16話
―――――――――バタン。
「ナナ、師匠は?」
「やっぱりダメ。話し掛けても返事は無いし……。
とりあえずご飯は置いてきたけど」
「そっか……」
リビングから会話が途絶える。
ソフィアが戻ってきてトリノの死を聞いた3人は、
急いで優人の元へと向かった。
辿り着いた時には、優人は燃え尽きたようにうなだれ
トリノの頭を抱えていた。
ナナが真っ先に声を掛けたが反応を示さないので、
顔を持って無理やり目線を合わせる。
と、そこにあったのは目の焦点があわず、
生きているとは思えない程に肌白くなった優人の
顔だった。
ナナは驚きのあまり優人から飛び退いてしまい、
代わりにイリスとリアが対処していた。
イリスは優人の脇に体を滑り込ませて立ち上がらせ、
タワーの方へゆっくり歩こうとする。
リアはトリノを抱え、ソフィアを連れて都市の外に
遺体を埋めに向かった。
ナナは優人の変貌に最初は驚いて動けずにいたが、
すぐイリスと逆側に位置を取り手伝っていた。
タワーの部屋に戻った後、女性陣の使っていた寝室の
ベッドに運び込み事情を聞こうとしたが、
やはり返事は無かった。
ここまでが昨日の出来事。
そして、今日の朝ナナが優人の様子を見に行ったのだ。
「どうしよう、このまま立ち直らなかったら……」
「大丈夫、師匠なら」
「でもイリス、ユート様はあんまり人の死に慣れてない
人だからそんな保証はどこにも……」
「なら、私が、何とかする」
「イリスちゃんが?」
「うん。多分、何とか、なる」
「イリス、何か考えが?」
「うん。だから、行ってくる」
「イリスちゃん、ユートをお願いね」
「わかった」
ソファから腰を上げ、イリスが優人のいる寝室に
向かって歩き出す。
「じゃあ、ナナ達は昼ごはんの買い出しに行こっか?」
「そうだね。ユート様はイリスに任せよう」
「あ〜ナナ、リアちょっと待ってね〜」
そう言ってソフィアが2人の前に立ち、
魔法をかけ始める。
「――――――これでいいかな〜?」
「ソフィアちゃん?これは?」
「えっと、これは簡単な魔法でね〜、物理攻撃なら
2回は無効化出来ると思うよ〜」
「おお!ソフィアちゃん、ありがとう!」
「はぁ、ナナ達に何かあったらユートに何かされるのは
アタシなんだもん、仕方ないじゃん〜?」
「ソフィアはいつもすぐ調子に乗るからいけないんだよ」
「リア〜、それは言わない約束だって〜」
「ふふっ。……じゃあ、行ってくるね」
「ソフィアちゃんお留守番よろしくね!」
ナナとリアが少し駆け足で部屋を出ていく。
きっと優人の事が心配だから早く行って帰ってきたいのだろうと、ソフィアはすぐに悟った。
「はぁ、本当に手間のかかる契約主だよね〜」
ため息をつきながら部屋全体を見回し、
ソフィアは部屋に防御用の魔法を展開していくのだった。
―――――――――――――――――――――――
「お邪魔、する」
時少し前、優人のいる寝室にそっと入ったイリスは、
ベッドの上で機能と変わらない姿勢でうなだれている
優人の傍にゆっくり近づいていく。
目の前まで迫ると、横にちょこんと座り、
優人にぴったりと張り付くようにした。
「師匠、私が一方的に、話すから聞いてて。
私の予想なんだけど、トリノが目の前で死んだの、
師匠のお姉さんの死と、関係あるよね」
「…………………………」
イリスの核心を突いたような質問にも、
やはり優人は動じずうなだれるように見えた。
だが、そんな優人の些細な変化にイリスは気づく。
「師匠、動揺した。やっぱりそうだったんだ。
これも、私の推測なんだけど、今回の事、
全部師匠が悪いって、思ってるよね」
「…………………………」
やはり沈黙を貫いている優人。
しかしイリスには優人の考えが読めているかの様に、
どんどん話を進めていく。
「やっぱり、そう考えたんだ、師匠らしい。
お姉さんの時も、自分のせいだって、考えたんだよね」
「………………」
「師匠」
イリスは優人の背後に回り込み、
自分よりも大きな背中を包み込むように抱きしめる。
「トリノが死んだのは、私も辛い。みんな辛い。
でも、師匠がずっとそうだと、トリノが一番辛い、
と思う」
「……………………」
「師匠、人間は、いつか死ぬんだよ。
でも、生きてる人の中でなら、死んだ人も、
生き続ける事が出来る。
だから師匠、トリノを生き続けさせるために、
前を向いて」
「……………………」
イリスの渾身の説得。だがそれでも優人は
沈黙を続ける。
そうなる事を分かっていたのか、イリスは
答えを待つように優人を強く抱きしめ続ける。
―――十数分がたった。
「……………………イリス」
長い間口を開かなかった優人が、ついに言葉を発した。
「何、師匠」
「もう少しだけ、時間をくれ」
「わかった。………信じて、いい?」
「ああ、信じていい。
迷惑かけてごめんな」
「ううん。いつも、迷惑かけてるのは、私だから」
「イリスで迷惑かけてるとか言ったら、
ソフィアの立場なくなるぞ」
優人はそんな冗談を交えてくる。
それを聞いて安心したのか、イリスがそっと
優人の背中から離れる。
「私は、リビングに戻るから」
「イリス、本当にありがとう。
今晩中には、自分の中でケリをつけるから」
イリスの方に振り返ってそう告げる優人の目には、
しっかりと少女の姿が映されていた。
トリノを失った優人の決意とは?
次回投稿12/15(木)13:00予定です




