2話
「ねぇユート、娘さんの名前聞いてなくない?」
「あ」
帰り道の途中、ソフィアがそんな事を口にする。
「え、忘れてたの!?
アタシてっきり聞かないのに理由があるのかと思ってたのに〜。
ユートって意外と抜けてる所あるよね〜」
「ぐっ。たまたまだ!!」
「いーや、たまたまじゃないよ?
前国王を殺した時だって、何で名前知ってたのか聞かなかったでしょ〜?」
「…………ああっ!!」
「それにさ―――――」
「もういい!! 分かったから!?」
「やめてほしかったらアタシの事をソフィア様と呼びなさい? なんちゃってね〜」
「…………」
「ちょ、ユート目が怖いから!!
冗談、冗談だからぁ〜!!」
「知らん。もう置いていくからな」
拗ねたような言葉を発し、優人は走る速度をさらに早くしていた。
―――――――――――――――――――――――
(ガランさんの最後の発言…………
何か裏があるのは確かなんだろうけど、全く見当がつかない)
ラルの街から家に帰った頃には、既に夜遅くだった。イルミが用意した馬車で帰るとハォの村経由で一日かかるため、仕方なく走ることにしたのだ。すると驚く事に半日も経過しない内に帰れたので、優人は自身の身体能力の凄さに恐怖すらしてしまった。
家に入るとナナ達は皆寝たのか暗く静かだった。優人はシャワーだけささっと浴び、そのまま自分の部屋に向かっていた。
(とりあえずは、セイルペイスに行くしかないよな……
明日の朝、ナナ達に相談するか)
さすがに疲れていたらしく、彼はベッドに倒れ込むようにして目を閉じる。と、優しくドアをノックする音が耳に届いた。
「ユート、帰ってきたの?」
「ナナか? 入ってきていいぞ?」
「じゃあ、おじゃまします」
どうやらノックしたのはナナらしい。部屋に入ってきたナナは薄いワンピースを着て、腕に枕を抱えていた。
ナナは優人の方にスタスタと歩いていき、優人の腰元近くに座る。
「どうかしたか?」
優人もナナの様にベッドに座り直す。
「ううん。シャワーの音が聞こえた気がしたし、ユートの部屋から少し物音が聞こえたから帰ってきたんだなーって思ったからつい」
座り直した優人にぴったり寄り添って、ナナがそう告げる。
「そうか。起こして悪かったな」
「大丈夫…………あの、さ」
「ん? どうした?」
急にもじもじするナナを見て、優人は首を傾げる。
「今日は、一緒に寝たいなーって」
「一緒に? 俺と?」
「うん…………ダメ、かな?」
そう上目遣いで問いかけてくるナナの顔は少し赤みが増していた。物凄く可愛い。超可愛い。
「いや、別にダメではないけど……」
「やった!! ……あ、ごめん大声出して」
「別にいい。じゃあ早く寝よう」
「う、うん……」
「ん? まだ何かあるのか?」
「ちょっとだけ、喋ろ?
……最近さ、二人っきりになる時間が無かったから」
「ああ、そう言えばそうだな」
確かにイリスやソフィア、リアが増えてからはナナと二人になる時間がほとんど無かった。その上ナナの好意を知っていた彼からすれば、彼女の二人っきりで喋りたいという気持ちが分からない訳では無かった。
「寝るまでな?」
「うん、ありがとう」
優人はとりあえず布団に入り、ナナが隣に入り込んで来る。
「で、何の話をするんだ?」
「そうだね、ユートの話が聞きたいかな」
「俺の話?」
「うん。ユートってあんまり自分の事は話してくれないから」
「そうだっけ?」
「そーだよ」
「そうか。んー……ナナが聞きたいことに俺が答えるっていうのじゃダメか?」
「それでもいいよ。
……じゃあさ、ユートの家族ってどんな感じ?」
「家族か? 父さんと母さん、あと姉さんがいたかな」
「えっ、お姉さんいたんだ。どんな人?」
「一言で言えば完璧な人だったよ。
頭もいいし運動神経も抜群、何をやらせても人より上手く出来てたからな」
「え、凄い人なんだね」
「ああ、本当に凄い人だったよ。それに、アニメとかゲーム大好きだったから周りの人に親近感を与えることも出来てたし」
「アニメ? ゲーム?」
「ああ、ちょっとした趣味だよ。それのお陰もあって姉さんは人気者だったんだ」
「何でも出来るし人気者って、本当に凄いね」
「俺も姉さんのことはすごい尊敬していた。でも、それとは別に劣等感も感じていた」
「……ユート?」
「姉さんと違って俺は何も出来なかった。頭も良い訳じゃないし、運動も得意じゃなかった。友達を作るのも上手くなかったからいつも一人ぼっちだったし、それに―――――」
「ユート? ねぇユートってば」
「―――あ、ごめん。俺の話は関係無いな」
「……昔のユートがどうかはナナには関係無いよ、今のユートがナナの知ってるユートの全てだから」
「ナナ……」
「さ、続き聞かせてよ。お姉さんの話」
「ああ。姉さんは友達が多かったんだけど、いつも俺と一緒にいてくれたんだ。多分友達のいなかった俺に気を使ってくれたんだと思う」
「お姉さん、優しい人なんだね」
「優しい、というよりは単にブラコンだったんだけどな」
「ブラコンって何?」
「自分の兄や弟が大好きで仕方ない人のことだよ」
「なるほど」
「俺も姉さんと一緒にいるのは楽しかったから、何だかんだでいつも一緒にいたなぁ。風呂も一緒に入ってたぐらいだし」
「ふ、風呂も? ……ユートのエッチ」
「……いやいや、何でそうなる。小さい時の話だよ」
「え、あ、そうだったんだ。ごめん勘違いしてたよ」
「いや、小さい時の話ってことを言うの忘れてたし、俺も悪かったわごめん」
「ふふ、お互い様だね。
……ユートのお姉さんってことは、今は大人だよね?結婚とかしてるの?」
「いや、違う」
「してないんだ。じゃあ付き合ってる人とか―――――」
「死んだんだ」
「え?」
「死んだんだよ。子供の時に」
「………ユート、ごめんね。辛い話させちゃった」
「大丈夫だ。俺も小さい時の話だし、これといって深く傷ついた訳でもない」
「…………」
罪悪感がどうしても残ってしまうのか、ナナは俯いてしまう。優人はそんなナナの腰に手を回し、近くに抱き寄せる。
「気にするな。確かに姉さんは大切な人だったけど、今はナナの事も大切なんだ。そのナナにそんな顔されたら、その方が辛い」
「ユート……」
「この話はここでおしまい、もう寝よう」
「……うん。寝よっか」
ナナは優人の胸元に顔を埋め、静かに目を閉じる。そして、そのままそっと呟く。
「ユート、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
それから少し時間が経つと、ナナの寝息が聞こえてくる。夜も遅いし眠たかったのだろう、何とも寝るのが早い。一方で優人は、自分の失態に今更気づいてしまう。
(迂闊だった、ワンピとシャツじゃナナの胸の感触が直で伝わってくる……
こんな状況で寝れるのか、俺…………)
ナナの胸の事を完全に忘れていた優人は、眠れない夜を過ごすことになってしまうのだった。
ナナと添い寝、羨ましい!!
次回投稿11/24(木)13:00予定です




