7話
宿屋『金』は日本の旅館のようにコンクリートや木材を基盤に設計されているらしく、優人に懐かしさを与える外見をしていた。
優人達はスライド式の玄関扉をくぐり、受付であろう場所に向かった。
「3人で1泊したいんだけど」
「1泊ですね、かしこまりました。
お部屋は別々でよろしいでしょうか?」
「同じで、いい」
イリスが即答する。きっと優人に断られると思ったのだろう。
(別に分けるつもりはなかったんだけどなぁ。
俺ってそんなに信用ないかなぁ)
「かしこまりました。
ほかに何か要望はございますでしょうか?」
「いや、特には無いかな」
「ではお部屋のほうに案内させていただきますね。リイナー!!」
「はーい」
少し間延びした声が受付の奥の暖簾がかかった部屋から響いてくる。
奥から現れたのは──────犬人の女性だった。
「お客様を香の間にご案内して」
「はーい」
先程まで優人達の相手をしていた人間の女性が、リイナと呼ばれた犬人の女性に鍵らしきものを渡す。
「じゃあ私に付いて来て下さいねー」
「…………なんか、軽くないか?」
「すいません、何せ彼女はここで働きだしてからまだ日が浅いものですから」
苦笑いを浮かべる女性に別れを告げ、優人はどんどん進むリイナとナナ、イリスを追いかけるのだった。
「こちらが香の間です!
何かありましたら部屋の中にある呼び出しボタンをお使いください、すぐに私達従業員の誰かが駆けつけますので!
それではごゆっくり~」
やたらと笑顔なリイナが部屋の鍵を近くにいたナナに渡し、そそくさと来た道を戻っていく。
「ユート!!ナナが開けてもいい?」
「ああ、さっさと中に入ろう」
「うん!!」
ナナが解錠し、両引きの扉を思いっきり開く。
「──────スゴい!!スゴいよユート!!」
「これは、本当に凄い」
ナナ達の目に飛び込んできたのは、優人のよく知る和室の大広間。
(ナナ達には悪いんだけどさ、ここの旅館に来た時点である程度予測できてたんだよなぁ。だから感動が薄いのは残念だ………。
しかしまぁ、何だ、懐かしさは感じるかもな)
床一面に敷き詰められた畳を眺め、そんなことを考えているとナナがおもむろに室内を駆け出し始める。
「こっちは───おおー!!
イリスちゃん見て!!外にお風呂があるよ!!」
「うん、凄い。
師匠、入っても、いい?」
「うーん、それは後にしよう。
先にリア達にお土産だけ買っておかないと」
そろそろ日が落ちそうなのを確認し、優人は周囲を見渡してみる。
(入ってすぐは大部屋、左の扉の先には露天風呂付きの庭なのか。
てことは右側の扉がトイレなのか?)
そう思い右側の扉を開けてみる。
しかし予想は外れ、そこは何も無いただの畳部屋だった。
奥に押入れが確認できることから、多分そこに布団が入れられているんだろうと優人は推察する。
「おおー、大きい部屋だねー!」
「師匠、トイレは露天風呂に行く前にあった」
「………イリス。人の心を読むのやめてくれ………」
どうやら部屋から直接露天風呂に繋がっている訳では無いらしく、優人は早とちりした自分に少しだけ恥ずかしさを感じる。
「あー、そろそろお土産見に行こうぜ?」
「うん分かった!!
帰って来たらお風呂一緒に入ろうね、イリスちゃん!!」
「うん、楽しみ」
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「へぇ、案外広いんだな」
一階のお土産店に向かった優人達だったが、そこは予想よりも広かったため少々戸惑っていた。
「ナナ、イリス。広いからはぐれなようにしろよ?」
「そこは『二手に分かれよう』じゃないかなぁ」
「心配性」
「悪かったな。
ナナなんか目を離したらどこに行くか分かったものじゃないし、しかたないだろ?」
「ナナのせいなの!?
って言うかさりげなくナナのこと子ども扱いしたよね!?」
「いやだって、未成年だろ?」
「そりゃあまあそうだけど……あれ?
じゃあ間違ってないのかなぁ」
一人ウンウン唸るナナにため息を感じながらも、土産物に目をやる。
旅館の中にあるからか飲食系が多いが、タオルや衣類なども目立つ。
その中でも特に目を引くのは────
『若返り、美肌効果バツグンの入浴剤はこちら!!』
という看板の掲げられた入浴剤売り場である。
(そんなに人気なのか、この村の入浴剤………)
そんなことを考えながら、頼まれていたものを即座に見つけ会計を済ます。
「ナナ達は……ああ、いたいた」
「あっユート!!
リアさんのお土産は買えた?」
「まあな。ナナ達は何か買いたい物はないのか?」
「ナナはねー、食べ物なら何でもいいよ!!
後は、お酒が飲みたいかなぁ」
「あんまり酒飲むとまた酷い事になるからな。
少しだけならいいぞ」
「やった!!じゃあ選んでくる!!」
「あぁおい一人で行くなっ……人の話は聞けよ。
で、イリスは欲しい物とか無いのか?」
「特にない、けど敢えて言うなら、本」
「本?どんなやつだ?」
「物語がいい。それも、英雄譚みたいなの」
「多分ここには売ってないだろうなぁ。
山に向かうのは明日の朝だし、向かう前に別の店で買うか」
「うん。ありがと」
「後はニレのお土産なんだが、イリスは何がいいと思う?」
「湯浴み着」
「え?」
「だから、湯浴み着」
「……マジで?」
「マジで」
(ニレ、何に使うつもりなんだよ……。
間違いなく家で使わないだろ、誰も使ってないのに……)
意外すぎるイリスの返答に、優人は思わず固まってしまう。
それはナナに大声で呼ばれても気付かないほどだった。
次回投稿は3/31(金)13:00予定です




