王子様を宥めましょう
「……ねーエド君、怒ってる?」
結局、アレクは散々エド君をおちょくって帰っていった。
王宮ではあまりはっちゃけられないらしいので、ここぞとばかりにエド君で遊んでいったのだ。
うん、それからというものエド君の機嫌が悪い。帰る間際に何か吹き込まれたらしく、更に機嫌が悪くなっている。
その上、私と寝る前に対面すると更に眉間に皺が寄るのだ。
つまり今は物凄く機嫌が悪いという事である。
「……別に、お前には怒ってはない」
「でもアレクには怒ってるんでしょ。彼は本当に残念で変態だけど、でも悪い子じゃないから」
ベッドでカーテンを閉める前にこうして会話しているのだけど、今日は何だかいつもより視線が合わない。
そろそろ慣れてくれたと思ったんだけどな。
このままだとそのままカーテンを閉められそうだったので、どうにか宥めようと考えてみる。
多分からかわれて機嫌が悪いのだ。アレクってば本当にからかい甲斐がある人見つけるとすぐにからかいだすんだから。
どうやったら、怒っている人を宥められるか。いやそっとしておけ、という話なのかもしれないけど。
うーん、私が子供の頃怒って泣き叫んだ時は……。
「エド君エド君」
「なん、」
取り敢えず、師匠にして貰ったように、ゆっくりと心臓の音を聴かせて頭を撫でたり背中を叩いたりしてあげる事にした。
膝立ちになってぎゅっと抱き締めてあげて、背中を撫で撫で。人肌と心音は人を落ち着かせる、というのはエド君に寝ぼけて抱き締められて思い知った事だ。
エド君は、小さな頃の私みたいに怒ったり暴れたりはしなくて、ただ固まっている。
私の時はそりゃあもう暴れたなあ。拾われるまでやさぐれてたし、人なんて信頼出来なかったもの。
それを考えると、エド君は大人しいものだ。あの時は師匠引っ掻いたり暴れたりしたから申し訳なかった。
フリーズしているエド君をぎゅっと抱き寄せて優しく背中を撫でていると、ぶるりと背中を揺らして両腕がぎこちなさそうに動いていた。
私の腰を掴んで引き剥がそうとして、やっぱり無理だと離れていく。手持ち無沙汰に揺れる手。
「……落ち着いた?」
「……落ち着くか」
「じゃあもうちょっと」
「される方が落ち着かないんだよ! 分かれよそこは!」
今度は決意したらしくて腰を掴んで引き剥がしたエド君。
ぱち、と瞬くと、エド君は一瞬にしてカーテンを掴んで即座に空間を分断してしまった。
次の瞬間には、ゴンゴンと硬いものを壁に打ち付ける音。ええと、エドくーん?
「……え、ええと、ごめんね、余計な事をして。あのね、私これ師匠にされると落ち着いたから、つい」
「……もう良い。怒ってないし落ち着いたから」
「じゃあカーテン開けても良い?」
「駄目だ」
とにかく今日は駄目らしい。
断固として目を合わせないしそのまま寝るつもりらしいエド君に、カーテン越しに「ごめんね」と謝って、私は毛布に潜り込む。
いけないいけない、最近エド君が打ち解けてきたのを良い事にちょっと押しすぎたかもしれない。
気を付けなきゃなあ。嫌がられたくはないし。
「……おい」
「何?」
「……お前、ああいうの誰にでもやるのか。あの駄王子とかにも」
「え、やだよアレクにするとか」
アレクにしたら調子に乗って触りまくるに決まっている。それは流石に私も嫌だ。あれはセクハラが当たり前な奴だから。
エド君はそういう事しないだろうし、別に、されても気にしない。
されても良い、というか、アレクみたいな目的ではまずなさそうな気がする。アレクが変態過ぎるのが悪いというか、比較対象が悪いんだよね。
さておき、こういう事はエド君にしかしてないし、するつもりもない。……助けてあげたい、と、思うから。
多分、それだけじゃないのに、いまいち表現しきれない。
まあ良いだろう。とにかく、エドヴィンにはなるべく優しくしてあげたいのだ。
「エド君にしかしてないよ」
「……他の誰かにするのか」
「しないってば。何で他人を抱き締めなきゃいけないの。私、こう見えてちゃんと警戒心あるんだからね」
「それは嘘だな」
「何で!?」
認識がおかしい。
私は信頼していい人しか近寄らないもの。信頼出来るか否かは、言動を見ていたら分かるし、何となく勘でも分かる。
「私はエド君だからしたのであって、赤の他人にはしないよ」
「……俺は赤の他人じゃないのか」
「他人じゃないよ。一緒に住んでるし、大切な身内だよ」
私の中で、もうエド君は守りたいものの分類に入ってるのだ。特別、という事なの。
私は彼を信頼しているし、大切にしたいとも思っている。怒っていたら宥めたいと思うし落ち着いて心安らかに過ごして欲しい。
「だから、エド君だけ特別だよ」
「……っ、……この天然たらしめ」
「え?」
「もう良い。怒ってないから。……そろそろ寝る」
それっきり、エド君は押し黙ってしまった。
宣言通り、寝るつもりなのだろう。
声に棘はなかった、ただ、焦ったような、それでいて何処か、安堵したような声だ。
……本当に機嫌が直ったのだろうか。アレクが余計な事を吹き込んだらしいから心配だったのだけど、気を直してくれたのなら良かった。
あんまりしつこいとまた怒ってしまうので、これくらいにしておこう。
すっかり静かになってしまったカーテンの奥を案じつつ、私は「おやすみ」と囁いて瞳を閉じた。