二人目の王子様
取り敢えず、立ち話もなんだから、とアレクが言った為家で座ってのお話となる。この家は私が主だというのに。アレクは何様だ。王子様だ。
アレクには一人がけの椅子に座ってもらう。私はエド君と小さな二人がけのソファにぴったり座る。
許してエド君、これもアレクにセクハラされない為である。
アレクにまさぐられるくらいなら、いざとなればエド君の脚に座るからね私。エド君に包んで貰えばべたべた触られないだろう。完璧だ。
因みにエド君は素性を見抜いたアレクに警戒心も露。
当然と言えば当然だろう。もしかしたら破滅をもたらすかもしれない男だからね。
心配しなくても良いよ、とは言ったのだけど、エド君はアレクに鋭い瞳を向けている。
「そんなに睨まなくても良いじゃないか。僕は、リアに口止めされてるし文字通り命を握られているから、喋ったりはしないよ」
そのへらへらした感じが信用出来ないんだと思うよ、アレク。
「……ああそうだエドヴィン君。どうだい?」
「……何がだ」
やっぱり敵意は消さないエド君。アレクに不愉快そうな顔を向けている。
アレクは相変わらず、胡散臭いまでの笑顔。
黙って爽やかに笑っていれば銀髪碧眼の如何にも好青年な王子様なのに、中身が残念だからほんと。
「リアに抱き付かれた時感触を堪能したかい? 鼻の下伸ばしてたから。リアは可愛い女の子だからね、ああも抱き付かれたら男としては良いものなんじゃないだろうか」
「エド君抑えて抑えて、アレク殴ったら大事だから。大丈夫、エド君はアレクと違ってそんなだらしない顔してなかったから」
「僕は充分に堪能したんだけどねえ。しかしリア、ちょっと肥えた? 触った感じちょっとふくよかになってたんだけど……いや良いことだよ、多少丸い方が女性としての魅力があるし。必要なところにはつかなかったのが残念だけど、」
「よしエド君殴って良いよ。私がどんな手段使ってでも揉み消すから」
何て事を言うんだアレクは。太ってない。断じて太ってない。
女性の敵だこいつ。私はスレンダーなのだ、慎ましいのだ。
失礼な奴だね本当に、とアレクを睨んでもにこにこと「僕は慎ましくても好きだから」と宣う始末。どの口が言うのか。
「……それで、本当に何しに来たのアレク」
まあ、後でよく言い聞かせるとして、そもそも何で第四王子殿下であろうアレクが私の家に来ているのか。
確かに、鍵は昔与えた。それも師匠が居た頃。でも何でこのタイミングで来るかな。最近は来ないと思っていて安心していたのに。
「ん? ああ、兄上の癇癪が始まったから逃げてきた。八つ当たりの対象は僕だろうし。魔女に呼ばれてましたって言えば咎められないから」
「私をダシにしないでよ」
「ごめんって。でもいたいけない僕が痛ぶられるのは可哀想でしょ?」
「一回矯正してきて貰えば良いのに」
「嫌だよー」
……兄達から逃げてきたらしい。さっさと避難してくるのは賢いけど止めて欲しい。
エド君は、アレクの言葉にピンと来なかったらしくて首を傾げているのだけど。
「……どういう事だ?」
「ああ、アレクは第四王子で王位継承には縁のない存在、とか言われてるんだけど、国王にはそこそこに可愛がられてるから。それで兄達が良からぬ思いを抱いてるの」
「そんな事言ったって兄上達が可愛げないのが悪い」
「あれは真面目に育ってきたからでしょ」
アレクの兄達はしっかりものだ。そりゃあ国を治める為にしっかりと教育されてきたからね。
アレクは……されているけど、表面上は緩いしへらへらしてて賢そうには見えないから。
見掛けよりずっと腹黒なのは知ってるけども。
「……で、まあ、兄王子達の当然当たりも良くないのよね。いびられてるというか」
「大人気ないよね、本当に」
「それはそっくりそのままアレクに返すよ。……で、そこに私が居るから更にややこしくなるの」
そう、そのままだったらアレクはただ兄達に睨まれるけど、王位継承権もなくただ自由に過ごしている放蕩息子でしかない。
けど、私という知り合いが居る。本来は知り合う筈も関わり合う筈もなかった私と、縁が出来てしまったから。
「私は、本気出せば国一つくらい滅ぼせるよ。後の事を考えなければね」
まあ、エド君にはそう強く思われてないんだろうけど、私だって破壊に全力になれば、まあ国一つくらいは滅ぼせるのだ。
あと、単純な話なのだけど、私が魔物を解き放ってしまえばそれで事足りる。
私が此処に居る理由は、魔物を森の外に出さないという役割もあるし。私が手綱を手放してしまえば、魔物は外に向かうだろうし。
偉大なる魔女の名を継いだ者として、そして魔物の抑止力として、私は禁忌の森に居るのだから。
「私は基本的にはトーレスの政治には関わらないし、不干渉を貫く。だけど……アレクが、まあ色々とあって個人的に私と知り合ってしまったのが問題で」
「その強大な魔女と親交がある王子、となると、そう簡単に周りから手出しできなくなる。僕に何かあってリアの機嫌損ねたら一大事だからね」
私は、認めた者に手出しされるのが一番嫌いだから、まあそりゃあアレクが何かあったら怒るよ。こんなでも、友達……? なのだから。
さっきのは、どうせアレクは口止めしたら言わないだろうし。
それに……エド君は、特別だもん。過去の私のような、存在だから。
「まあ、だから切るに切れないし、王家は名を貶めない限り自由にさせるしかないの。パイプは利用出来るって考えもあるだろうし」
「そんな訳で愚かな王子様は放置されて生きている、って感じかな。あとまあ、僕はそんなに体は強くないから、まあ何かあれば勝手に死ぬだろうって思われてるし」
へらへら笑っているけど、アレクは本当の所結構に体が弱い。……まあ私の薬である程度緩和出来ている。ちょっと人より弱い程度、と思わせるくらいには。
良くなったり悪くなったりを繰り返していて、今は良い時期だから健康体に近いんだよね。多少の事なら大丈夫。
そんなアレクは、体が頑丈でなかった分頭を磨いた。兄王子達にもばれないように。馬鹿に振る舞ってるのは、目をつけられては困るからだし。
いやまあ実際におばかなところもあるのだけど、うん。セクハラとかセクハラとか。
「……お前も苦労したんだな」
「いやあ、あなた程でもないよエドヴィン君。色々事情は察してるから。いやあ、上が糞だと下が困るよねえ」
「……アレク、言葉を選んでね」
「だってそうだろう? 見た目で忌み子と決まるなんてちゃんちゃらおかしいじゃないか。時代錯誤にも程がある」
そう言って笑い飛ばしたアレクに、エド君は目を丸くして、少しだけ瞳を和ませて――。
「いやあ、でも良かったんじゃないのかな? ほら、逃げた結果リアと二人暮らしだろう? つまり着替えとかお風呂とか覗き放題って訳だし。良い環境じゃないか。どうだった?」
「エド君、殴りたい気持ちは分かるんだけど落ち着いて」
あ、うん。ごめんねエド君、アレクこういう奴だから。割と脳内ピンクだから。セクハラ上等だから。
こめかみに青筋を立て始めたエド君を止める為にぎゅっと腕に抱き付いて宥めると、いとも簡単に鎮火……というか体勢が恥ずかしいのかそっぽ向かれた。
アレクがにやにやしてるのでまたエド君怒るけども。
「ほーほー、エドヴィン君も存外分かりやすぶべっ」
とうとうエド君がクッションを投げ付けてアレクの顔面と熱烈なキスをかまさせていたけど、まあ自業自得という事で。