10話
「はぁぁぁぁ~生き返るぅ~」
湯船にゆっくりと腰を下ろし、歳の食ったおじさんの様な声を上げる優人。
と言ってもここまで色々な事があったため、そんな声を上げるのもごく当たり前の様な気もする。
(ったく、イリスも余計なことしてくれるよなぁ、どうせナナのためにやってるんだろうけど。
………ナナ、かぁ)
湯が首までつかるように体を落とし、優人はこの世界に来てからの事を思い返していく。
(最初に会ったのは草原だったよなぁ。
ナナの奴、ブルーファングにわざと絡まれるように大声出して、そのくせ自分じゃ倒せないから俺に助け求めてたっけ。
それから俺がまた騙されて、町から逃げたときに一番に駆けつけてくれたのがナナ。
俺が強敵と戦って倒れた時も一番心配してくれたのはナナだったよな。
………ナナは俺の事を好きなのは分かっている。
俺はナナの好意に甘えてもいいのかな)
そんな事を考えている時、久しく忘れていたあの感覚が襲ってくる。
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”御影君、私と付き合ってよ”
え、いや、俺なんかでいいの?
”…付き合ってくれる?”
お、俺なんかでよかったら
”………アッハッハッ!!ねぇみんな出てきていいよ。見た?聞いた?”
”御影のくせに調子乗りすぎ。
お前ごときが〇〇と付き合えるとか思うなよ?”
”あーあ恥ずかし。俺なら恥ずかしすぎて死ねるね”
”それにねー、あたし彼氏いるんだよねー。
物理的にも精神的にもあんたと付き合うとか、絶対無いわー”
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(最悪だ………
よりによって中学のあの思い出がフラッシュバックするとは)
気分が萎えてしまったので、優人は風呂を上がることにした。
浴衣に着替え、寝室に戻ってみるとすでにナナとイリスが仲良さげに引っ付いて眠っていた。
どうせナナの寝相のせいだろうと思い、自分の布団だけ少し離して入る。
(明日には山に登るんだ。
さっさと終わらせて帰ろう)
目を閉じてそんな事を思っていると、すぐに眠りにつくことができた。
「ユートおはよー!!」
「師匠、おはよう」
「……おはよう」
目を覚ますとナナとイリスの姿があったことから、優人は自分が一番長く寝ていたとわかる。
それから少し経って、例のアナウンスがどこからともなく聞こえてくる。
───朝食の準備が整いました。大広間にお集まりください。
「もうそんな時間か。2人共準備できてるか?」
「ナナとイリスちゃんはできてるよ!!
ユートは?」
「ああ、俺もできてるしすぐ向かおうか。
───昨日みたいなことは頼むからやめてくれよ?
朝食ぐらいちゃんと食べたい」
「わ、わかってるよ!!」
「あはは…」と微妙な表情のナナと当事者のくせに知らん顔のイリスを連れて、優人は大広間へと向かった。
大広間では昨日の事もあり何人かに注目されてはいたが、特に何も起きなかったため、優人も他の人達も安心して朝食を取る事が出来た。
一瞬、イリスが自分の魚を優人の皿に載せようとしていたが、ナナが笑顔を見せたことで制圧されたためこれはノーカン。
朝食を済ませた優人達は、部屋に戻り山に登る準備を始めていた。
「ねえユート、山に登るって言ったって具体的にどうするの?
採掘場所なんて知らないし、採掘方法だって知らないし」
「場所はあらかじめ調べてあるから問題ない。
方法はまあ、行ってからのお楽しみだ。
とりあえず、ここから2時間ほどは歩くことになるから動きやすい格好にしておいた方がいいぞ」
長時間歩くことに不満なのか、ナナ達はいかにも面倒そうな表情を浮かべ更衣室に入っていった。
ちなみにだがナナが収納を覚えてくれたお陰で女性用の衣類を優人が持つ必要がなくなり、少しだけだが気苦労が減ったのだ。
いつもの服装に着替えながら、今日の事について考える。
(とりあずはスイレン石の確保が最優先だな。
そのついでにエクスチェンジャーで使えそうなのが無いか探してみるのも頭に入れておこう。
………ああ、そういえばアレの用意もしておかないとな)
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「おはようございます、お客様」
「おはよう、アキさん。で、宿泊代はいくらだ?」
「一人一泊54マドカですね」
「じゃあ3人だから162マドカだな」
(フィーナさんの所だと一泊15マドカだったから、まあ妥当なのかな)
カウンターの上に162マドカ分の銀貨、銅貨が積まれる。
「計算早いですね。商業ギルドの方ですか?」
「いや、たまたま得意なだけだ。
そういえば、ここの宿は後払いなんだな、ちょっと不用心じゃないか?」
「ああ、それは大丈夫ですよ。
ここの玄関以外から敷地外に出ようとするとセンサーに引っかかり、捕縛用の罠が発動する仕組みになっているんです。
玄関から逃走しようものなら私達が状態異常系の魔法で動けなくするだけですから」
「………何か、凄いな」
「まあ、わざわざここまで宿泊に来られてそんな事をする人が居るとは思えないですけどね」
「ははっ、それもそうか。
じゃあ俺たちはこれで、また機会があれば今度はもう少し長く宿泊するよ」
「ええ、またの機会をお待ちしております」
「………ああ」
「?」
アキに別れを告げた優人達は、宿を出るとすぐに東側の登山道に向けて足を進める。
「いやー、露天風呂は気持ち良かったし、料理は美味しかったし、また来たいねー!!」
「うん、また来たい」
「それにさ、リイナさんも綺麗だったしアキさんも綺麗だったよねー」
「何で三番なのか、分からない」
「ああーそれな、俺は分かった気がする………」
「え?そうなの?
──ていうかユート何でそんな顔してるの?気分悪い?」
前を歩いていたナナ達が優人の青ざめた顔を見上げる。
優人は重々しく口を開け、衝撃の事実を述べる。
「いや、さ、俺もさっき知ったんだけど、アキさんさ、”男”なんだよ」
「………えっ?」
「だから、男なんだよ。確認したらそうだった」
「「…………」」
ナナとイリスは口をポカンと開けたまま、まるで現実逃避をしているかのように快晴の空に顔を向ける。
「それで、三番………」
「ナナ、女としての自信無くしそうだよ………」
「ああ、俺も同性だと思いたくなかった………」
その後十数分に及び、3人のため息は途絶えることが無かった。
次回投稿は4/6(水)13:00予定です




