3話
「なるほど、そんな事があったんですか」
「師匠、いつから、行くの?」
リビングのテーブルを囲んで、全員が優人の方を向いている。
朝起きてすぐ優人はガランの一件を話していた。眠れなかったせいで出来てしまった隈は回復魔法で無理やり治しておいた。因みにナナから離れるなんて行為は彼の選択肢には無い。
「ああ、とりあえず必要になりそうなものは買えるだけ買っておこう。
初めて行く所だから、念には念を入れるべきだし……」
「ねえユート、そのセイルペイスってどんな所なの?」
「ナナは知らないのか?」
「うん、ナナはラルの街と里しか行った事なかったから」
「イリスもリアも行った事無かったっけ?」
「私は、ずっとあの家だった」
「私も、メイドとして活動してたのは王国周辺ですから」
「なら、誰かにセイルペイスの情報を聞いておきたいな。誰に聞けば――――」
自身の周囲でセイルペイスに詳しい者がいないか思索していたそのタイミングで、玄関扉をノックする音が聞こえてくる。その後に続く声に、優人達は途端に表情が明るくなる。
「優人、いるか? セシリアだが」
「メチャクチャナイスなタイミングで来てくれたな。
リア、開けてきてやってくれないか?」
「かしこまりました」
リアにお願いして、セシリアを家の中に招く。その間に用意しておいた椅子に座って貰うと、優人は用件を尋ねる。
「セシリアさん、今日はどんな用件で?」
「ああ、ちょっとお願いしたい事があるんだが」
「お願い事、ですか?」
「ああ、話だけでも聞いてくれるか?」
「ええ、もちろん」
「私が第三騎士隊隊長だって事は知ってるな?
王国には騎士隊が三つあり、そのうちの一つを私が任されている訳なんだが、残りの二つが今他の地域に遠征に出ているんだ」
「そうだったんですか」
「そうだ。で、そのうちの一つの第二騎士隊はセイルペイスに出向いているんだが、つい先日連絡が途絶えたんだ」
「連絡が? どうやって連絡していたんですか?」
「週に一度、報告書が入った封筒が届くんだ。しかし今週はまだ届いていなくてな。遠征に出て九ヶ月ほど経つがこんな事は一度も無い、きっと何か事件に巻き込まれたのだと私は踏んでいる」
「その原因を確かめに行ってきて欲しい、という事がお願い事ですか?」
「その通りだ、頼めるか?」
「もちろんです。ちょうどセイルペイスに向かう用事もありましたから」
「そうなのか? 何だクエストでも受けたのか?」
「いえ、ラルの街のギルドマスターに頼まれ事を」
そう言って、優人はセシリアにガランの件や娘の名前を聞きそびれた事、セイルペイスについて情報が足りてない事を話した。
「なるほど、ガランの奴はそんな事を頼んだのか」
「セシリアさんはあの人の事を知ってるんですか?」
「ああ、あいつの知名度は王国まで届いてるからな。娘の事もよく知っているよ」
「え!? そうなんですか!?」
「ちょ、ユート落ち着いて!?」
セシリアの発言に優人は思わず立ち上がってしまい、ナナが慌てて止めようとする。
「あ、すいません」
「大丈夫だ、気にするな。
……で、娘の名前だったか?」
「ええ、教えて貰えますか?」
「もちろん。娘の名前は『グラシア』と言ったはずだ」
「グラシア、ですか」
と、大人しかったリアが突然口を開く。
「どうしたリア」
「いえ、似た名前に聞き覚えがあったもので……
突然発言してしまって申し訳ありません」
「大丈夫だ。セシリアさん、ちなみになんですが
その娘さんはどんな人ですか?」
「そうだな、あまりこういう事を言うのも何なのだが少し我が強い所がある、と言ったところかな」
「なるほど、絶対気が合いませんね」
「何でまだ会ってないのに言いきれるの!?」
「ははっ。ナナと言ったか、優人とは気が合わないと私も思うぞ」
「せ、セシリアさんまでそういう事言っちゃうんですか」
「ナナ、落ち着け。そもそも俺と気が合う奴が少いんだ」
「師匠と気が合うのは、私達だけ」
イリスが割って入るように言葉を発し、えっへんと胸を張る。別に凄くはないが、それに触れるのはご法度と言うヤツである。
「あーその、セイルペイスの情報も知ってる分でいいので教えて貰えますか?」
「そうだな、都市としては王国の縮小版と考えて貰えれば分かりやすいか。そんなに変に構えなくても大丈夫だ」
「そうですか」
「大事なのは行き方だな。海上都市という名の通り海の上にあるのだが、行くには一度港町で通行手続きをしないといけない。でないと都市と大陸を繋ぐ連絡橋を渡れないんだ」
「手続きですか、面倒ですね」
「ま、海の上だからな。一つしかない入り口を固めるのは当然だろ」
「ん? そういえば、泳いで都市に入る事もやろうと思えばできるんじゃ…………」
「ははっ、面白い事を言うな。ま、見てからのお楽しみだよ」
「その言い方、物凄く気になるんですけど………」
「まあまあ。
……で、だ。明日またここに来るから、それまでは出発は待って欲しいのだが」
「何かあるんですか?」
「いや、セイルペイスに行く前にここにいる皆のギルドプレートの更新をしておこうと思ってな。明日ギルドの職員を連れてくるつもりだったんだ」
「いや、それぐらいなら自分達でギルドに……」
「あー、それが、だな」
気まずそうな表情を浮かべ、セシリアが言葉を続ける。
「出来れば、ここにいる皆には王国に顔を出してもらいたくないんだ。この依頼も内密に行ってもらいたい」
「えっ!? それじゃあ買い物出来ないよ!?」
ナナが予想通りの反応をする。イリスとリアはこの言葉の本意が分かっているらしく、大人しく優人の様子を伺っていた。
「ナナ、落ち着け……ま、そういう事なら」
「いいの? ユート」
「ナナには後で説明してやる。セシリアさん、これで貸し借り無しですよ?」
「優人は何でもお見通しだな。
…………ん? 私が一つ借りを作ってると思うが?」
「先日、セシリアさんに助けてもらった借りがあるじゃないですか?」
「ああ、その事か。あの程度の事を貸しにするほど私は小さい人間じゃないぞ?」
「人の好意は素直に受け取ってくださいよ」
「……ふっ、優人にそれを言われるとはな」
セシリアは優しく微笑み、席を立つ。
「話は以上だ。明日もこのぐらいの時間に訪れるから」
「はい、分かりました」
「優人の事だから心配はしてないが、上手くやってくれ」
「もちろんですよ。ではまた明日」
「ああ」
別れの挨拶を済ましてセシリアを見送った後、優人は自分の席へと戻る。そこで、先程とは明らかに違う態度をとった。
「うぁー!! 超面倒事じゃねーかよ!!」
「ゆ、ユート?」
「師匠、どんまい」
「イリス、他人の心配してる場合か? お前も巻き込まれてるんだぞ?」
「どうせ、師匠が解決する、でしょ?」
「うっ……」
頭上に「?」が浮かんでいそうな顔をするイリスに彼は思わずドキッとしてしまう。
(あの顔はずるいよなぁ……
イリスには一生勝てる気しねぇよ)
内心でそんな事を嘆くと、ナナが頬を膨らませて腕を引っ張ってくる。
「ちょ、ユート!!
イリスちゃんと見つめ合いすぎだから!!」
「え、ああ、すまん」
「ナナも、見つめ合う?」
「うっ…………」
どうやらナナもイリスの毒牙にかかったようで、言葉を詰まらせてしまっていた。
「とりあえず今日は大人しく家にいるしかないかな。リア、昼飯の準備頼むな?
ナナとイリスは特訓始めよう」
「かしこまりました」
「うん!!」
「わかった」
その日、四人はいつも通りの一日を過ごすのだった。
頼み事が2つになって優人はどう対処する?
第二騎士隊の存在も気になりますね〜
次回投稿11/25(金)13:00予定です




