19話
「………………」
「おっ、英雄様お早いですねー!
遅れてすいません」
「いや、俺が早く来ただけだし問題ないよ」
「そう言ってもらえるとありがたいですね」
昨日ナナ達と服の買い物を終えた優人は、
何事も無く1日を終えていた。
そして今日、例の猫人との約束を果たしに来ていた。
もちろん、1人でだ。
「で、例の件なんだが……」
「ええ、ここにまとめておきましたんで」
そう言って猫人は白色の封筒を手渡してくる。
「………信用できるのか?これ」
「ええ、確かな情報網を使っていますから」
「なるほど、助かった。
お礼はお前の雇い主宛でいいよな?」
「…………それでお願いします」
「わかった。じゃあな」
「あんまり、やり過ぎないでくださいよ?
怒られるの自分なんですから」
ため息をついてうなだれるフリをする猫人に、
優人は軽く手を振って返事をし酒場を後にした。
―――――――――――――――――――――――
セイルペイスの外で太陽が頭上にたどり着こうと
していた頃―――
「お嬢様、紅茶のおかわりはいかが致しましょう」
「ええ、是非お願いするわ」
老女メイドが机の上に置かれたカップに紅茶を
注ぎ入れていく。
「それにしても、御影優人は殺せなくてもその側近を
殺すだけで精神崩壊とは、情けない男よね。
何だかつまんないわ」
「しかしお嬢様、何が起きるか分かりませんし、
やはりあの時確実に殺めておくべきだったのでは」
「ばあや、たかが1人の人間なのよ?
やろうと思えば私の財力でいつでも
存在ごと葬り去ることもできるわよ」
「たしかにその通りでございます。
お嬢様なら、何でも思い通りにする事が出来ます」
「そうよ。何たって私は―――」
――――――ガシャァァァァン!!!!
「きゃあっっ!!な、何事!?」
「お嬢様!!ご無事ですか!?」
「ってて、前に窓から飛び降りた事はあったけど、
まさか今度は窓に飛び込む事になるとはなぁ」
女性と老女メイドが居た部屋の大窓から、
突然青年が割って入ってくる。
あまりの出来事に目と耳をとっさに塞いでいた
2人は、聞き慣れない声のする方向に目を見開く。
「――――――み、御影優人……?」
「初めまして、グラシアさん」
「何で、どうしてあんたがここにいるのよ!?
壊れたって話じゃないの!?」
「壊れたって…………。
俺は機械じゃないんだからさ、もうちょっと良い言い方
とか無いの?」
「そんな事どうだっていいわよ!!
どうしてあんたがここにいるのよ!?」
「そんな事、言わなくたって分かってるだろ?」
「!!っ…………」
着ていたコートで体に付いたガラス片を振るい落とし、
優人は女性・グラシアの方へ目を据える。
グラシアはイレギュラーすぎる優人の行動に冷や汗を
感じつつも、優人の目的を悟ったのか口を開く。
「…………いくらよ?」
「は?」
「いくら欲しいの?金額何枚?言ってみなさい!!」
「………………はぁ」
さすが人間、と優人は嘆くようにため息混じりの
言葉を吐く。
それがはっきり聞こえたのか、グラシアは
顔を赤くして拳を握りしめる。
「それ、どういう意味よ!!
この私の事をバカにしているの!?」
「お嬢様、メイド部隊の準備が整いました。
いつでも突入させられます」
優人とグラシアが口論を重ねている内に連絡を
取ったのか、老女がそう告げる。
そしてグラシアはそれを聞いて口をニヤリとさせる。
だが、優人がそんな行動を許すはずもない。
「良くやったわ、ばあや!!
メイド部隊、突―――――きゃぁっ!?」
「何だよ、人の方見て悲鳴上げるのは
ちょっと失礼なんじゃないか?」
「な、何よそれ!?
そんなもの、見たことないわよ!?」
「そりゃあ、合成魔法だし」
グラシアが指差す先にあったのは、
大量の光る槍先を身に纏うようにして出現させている
優人の姿だった。
今まで一度も見た事の無い、超常現象級の事に
グラシアは思わず腰を抜かしそうになる。
「ま、待って一体何をするつもりなの!?」
「別に、グラシアさんが何もしないなら
俺だって何もするつもりはないけど?
今日は、伝言を伝えに来ただけだから」
「で、伝言?
……それよりまずその光っているのを何とかして。
私も何もしないから、ね?」
こちらが何もしないと何もして来ないと分かって
安堵したのか、グラシアは冷静さを取り戻し
優人にグングニルを消すよう頼む。
優人は端からそのつもりだった様で、
グラシアが口を開くとほぼ同時にグングニルを
消していた。
「これでいいのかな」
「ええ、それで結構よ。
…………それで、伝言というのは?」
「ああ。
あんたが先日殺した少年、覚えているよな?」
「…………そう、よく調べたわね」
「やけに素直に認めるんだな」
「私の居場所を見つけたって言う事は、
おそらくそういう事なんでしょ?」
「ああ、話が早くて助かるよ。
……その少年の妹から、伝言を預かってるんだよ」
「そう。で、その内容は?」
「『2度と、同じ過ちを繰り返さないで欲しい』。
意味、分かるよな?」
「…………そう、それが伝言」
「ああ。この子に感謝しろよ?
この子が殺さなくていいって言わなかったら、
俺は間違いなくお前を殺していたからな?」
「…………くっ」
「じゃ、伝言は伝えたし、俺はもうここらで
退散させてもらうから。
しっかりその伝言、肝に銘じておけよ?」
「……………………」
黙り込むグラシア、場の展開の早さについていけず
おどおどしてしまっている老女メイドを他所に、
優人は破った窓の方に歩いて行き、
そこから出ていった。
「…………絶対に、絶対に許さない!!
この屈辱はあんたの命で償ってもらうわ御影優人!!」
グラシアの目は執念の炎が今にも上がりそうな程に
鋭く、より一層険しいものとなっていった。
―――――――――――――――――――――――
「…………へぇ、あの子使えるわね」
「メロウ様、どういたしましょう」
「セバス、あれの仲間に彼女のメイド部隊も
加えてみましょうか?」
「かしこまりました。すぐ準備を整えます」
優人とグラシアのやりとりをどこからか
覗いていたメロウは、妖艶な笑みをこぼした。
怒れるグラシアに近づくメロウ……
彼女の目的は?
次回投稿12/18(日)13:00予定です




