのか」


 ……拾ったの間違いだったかもしれない。


 そりゃあ、声は高くないしもっさくてだぼだぼのローブ着て雑に髪を束ねて化粧っけのない顔をしているけれど。


 幾らなんでも男に勘違いとかないでしょう! 名前とかどう考えても女だから! 何処をどう見たら男に見えるんだ!


 この野郎、と睨んで、たじろぐ彼に歩み寄る。

 一瞬にして警戒が顔を走ったけれど、私は気にせずにその端整な顔を睨みながら、ローブを勢いよく脱ぎ捨てる。


 下には、質素だけど膝丈のワンピースを着ている。おまけに束ねていた髪をほどいて、彼の前に胸を張って立つ。

 これで男に見えるなら彼の目はおかしい。


 これでも男に見えるのか、と腰に手を当てて問い掛けると、また彼の視線が右往左往し出した。心なしか、顔が赤い。

 ……何故だろう、そんなに露出してないのに。たかが膝下が見えるくらいだというのに。


「ちょっと、聞いてるの?」


 更に一歩近寄ると、彼は顔を真っ赤にして目を逸らした。ベッドを見て、更に顔を火照らせる。


 敵意は消えたというか、何だか気まずげだ。短剣を下ろして、もう片手は所在なげにうろうろ。

 ……何なんだろうほんと。


 まあ、結果オーライというやつだ。

 ちょっとムカッとはしてるけど、謝って貰ったし溜飲は下がった。


 全く、と瞳を細めて彼を見上げる。


 改めて思ったけど、彼は背が高いし、細い。鍛えてるのか、ただ痩せっぽっちという印象は抱かせない。

 研ぎ澄まされた抜き身のナイフ、というのが正しいのだろう。触れれば切れてしまう、そんな鋭利な印象。実際比喩抜きの物理的に切られかけたし。


 ただまあ、今は形無しだけど。


「で、そろそろ私の話を聞いてくれる?」


 頃合いだろう、と頬の赤みが漸く引いてきた彼を見上げつつ問い掛けると、彼は体から力を抜いて疲れたように首肯した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ