12話
「あーそれ、もう少し右に置いて?」
「はい、分かりました!」
「こっち、手伝って」
「はい!」
せわしなく駆けずり回る足音がリビングに響く。
「イリスさん、これはここに置いておきますか?」
「うん、助かった」
「しかしよく働いてくれますね」
「ああ、誰かさんの指導の賜物だな」
優人とリアは目の前でバタバタする三人を眺め、優しく微笑んでいた。そこにソフィアがパタパタと飛んでリアの膝元にちょこんと座る。
「ふぁぁぁぁ~……朝から働くねぇ~」
「お前はもう少し動くようにしろ」
「いや~、アタシ体力ないからね~」
「ユート様、ソフィアは十分働いたじゃないですか」
「まあな。今回限りだろ?」
「そんな事ないし~? 次も頑張るし~?」
「はいはい」
「酷っ!? そんな軽く流さないでよ~!!」
「ちょっとソフィア、そんなジタバタしたら落ちるよ?」
「っとと、そうだね。
……ていうかさ、今回のユートの策はかなりずるかったね~、ほんと極悪人だったよ~?あれ」
「別にいいだろ。あの勝負だけは負けられないしな」
男達との『ストップ』一本勝負の結果だけを言えば、優人の圧勝だった。と言うのも、優人は22ジャストだったのだ。
まぐれで勝った、と思われるかもしれないが、そんなことは無く勝つべくして勝った。
優人の考えた策は至極単純、カードのすり替えである。
ディーラーと勝負している時にカードの材料を聞き出し、男達との勝負をする前に予め1〜9のカードを二組錬金術で作っておく。そしてそれを『反照』を使ったソフィアに持たせた。
『反照』を使ったソフィアが物を持つと、その物も周囲の人に見えなくなるらしい。もちろん森精族には感知できてしまうのだが。
また、『ストップ』をやり慣れている人間なら基本的には大きい数字を選んで来ない。そんな事したら自分の数和と相手の数和とに差が付きにくくなるからだ。
その事を想定した上でゲームに挑んだ。
後は自分がカードを引いて、それをソフィアにすり替えさせれば終了、その時点で勝ちが確定する。
安全マージンなどを考慮すればかなり危険な策ではあるのだが、相手が人間だという条件だけで全てが上手くいくと優人は考えたのだ。
「主人様!! お手伝い終わりました!! 僕は後何をすればいいですか?」
「あー、今は特に何も無いかな? トリノ、主人様はやめてくれ、恥ずかしい」
「いえ、しかし僕はメイドですから……」
「ユート様、メイドとしてご主人様をご主人様と呼ぶのは当たり前ですよ?」
「いや、そうかもしれないけどさぁ……」
「それに、しっかり働いて恩を返したいですから!!」
「お、おう」
海棲族特有の鱗をキラつかせるその少年────トリノの見てわかるほどにやる気を漲らせるその姿に、優人は圧倒されてしまう。
100%勝てる勝負に勝った優人は、助けた対価にメイドとして働くことを要求した。抵抗するかと思っていたのだが、トリノは意外にもかなり乗り気だったのだ。挙句の果てには「働かせてください!!」と猛アピールしてきた程だ。
実際は、月金貨一枚という法外な金額で雇うと言ってしまった優人が悪いのだが。
「そういえば、トリノって妹がいるんだっけ?」
「はい、13になったばかりの妹が1人」
「今回カジノに来たのって、それと関係あるのか?」
「……主人様は鋭いですね。
実は、妹が重病でして、どうも万能薬がないと治せないらしいんです。でも、万能薬は金貨60枚も必要でして」
「それで、カジノで一儲けしようとした訳か」
「はい。でも、そんな上手くいくはずありませんよね」
トリノが何とも言えない悲しい顔をする。その話を聞いていたナナに至ってはタオルで顔を覆っているほどだ。涙脆すぎる。
「トリノ、お前の気持ちは良く分かる。兄妹って大事だよな」
「はい!! 今となっては唯一の家族ですから……」
突然のカミングアウトに、感動ムードだった場の空気が一瞬にして凍りつく。やってしまった、という表情をする優人を始め、可哀想なものを見る目をするナナ、両親を失っているという点で同情するイリス、イリスと同様の雰囲気をだすリア。ソフィアは別に何も感じないのか、周囲の変化に戸惑っていた。
「……悪い」
「いいんですよ、碌でもない両親でしたから。
子供の面倒なんて見ないで、ひたすらクエストとカジノを行き来して、家に帰ってきたと思ったら金だけ置いてまた出ていく、そんな人達でしたし」
「そうか。でもお金を置いていってくれてるだけマシだろ、最低限それで生活出来るんだし」
「確かにそうなんですよね。
両親が死んでから気付きました、何だかんだでそのお金に助けられていた事に。それでもやっぱり、幼い妹を放ったらかしにする両親を僕は許せませんけど」
「仕方ないだろ、そんな事があれば」
「ええ……ところで、主人様のご家族は?」
「俺か? 姉と母と父の4人家族だったぞ?」
「お姉さんがいるんですか!!」
「ああ、まあな」
「どんな人なんですか? 気になります!!」
どうやら優人に姉がいた事が意外だったらしく、トリノはその話題に食いついてきた。察しのいいイリスとリアは、2人の会話を聞いて優人の家族の現状を理解したのか、黙って耳を傾ける。
「ねえユート、あの話をするんだよね?大丈夫?」
一度話をしているナナは、優人の事が心配らしく優人の横に腰を下ろし、ぴったりくっ付いてくる。
「ナナ、大丈夫だ。トリノ、俺の姉についてなんだが────」
優人はナナの時と同じ話をもう一度皆に聞かせた。もちろん、自虐していた場所はカットして話をする。
最後まで聞き終えると、トリノが気まずそうな顔をする。
「すいません、好奇心で聞いた事がまさか……」
「いい、気にするなって。何だかんだで亡くなってからもう7〜8年経ってるんだし」
「は、はぁそうですか」
「俺の姉の話はこんなもんでいいだろ?」
「師匠、一つ聞きたい」
ぴん、と手を上げるイリス。さっきまでの大人しさから一転して、今は険しい表情に変わっている。
「ん? どうしたイリス?」
「師匠のお姉さん、何が原因で、亡くなったの?」
「……あー」
イリスの質問に、優人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、俯く。
「……師匠?」
「イリス、悪いんだけどその質問には答えられない。答えたら、きっとここにいる皆が俺に幻滅してしまう」
「ユート……」
「師匠……」
「ユート様……」
三人がそれぞれ優人の名前を呟く。優人も三人の言いたい事が分かっているので、あえて先に言葉を発する。
「そうだな、今回の依頼が終わって、俺が話してもいいって思える時が来たら話すよ。それじゃ、ダメか?」
「ううん、ナナはそれでいいよ」
「師匠、私も」
「私もですよ、ユート様」
「3人共、ありがとうな」
三人から向けられる優しい笑顔に、優人もまた優しい顔を向ける。
「あの、ソフィアさん。これは一体何が始まったんですか……?」
「あ~トリノ君、メイドとして働くなら
こういうのは日常茶飯事、慣れておくといいよ~」
「これが、日常茶飯事……?」
目の前で繰り広げられる意味不明な光景にトリノは思わずため息がこぼれ、これからのメイド活動に不安を覚えるのだった。
新たなメイドとして加わったトリノ君!
姉の死因も気になる所ですね〜
次回投稿12/9(金)13:00予定です!




