村とメイドと精霊と(前編)
「んあー、今日も平和だなぁ」
ある日のお昼下がり、優人はソファに深く腰を下ろし、何とも間の抜けた声を出していた。
「ユート様、紅茶のおかわりは」
「ああ、頼むわ。ありがとうな」
「かしこまりました」
ソファの傍に立っていたリアが優人の前に置かれていたカップに紅茶を注いでいく。
「しかし、こうも平和が続くとさすがに暇だな」
「ユート様、今日のトレーニングは」
「ああ、それは朝のうちに終わった」
「そうですか、お早いですね」
「それ以外やることが無かっただけだ」
「そうでしたか。
…………紅茶入りました、熱いのでお気をつけ下さい」
「ああ。リアも立ち続けていたらしんどいだろ?
今はやる仕事も無いし、こっちに来て座ったら?」
「いえ、私はメイドですから」
「ったく。命令だ、こっちに来て座れ」
「っ! …………ユート様はずるいです」
「何とでも言え」
ブツブツ言いながらも、リアは命令に従い優人の右側にちょこんと座る。
「はぁ、ナナが居るか居ないかでこんなにも違うと思ってなかった……」
リアの言葉の通り、ナナはイリスと一緒に服を買いに行っていた。以前の優人なら二人で行かせる事は絶対にしなかったが、以前の緊急事態のお陰で有名になったために優人の知り合いのナナ達まで有名になっていたので、王国内で二人に危害が及ぶ心配がかなり減ったのだ。
「あまりそういう事を言ってると、ナナも拗ねますよ?」
「かもな。ナナには内緒だからな?」
「ふふっ、かしこまりました」
「っ…………」
優しく微笑むリアに、優人は少しドキッとしてしまう。そんな優人を見て何かを察したのか、リアは優人の方にもたれ掛かる。
「なっ、リア急にどうした?」
「その、ダメですか? …………二人きりですし」
「いや、ダメってわけじゃないんだけど……」
(見えるんだよ!! メイド服の間から谷間が!!
俺の理性がガリガリ削られていくんだよ!!)
心の中で叫び嘆く優人とは裏腹に、リアはさらに体を寄せてくる。
「じゃあ、このままでお願いします」
「うっ、わかったからせめて前隠してくれ」
「別に、見たかったら見てもいいんですよ?」
「だからそのからかい方は止めてくれ」
「からかってる訳じゃないんですけど……」
シュンとするリアに、優人はさらにドキッとする。その雰囲気に流されて頭を撫でようと手を――――――
「すいませーん、誰かいませんかー?」
――――――ガンッ!!
「っ!? 痛っ!!」
玄関扉の向こうから聞こえてきた声に思わず手を大げさに引っ込めてしまい、ソファの骨組みに肘をぶつけてしまう。
「ゆ、ユート様!? 大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だから誰か見てきてくれ」
「か、かしこまりました」
左手で痺れている右腕を押さえながら、優人はリアを玄関に向かわせる。
「はい、どなたでございましょうか?」
「あれ? 大人の声?
ここは村長さんの家じゃないんですか?」
「村長ですか? そのような者は――――」
「リア待った。その人を家に入れてくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「かしこまりました。今鍵を開けますね」
彼の指示通りリアが扉を開けると、そこには見知らぬ人間の女の子が立っていた。
「あ、メイドさんですか。ところで村長さんは……」
「ですから、村長という者は―――」
「あーリア、お前には言ってなかったけど俺、村長なんだ」
「えっ!? ユート様が、村長!?」
「あっ、村長さん!! 村が大変なんです!!」
「落ち着けって、何があった?」
「じ、実は――――――」
その女の子曰く、今まで実りに実っていた村の作物が先日、何の予兆も無く荒らされた。村の人たちも原因を探ろうとしたが、そういう事に詳しい人が誰一人もいなかった為に全く何も分からなかった。
そこで、村長の代理をしている優人に使いを出した、という訳だった。
「―――――なるほどな」
「村長さん!! どうか村を救って下さい!! お願いします!!」
女の子が床に頭をつける勢いで頭を下げる。
「ユート様、どういたしますか?」
「そりゃあ、もちろん助けに行くよ」
「あっありがとうございます!!
では早速村に来てもらえますか?」
「あー少し待ってくれ、連れていきたい奴がいる。
リア、ソフィアを起こしに行ってくれ」
「かしこまりました」
「あの、ソフィアというのは?」
「ま、見たらわかるよ」
早足で二階へと向かうリアを見送ってすぐに女の子は優人に質問をする。だが、彼は曖昧な答えを返しては視線を二階に向けたままだった。
少し時間が経ってから、向かった彼女が二階から降りてくる。その後ろからソフィアが目を擦りながら付いて来ていた。
「ユート様、ソフィアを起こしました」
「ああ、ありがとう」
「ちょっとユート〜、無理やり起こさないでよ〜」
「えっ、せ、精霊っ!!?」
「あ〜そこの子? 大声出さないで頭に響くから〜」
「す、すいませんでしたっ!!?」
女の子はまたしても頭を下げる、しかも先程とは比べ物にならない程の速さで。
「ソフィア、今から出かけるぞ」
「ん〜、何かあったの〜?」
「ああ、ちょい面白そうな話がな」
「ならアタシも行く〜。てかナナとイリスは〜?」
「ああ、二人なら出掛けてるよ。帰るの遅くなるんだってさ」
「そっか〜じゃあこの三人でお出掛けだね〜?」
「ああ、珍しい組み合わせだな」
「私はユート様と一緒なら何でもいいですよ?」
「おお〜お二人さんアツアツだね〜」
「リア、やっぱ出掛けるのは俺とお前だけになりそうだ」
「えっ、ちょ、ゆ、ユート!? アタシはどうなるの!?
ねぇ、ねえ!?」
「うるさい黙れ口開くな」
「ごめんなさいすいません許して…………あっ」
「よーし動くなよ?」
「嫌ーーーー!!!」
「ゆ、ユート様…………」
突然リビングで追いかけっこを始める主人にリアはため息がこぼれてしまう。
「あ、あのぉー。いつになったら村に行くんですか?」
あまりの光景につい出てしまった女の子の本音が届くのは、優人とソフィアの体力が尽きてからだった。
―――――――――――――――――――――――
「そろそろ村に着きますよ〜」
「ああ」
優人達は女の子が乗ってきていた馬車で村へ向かった。ソフィアには『反照』を使わせていないが、これは村人に慣れて貰いソフィアを動きやすくするためという彼の思惑である。
「ユート? あそこに人がたくさん見えてるよ〜?」
「ああ、分かってる」
「到着ですー!! ―――ってみんなどうして!?」
馬車を降りた先で、村人達が優人達を出迎えてくれていた。聞かされていなかった状況に女の子は驚愕の表情を浮かべてしまう。
「ああ、俺が行くことを連絡していたんだよ」
「村長、よく来てくれた。早速だけど………」
「分かってる。リア、ソフィア。畑に行くぞ」
「かしこまりました」
「は〜い」
以前訪れた時に畑の場所を見ていた優人は、リア達を連れてさっさと歩いていってしまう。
「フーガさん、どうして皆とここに?」
「ユート村長から連絡があったんだよ、『今からそっちに向かう』って。
だから皆で出迎えたって訳だ」
「いつそんな連絡を?」
「村長はな、村人達と念話が出来るんだよ。今回はそれで連絡してもらったんだ」
「村長ってそんな事が出来るんだ……」
「まっ、あの人はそういうの抜きで凄い人だけどな」
「確かに、そうですね」
村人達は、村長代理のフーガを先頭にして優人達の後について行くのだった。
畑が荒れた原因は……?
次回投稿11/19(土)13:00予定です




