7話
「はぁ………動きたくない」
昨晩イルミの晩酌に付き合った優人は、未成年だと言うのにひたすらに飲まされ続け、グロッキーだった。どうやらこの世界では15歳から成人とみなされ、お酒を飲むことが出来るらしいが、彼からすればそんな事はどうでもいい。
問題は―――
「ユートさーん、朝ですよー!
朝食一緒に食べましょーよー!」
———そう、彼女である。
もうかれこれ十数分ドアをノックし続けている、それも壊すんじゃないかという勢いで。
(ったく、朝からうるさい………
そんなに俺と飯食べたいのか?)
朝からグロッキーな上に騒がしくされて、優人は完全にテンションが最底辺である。
だが昨日断ったから、流石に今日断るのも申し訳ないので、とりあえず返事だけしておく。
「…………わかった、準備するから。
先に席とっといてくれ」
少しウザったそうに言い返すも、その時の声の低さに彼自身も目を丸くしてしまう。少しして、ナナが声を掛けてくる。
「じゃあ先に行っとくねー!!!
ユートさんも早く来るんだよー!」
ナナの足音が聞こえなくなった所でベッドから起き、洗面台に立つ。
「うっわ………ひでぇ顔だな……」
目の下にはクマがくっきり付いており、重病患者と間違えられてもおかしくない顔だった。
だが、それを気にしすぎてナナを待たせる訳にもいかないので、できるだけ急いで準備する。
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「あ、おーい!ユートさんこっちー!
―――ってひどい顔!!?」
食堂に行くとナナが奥で手を振っていた。
「うるさい、騒ぐな頭にひびく」
と、八つ当たりしながら向かいに座る。
「どうしたの? 体調不良?」
ナナが心配そうに顔をのぞきこんでくる。
「実はですね、昨日イルミさんに捕まっちゃったんですよ」
優人がそれに答えるよりも早く、水とメニュー表をもって現れたフィーナが口にした。
「フィーナ、おはよう。
ああなるって分かってたなら止めてくれよ」
「ごめんなさいね。
ああなったら彼女は手が付けられないから」
「そりゃ、あのイルミさんと飲んだらそうなるに決まってるじゃん!!
え、ユートさんもしかしてイルミさんが何て呼ばれてるか知らないの?」
「いや、聞いたことないな」
「イルミさん、この街では『酒鬼嬢』って呼ばれてて、エルフなのにドワーフ以上に酒が強いで有名なんだよ!
だからあの人と飲むなんて、自殺行為そのものだよ?」
「そういうのは早く言ってくれよ………」
早く聞きたかったが聞きたくなかった情報に、優人は頭を抑えながら唸るしか出来なかった。
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朝食を食べ終わった優人達は、二日酔いを治すため教会に向かう。
「教会のシスターのマーサさんはものすごい美人なんだよ!!
だからユートさん、鼻の下伸ばしちゃダメだからね!」
「余計な事を言わなくていいから、さっさと案内してくれよ………」
ナナの発言にツッコミを入れることすら出来ない優人は、仕方なくナナに着いていく。
宿から教会は近いらしく、彼の思っていたよりはすぐに着いた。
「ささっ、入っちゃいましょー!」
元気にそう声を出すナナに続いて、優人も中に入る。
中は日本にもある教会と同じような作りだったので、特に驚くことは無かった。
「あ、マーサさん!」
ナナは奥にいた女性の元へ駆け寄る。
「あら、ナナさんおはよう。今日はどうなさいました?」
奥にいた女性―――マーサは確かに美人だった、が優人の感覚的にイルミにはやや劣るため、うっかり惚れそうになることもなかった。
「今日はねー、ユートさんが二日酔いになっちゃってかなり辛そうだから、マーサさんに治してもらおうと思って」
「二日酔いですか。わかりました、ではここにお座り下さい。」
マーサは優人を近くの椅子に座らせ、前に立つ。
「では魔法をかけていきますね、『キュアー』」
優人の頭に手をかざし、マーサは呪文を唱える。すると、全身の気だるさや頭痛が徐々に引き始める。
しかし、大体治りかかったところでまたフラッシュバックが起きる。
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"優人は出来なくてもいいのよ。
だってお姉ちゃんにはなれないんだから"
そんな事、俺が一番わかってる、黙れ
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「ひいっ!!?」
「ちょ、ユートさん!?」
何とか意識を戻すと、マーサが大きく後退し、代わりにナナが肩を揺すっていた。どうやらまた怖がらせてしまったらしい、と状況から判断した。
「ああ、悪い。また昔の事を思い出していたんだ」
「ユートさん、本当に怖いんだからやめてよね」
(くっ、まさかあのナナにダメ出しされるとは……)
椅子から立ち上がると、二日酔いの感覚は完全に消えていた。
「えっと、その、ありがとうございました」
「え、ええ、その様子だと大丈夫そうですね。
時間が経って、辛くなり始めたらまた来てください」
マーサにお礼を言って、教会を出る事にした。帰り際にマーサの事を見ると顔を強ばらせていた為、彼自身かなり申し訳ない事をしたなと後悔する。
「あーあ、ユートさんマーサさんに怖がられたみたいだね、可哀想に」
「うるせぇ、お前の慰めなんて欲しくねーよ」
「酷いっ!?」
何かナナに仕返そうと考えている時、街中に警報がなった。
『異常事態発生、異常事態発生。
住民はただちに北門へ急いでください。
冒険者の方は戦闘準備をし、南門へ。
繰り返します―――』
「おいナナ、これは?」
「多分、モンスターの群れが街に向かって進行してきてるんだと思う。
前も1回、ブルーファングの群れが襲ってきたし」
彼女曰く、以前はブルーファングの群れに上位種のシルバーファングも混じっていたらしく、かなり苦戦した上で撃退出来たらしい。
優人達はとりあえず急いで南門に向かうことにした。
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南門には既に大勢の冒険者が集合し、ギルドの職員達が何やら大きい声で呼びかけをしていた。
「みなさん聞いてください!!!
この街に今、オーガの集団が近づいてきています!!
王国に救援を要請したところ、5時間ほどで到着するらしいので、それまで何とか持ちこたえてください!!」
(オーガといえば、RPGとか異世界モノのラノベだと割と強い扱いだったよな)
と、優人が悠長にそんな事を思っていると
「オーガだって!?勝てるわけないだろ!?」
「いや、うちのギルドだってBランク冒険者も多くなってきてるんだ、倒しきれなくても持ち堪えるぐらいなら出来るかもしれない!」
「いやいや、オーガの群れはAランク以上のクエストだぞ!?」
などと様々な意見が飛び交っている。
(なるほど、この世界ではオーガはBランク相当のモンスターなのか)
「なぁ、ナナは―――」
自分よりはこの手の事には詳しいだろうと隣にいる筈のナナに声を掛けた優人だったが、その声が途中で切れてしまう。
ナナが、肩を抱いて震えていたのだ。
「おい、大丈夫か!?」
「いや、オーガ、オーガ、いや」
必死に声を掛けるも、全く耳に届いていない様子だった。
優人はナナの肩をもち、思いっきり揺らす。
「おいナナ!?しっかりしろ!!」
「――――――ぁ、ユート、さん…」
ナナは何を思ったか、おもむろに抱きついてくる。
「ちょ、ナナ!?」
引き剥がそうにも抱きしめる力が強すぎると感じていると、ナナから声が飛んでくる。
「ゆ、ユートさん、ごめんなさい……
もう、少しだけこのまま………」
そう言うとナナはさらに強く抱きつき、顔を優人の胸に押し付ける。
(泣いてるのか?
それに、全身の震えも伝わってくるし…)
あの元気なナナが珍しい、と思いながらも優人は暫くそのままでいることにする。
「……………ユートさん、ありがとう。
もう、大丈夫だから」
胸元から少し顔を上げ、上目遣いでナナがそう言う。目は泣いていたからか充血し、目元には涙が流れた跡がある。
状況が状況でなければ超絶可愛いのだが、と感じたものの流石にそんな事を言う程優人は空気ヨメ男ではなかったらしい。
「あんま無理すんな。
…………で、どうした? 何かあったのか?」
オーガに対しての異常な反応からしてオーガ絡みなのは明らかなのだが、ここはもしかすると大事なことかもしれないので本人から正確な事を聞くことにする。
しかし、ナナの口から聞いた事は―――想像を絶していた。
「………ナナは、1年ほど前にオーガに襲われて犯されかけたんです」
7話まで終わって、お約束の街襲撃イベですね!
そして、次話で明かされるナナの過去とは……
次回投稿10/29(土)6:00予定