婚約!?(後編)
そして運命のお見合い当日がやって来た。
「えっと、今日はよろしくお願いします」
「はい、宜しくお願いします」
マールとカノンが固い挨拶をする。
年越しまであと数日と言った日、
マールとカノンのお見合いがフーガの家で行われた。
カノンの隣にはフーガ、マールの隣には優人が
立会人として、テーブルを挟み向かい合わせに
座っていた。
「とりあえず、自己紹介から」
フーガが早速進行を促してくれる。
まず、カノンからするらしい。
「私の名前はカノン・フルプレイスです。
年齢は33、趣味は料理とか、家庭菜園とかです」
「自分の名前はマール・カラクラムです。
王国第三騎士隊隊長補佐をしています。
29歳、趣味は何でしょう………1人酒?
いや、何でもないです、趣味は特にないです」
(1人酒、やっぱ好きなんじゃねーかよ………。
てか、隊長補佐ってけっこう偉いさんかよ)
マールの騎士隊での意外な立ち位置に、
優人は内心かなり驚いていた。
だが、驚いていたのは優人だけではない。
「王国騎士隊、ですか」
やはり王国に良いイメージを持っていないようで、
カノンが微妙な表情をする。
「やっぱり、気に食わないですか?
自分が、王国騎士隊だって事」
「あ、いえ、お気を悪くしたのならすいません。
良くないですよね、そういうの」
「いえいえ、仕方ないと思いますよ。
でもまあ今日ぐらいはそういうの無しでやりましょう」
「…………そうですね。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
ぎこちなさは残るが、2人共このお見合いを
上手く進めようと努力しているようだ。
『フーガ、俺らはそろそろ席外さねーか?』
『ああ、そうだな。多分大丈夫だろうし、
何ていうんだ、あとは若いもんで、ってやつか』
『フーガ、あんたまだそういうの言う歳じゃないだろ』
『こういうのは気持ちだろ、気持ち。
とにかく、早くお暇するぞ』
フーガとの密かな打ち合わせを終え、
優人は会話している2人に向く。
「えっと、とりあえず俺とフーガはここで
退席させてもらうから、後は2人で色々と話し合って
みてくれ。時間見てまた戻って来るから」
「わかりました」
2人を残して、優人とフーガはその部屋を後にする。
―――――――――――――――――――――――
「…………ふぅ、とりあえず第一段階終わり、
って感じだな」
部屋を出た優人とフーガが向かったのは、
部屋と繋がっている庭の茂みだった。
不都合なことに監視カメラなる物を持っていなかったため、2人の動向を確認するには覗くしかなかった。
「……しかし、2人が心配だからって
覗きを働くことになるとはなぁ」
「ははっ、ユート村長は心配性なんだな」
「うるせえ、引き受けた仕事はちゃんと最後まで
見届けるのが普通だろう」
隣で一緒に茂みに隠れているフーガとそんな
やりとりをしていると、2人に動きがあった。
―――お茶無くなったみたいですね、入れますよ。
―――あ、いえ自分で入れますから。
どうやらマールが気を利かせてお茶を
入れようとしたらしく、それを振り切ってカノンが
自分でお茶を入れようとマールの横まで歩いて行く。
―――あ、きゃぁっ!?
―――ちょ、大丈夫ですか!?
―――あ、ありがとうござ………いっ!?
―――…………あ、す、すいません!?
「うっわ、あんなのあるのかよ………」
テーブルにつまずいたカノンを受け止めるため、
マールがさっと動く。そこまでは良かった。
ただ、カノンを支えようとしたマールの手が
支えていたのは、カノンの胸だったのだ。
ドラマやアニメでお約束になりつつあるこの事が
まさか目の前で起きるとは思っていなかったので、
優人は目の前の光景に目を見開く。
―――きゃぁっ!!エッチ!!
―――いや、これはその………
―――最低ですっ!!
バチンっ!!!
カノンが全力の平手打ちをマールにお見舞し、
走って部屋を後にする。
あまりの事に棒立ちになっているマールの傍まで
2人は駆け寄り、言葉をかける。
「おいマール、気を確かに持てって!」
「まさかこの歳になって女性に平手打ちを食らうとは
思ってもいなかった………」
「マール、気持ちはわからなくも無いけど今は
とりあえずカノンを追えよ、それが男だろ?」
「……そうですね、俺ちょっと探して来ます!!」
マールが急いで部屋を出ていったのを見送り、
優人はフーガの方に目をやる。
「で、俺らはどうする?ユート村長よ」
「俺は何かあった時の為に2人を追いかけるから、
フーガはちょっとこの部屋の再セッティングでも
やっておいてくれないか?」
「…………村長の根性すごいな、あんな事があった
後でも続きをさせるのな」
「まあな、こんなのよくある事だろ?」
画面の中ではな、と心の中で軽く付け足す。
「じゃ、俺は2人の後追うから頼むな」
「村長こそ、2人を頼んだ」
おう、と短く返事をした優人は、
勢いよく走り、文字通り空を駆けていった。
「………空まで飛べるとか、本当に何者なんだよ……」
1人になったフーガの呟きは、誰にも届かなかった。
―――――――――――――――――――――――
―――タッタッタッ。
「…………はぁ、はぁ、はぁっ………」
誰もいない草原を駆け抜け、気がつけば森の中。
とりあえず傍を流れていた川沿いに転がる大岩に
腰を下ろす。
「………はぁ。やっちゃったなぁ………」
水面にうねりながら浮かぶ自分の顔を眺め、
カノンはため息をつきながら肩を落とす。
「事故だって、頭の中では分かってたのになぁ。
マールさんだって、助けてくれようとしただけなのに。
………マールさんに会わせる顔が無いなぁ」
でもやっぱりマールさんも悪い、と先程の状況を
カノンは思い出す。
胸を触られた、気が付いたらビンタしてた。
―――うん、やっぱり私もマールさんも悪い。
「………でも、せっかく今日の日を容易してくれた
フーガさんと村長に申し訳ないし、戻ってマールさんに
謝ろう。許してくれたらいいけど………」
―――――カサッ。
「っ!!………………誰?誰かいるの?」
背後の茂みから聞こえた音にカノンはビクッとする。
大岩を飛び降りて、音のした茂みから遠ざかるように
足を運びながら、再び声をかける。
「……誰ですか?いるんでしょ?返事してください!」
―――ガサッ。バタバタバタッ。
「なんだぁ、鳥かぁ。びっくりして損したなぁ。
………………?」
茂みから飛び出してきたのは、小さな青い鳥が
1匹だけだった。
小鳥だった事に安堵したカノンだが、
すぐにその異変に気がつく。
「何で、真っ直ぐ飛んでない……、
いや、『何か』絡んでる?」
カノンがふらふら飛ぶその小鳥に目を凝らす。
すると、太陽の光に反射する透明な糸のような―――
―――――シャァァァァッ!!
「っ!?き、キャァァァッ!?」
小鳥の飛び立ってきた茂みから、カノンと同じぐらいの
大きさの蜘蛛型モンスター・デスパイアーが
飛び出してきたのだ。
デスパイアーの口からは透明な糸が伸びており、
その先に小鳥がついていた。
デスパイアーはカノンを一瞥すると、
口から出していた糸を6本ある脚のうち2本を器用に
使い、小鳥を口元まで運び一思いに飲み込んでしまう。
「あ、あああ…………」
カノンは、恐怖していた。
村で幼い時から農民として育ってきたため、
モンスターとの戦闘など微塵も知らないし、
ましてやここまで大きな蜘蛛型モンスターを見た事すら
無かったのだ。
じり、じりとデスパイアーはカノンをいたぶるかの様に
ゆっくりと近づき、反応をうかがっていた。
「いや、来ないで、近づかないで………」
声にならない声でそんな事を口にする、が
それを素直に聞くモンスターなどいない。
シャァァァ、と口元に付いている毛を擦り合わせ、
さらにじわじわと、腰を抜かしてほとんど動けず
じまいのカノンに近寄ってくる。
「や、嫌だ、まだ死にたくない………誰か………」
ああ、こんな事なら抜け出して来なかったら良かった、
と今更な事を後悔するカノンに、デスパイアーは
無情にもさらに速度を上げて近付いてくる。
終いには、カノンを覆うような形でデスパイアーが
ポジションをとっていた。
ああ、もう死ぬ、もう死ぬんだ。
カノンの頭にはその事しか浮かばない。
シャァァァァ、と目をつぶって動かなくなったカノンに
飽きてしまったのか、デスパイアーはその大きな口を
ゆっくりとカノンの頭に近づけていく。
(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ虫に喰われて死ぬなんてっ!!
―――でも、もう無理…………)
目をギュッと瞑るカノン。
頭上でヒュッとなった音などを気にする余裕も無く、
ただ食べられるその時を震えながら待っていた。
―――――――――あれ?食べられていない?
カノンは瞑っていた目をゆっくり開ける。
目の前に広がっていたのは、青い空とそれを縁取る
木々、それだけだった。
「―――カノンさん。良かった無事で」
ついさっきまで聞いていた声のする方に体を起こして
振り向くと、マールが剣を持って立っていた。
その剣からは青色の液体が垂れている事から、
マールがさっきのモンスターを倒してくれたんだと
カノンは思った。
「立てますか?」
「………うん、何とか」
差し伸べられた手を取ると、マールに引っ張り
上げられる。
その反動でマールに抱きついてしまったカノンだが、
今は羞恥よりも先にこみ上げてくるものがあった。
「…………わぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
「えっ、ちょっカノンさん!?」
「怖かった、死ぬかと思ったぁぁぁぁ!!!!!」
「……………………」
泣きじゃくりながら抱き着いてくるカノンを
マールはそっと、包み込む様に抱きしめ、頭を撫でる。
「大丈夫ですよ、もう助かりました」
「…………ぐずっ」
しばらく抱き合った後、カノンがマールから
体を離し、深く頭を下げる。
「………助けていただいてありがとうございます。
それとさっきはごめんなさい」
「あ、いえこちらこそ事故だとはいえ、
配慮が足りませんでした、すいません」
マールもまた、カノンに頭を下げる。
2人が森の中で向き合い、頭を下げているという
異様な光景が一瞬だけ見られたが、2人共すぐに
頭をあげる。
「……そういえば、どうしてここが分かったんですか?」
悲鳴の声を少ししか上げられていない自分を
森の中で見つけるのは困難なはず、なのに見つけた
マールをカノンは不思議に思い、言葉にする。
その質問に、マールは少し苦い顔をして答える。
「………まあ、たまたまです」
「たまたま、ですか」
「…………とりあえず、戻りませんか?
自分は、もう少しカノンさんとお話したいですし」
カノンには話を誤魔化しているように見えたが、
自分ももっと話をしたいと思ったのであえて口に
しない事にする。
「ええ、もちろんです。もう少し色々話しましょう」
「では、急ぎましょうか。
あんまりゆっくり歩いているとお話する時間も
無くなってしまいますからね」
マールはカノンの手を取り、駆け足で森を抜けていく。
強く握られたその手を、いつもなら振りほどくカノンも
その時は心地よく感じたのか、マールに引っ張られた
ままだった。
「………何とかなって良かった」
走り去る2人を木の陰から見守る優人は、
2人よりも早く、見つからないようにフーガの家に
戻った。
その後のお見合いは何のトラブルもなく進行し、
終了時刻間際には隣に座ってたわいも無い会話を
どちらからとも無く続けている程の仲になっていた。
ただ、時折カノンがマールを見て顔を少し赤らめる
様子から、「これは脈大アリだな」と茂みから2人を
窺っていた優人は確信するのだった。
マールとカノンの仲はこの先どこまで進展してくれるのでしょうか、気になりますね〜??
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