38話
「ぐぁぁぁっ!!?」
腕を斬られた衝撃で、優人は後ろに吹き飛ばされる。
「痛てぇ――――――くっ、治せないっ!!」
「ユート!! 大丈夫なの~!?」
すぐさま回復魔法を発動しようとする優人だったが、痛みに気を取られて上手く手を修復することが出来ず、止血するので精一杯だった。
その様子を心配してソフィアが駆けつけるが、優人は痛みのせいで振り向きざまに睨みつけてしまう。
「ソフィア、いいから『反照』で姿隠しとけっ……」
「う、うん――――――『反照』」
ソフィアの体が白く光ったのを確認し、優人は片手で剣を握りしめる。相手は腹の深傷が痛むのか、その場から動けていないらしい。
「ユート!! そんな体じゃ戦えないってば〜!!」
「馬鹿か、ここまで来て逃げる訳には行かないだろ……」
「じゃあせめて腕治しなよ〜!!」
「ソフィアもナナ達の所に戻ってろ」
ソフィアの返事もろくに聞かず、優人は体を無理やり動かして敵の方へと向かっていく。それに気付いたのか、ドラゴン・ジェネラルが優人に目の焦点を合わせ、そして大きく裂ける口元を歪め、優人をバカにするかのように嘲笑を見せつける。
「―――――――――っ!?」
それを見た優人は、魔の悪い事に久しぶりに過去の記憶がフラッシュバックしてしまう。
―――――――――――――――――――――――
"弱いくせに調子に乗るなよ"
"その程度を誇るとは、雑魚の極みだな"
うるさい、今の俺は力があるんだよ。
"そんなもの、ただの飾りじゃねーか"
違う、そうじゃない、そうじゃないんだ。
"何だ、お前もそういう男だったんだな。失望したよ"
やめろ、やめてくれ。
"結局、お前が無力なのは変わらないんだよ"
俺は、俺は………………
―――――――――――――――――――――――
「グォァ?」
どうやらドラゴン・ジェネラルは突然動きを止めて黙り込んだ優人の事を不思議に思い、低く唸り声をあげて様子を伺っていたようだ。
「ああ、悪いな……まさか敵のお前に気を使わせる事になるとは。戦闘再開といこうか」
「ガァァァァァァァ!!!」
MPが足りず魔法が使えないので、優人は剣の一撃に全力を込める。
(今は力がある、だからこんな所で負けなくないつ!!)
ドラゴン・ジェネラルが優人目掛けて両手の剣を突き出してくる。
「―――――――――っ!? がぁぁぁっ!!!」
それに合わせ体を捻りギリギリの所で躱そうとするが、脇腹に少し掠めてしまう。
しかし、それでも優人は動きを止めなかった。敵の剣が脇腹を掠め続けるその激痛に耐えながら、敵との距離を詰めていく。
ドラゴン・ジェネラルもかなり消費していたのか、剣を突き出した後の、次のモーションまでにそこそこの時間を要してしまっていた。そのため、優人の行動に驚愕し、対応出来ずにいた。
「優人!!!!」
セシリアさんの声だろうか、直感的にそう感じたが優人に振り向いている余裕はない。敵の脇腹に辿り着いた優人は、片手で持った剣を素早く全力で振り、先程の傷口と同じ場所を目掛けて一閃する。
「ぐっ、これで終わりだっ!!!!」
「ガァァァァ!!?」
彼の放った捨て身の一撃がかなり堪えているのか、ドラゴン・ジェネラルは苦痛に顔を歪め剣を両方とも手放してしまっていた。
(いける、いけるぞ―――――――――っ!!)
状況は優人に軍配が上がる、と思われていたが相手もそれなりのしぶとさを有していたらしい。あと一歩で敵を両断できると思った優人の腹に、ドラゴン・ジェネラルの最後の力を振り絞った足蹴りが食い込む。そして、そのままセシリアの方に飛ばされてしまう。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――っ!!」
「優人!! おいしっかりしろ優人!!!」
(やべ、声も出ねぇし指一本動かせねぇ……)
そんな事を思うのが精一杯の優人は、次第に小さくなるセシリアの声を聞くしか出来なかった。そして、それすらも聞こえなくなってしまった彼の意識は深い闇の底へと落ちていくのだった。
―――――――――――――――――――――――
満月が美しく映える夜空の下、一軒の家の中で人影が揺れる。
「……………………ここは…………ぅあぁっ!!」
重たい瞼をゆっくりと開けた優人はベッドから身体を起こす、が全身の痛みに思わず呻き声が漏れてしまう。
「…………んん、ユートぉ…………」
「スゥ……」
微かに聞こえた方へと視線を向けると、足元にナナとイリスがベッドに倒れかかるようにして眠っていた。
(多分、必死に看病してくれたんだろうな)
自分の身体に巻かれている包帯が清潔なのを見て、優人は二人の頭を撫でてやる。
(ここ、俺の部屋だ。あの後生きてたんだな。
セシリアさんが助けてくれたのか…………また借りができてしまったな)
周囲を見渡しそんな事を思いつつも、外の空気を吸いたくなった為、彼は庭を目指して家を出る事にした。
庭にある大きな木の根元に腰を下ろした優人は、夜空を見上げて物思いに耽る。
(今回の戦いでわかった、俺は自分のチート能力に頼りすぎていた。これじゃあ次に緊急事態が来たら、俺は間違いなく命を失う事になるよな……このままではダメだ)
慢心が呼んだ危機に自分を諫める優人。そんな彼に一つの影がゆっくりと近付いていく。それに気が付き目線を下げていくと、彼の目にリアが映り込んだ。
「ユート様、目覚められたのですね」
「ああ、まだ体が少し痛むがな」
「そうですか」
優人の横に座ると、リアは少しバツの悪そうな顔をする。
「リア、どうしたんだ?」
「いえ、その、ユート様の左腕が…………」
言われて、優人は自分の左腕が斬り落とされた事を思い出す。
「あぁ――――――『完治』」
LvMAXの回復魔法の名前を口ずさむと、地面に着いていた右手から白く淡い光の球が幾つも湧き出てくる。そしてそれらが彼の左腕を形作り、じわじわと霧散する頃には無かったはずの左腕が元通りになっていた。
目の前で起きた信じ難いような光景に目を見開くリアだったが、すぐさま表情を引き締め直し口を開いた。
「これは…………ユート様は回復魔法を最大レベルまで使えるのですね」
「ああ、だが戦闘中には使えなかったがな」
「そうでしたか」
二人の間を、冷たい夜風が吹き去っていく。
「そういえば、俺はどれぐらい眠ってた?」
「丸三日程ですね」
「なっ…………そんなに寝てたのか……」
「ナナとイリスが交代で看病してくれてましたよ」
「知ってる。お前もやってくれてたんだろ? ありがとうな」
「いえ、私は当たり前の事をしたまでです。ただ、ナナに関しては最初、泣きじゃくってユート様の傍から離れようとしませんでしたけど」
「何か予想出来るわ。ナナには悪い事をしたな」
「ふふっ、ナナはユート様の事になると自分の事のように心配しますからね」
「そうだな。嬉しい限りだよ」
そこで会話が途切れ、少しの間静寂が続く。それを断ち切るかのように、リアが口を開く。
「ユート様」
「どうした?」
「なぜ、あそこまでボロボロになって戦ったのですか?
普通なら、片腕を斬り落とされた時点で逃げを優先すると思うのですが」
リアの質問に、優人は考える。そして、その答えをはっきりと口にする。
「そうだな、俺は自分の力を過信しすぎていた」
「え?」
「恥ずかしい話、この力があれば誰にも負けないと、そんな事を思っていたんだ。
その時に現れたアイツは、俺の攻撃を尽く防いだ。正直な所ものすごく驚いたし、何より恐怖した。
……『このままじゃ殺される』って」
「…………」
突然の優人の話に、リアは黙って耳を傾ける。優人は話を続けていく。
「でもな、恐怖よりさらに勝ったのが自分自身に対しての怒りの感情だった。自分の驕りのせいでこの事態を招いた事が、かなり腹立たしかったんだ。
だから、アイツは何としてでも倒したかった。そうしないと怒りの感情で自分を失いそうだったから」
「そう、ですか」
「分からなくてもいいよ、こんなものただの自己満足なんだから」
「はい」
「……実は、もう一個あるんだよな。戦いをやめれなかった理由が」
「それは何でしょうか?」
「お前達の為だよ。ここで負けたら、お前達にまで被害がいくかもしれない。そう思ったら自然と体が動いていたんだ」
「私達のため……」
「恥ずかしい話だから、ナナとイリス、特にソフィアには言わないでくれよ?
ソフィアとか、この話をネタにしてくるだろうし」
「ふふっ、そうですね。私とユート様の秘密、という事にしましょう」
「ああ、助かるよ」
二人の間を、再度冷たい夜風が吹き去る。と、リアが優人の傍に寄り添いピッタリとひっついてくる。
「どうした? 寒いなら家戻ろうか?」
「いえ、このままでお願いします」
「…………そうか」
「ユート様、私の話を聞いてもらってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
「私はこれまでに何度か、メイドとして他の人に仕えていました。
色んな人がいました。家事ばかりを命令する人、元々雇っていたメイドの教育を命令する人、卑猥な事ばかり要求する人…………」
最後の部分を言う時だけ、リアの顔から少し苦しさが見えてしまう。きっと辛い事を命令されたのだろう。
「本当にたくさんの命令をされました。やりたくない命令もありましたが、仕えている身として全て、しっかりやらせてもらいました。
それなのに、元主人の方々は『お前に飽きた』と言って私をすぐに捨てるのです」
リアの目に少しづつ涙が溜まり始める。声も少し震えていた。
「一生懸命に頑張って、それで捨てられるのが辛かった。苦しかった。寂しかった。
でも、回数を重ねていく内にそんな感情も薄れました。
しかし、ユート様の前の主人の時に辛い事がありました。その人はメイド長として雇った私に、色々な辱めを受けさせたのです」
目元から頬に涙が伝う。声の震えも増す。
「下着姿で掃除、全裸で庭の手入れ、最も酷かったのがトイレを見られ続けた事です」
(日本じゃ考えられないな。そいつかなりの変態だろ…………)
「私は毎晩泣きました。辞めたいとも思いました。でもそんな事を許して貰えるはずもなく、その後も辱めは続きました」
(そうか、だからナナにされた事であんなにも怯えていたんだな。ナナはもう一度お説教だな)
「そんなある日、急に私はクビになりました。意味が分からず、主人に理由を尋ねました。
するとこう言われたんです。『お前の体は見飽きた、もうそれ以上に需要がない』って……
その時悟ったんです。メイドとしている時に感情を持ってはならない、主人は信用ならない、って」
「リア…………」
あまりにも痛ましい話に、優人はつい声が出てしまう。
「私はすぐに奴隷商店に戻されました。もう仕事をする気になれなかったんですが、奴隷ですのでそういう訳にはいきませんでした。
そんな時に現れたのがユート様だったんです。
初めて会った時のあの質問には驚きました。今まであんな事なかったですからね。
私にとってユート様は不思議の連続でした。奴隷でもない異性のナナやイリスと同棲していて、精霊のソフィアとも契約を結んでましたし」
リアは顔をあげ、優人をじっと見つめる。
「ナナやイリスと話している時に、よくユート様の話題になるんですけど、二人共心からユート様の事を信頼してるのが伝わってきて、ずっと良いなって思ってました」
リアは隣の優人の胸に顔を埋め、震える声で言葉にする。
「さっきのユート様の話を聞いて、決めたんです。この人に、私は全てを捧げようって」
「それはちょっと言い過ぎじゃないのか?」
「…………ユート様、私はユート様の事が好きです」
「なっ…………急にどうしたんだよ」
「ナナやイリスがユート様の事を大切に思うのが、羨ましいんです。
だから、その、私も…………」
(ああ、リアは俺と同じものを求めてるんだな)
自分に顔を埋める彼女が何を考え、何を思い、何を求めるのか、優人には手に取る様に分かってしまう。だからこそ彼は彼女の頭を優しく撫で、子供をあやすかの様に言葉を掛けてやる。
「リア、俺はこういう時にどう返事するのがいいのか分からないんだけどな、これだけは言える。
お前はナナ達と同じ俺の大事なものだ。前の主人のような酷い事もしない、約束する」
「ユート様…………」
リアが顔をあげる。優人は彼女の目元に溜まっていた涙を拭いとり、そして、囁く。
「だから、もうそんな顔をするなって、な?」
「ユート様……っ!!」
「お、おいっ――――――」
――――――――――――――――――チュッ。
感極まって、リアが優人に口付けをしてしまう。背後を木という壁に阻まれている為、優人はその場から動けないでいた。それが彼女の手助けとなり、リアはさらに唇を押しつけてくる。
しばらくそう言う状況が続き、満足したのかリアが少し離れる。
「ユート様、その」
「あ、ああ、何だ?」
「さっきの言葉は本当ですから」
「……………………」
「あっ、返事は別にいいですよ?
私はただ、自分の気持ちを伝えたかっただけですから」
「お、おう。なんかごめんな」
「ユート様は優しいですね……それと、この事も二人の秘密と言う事で」
(うっ…………超絶可愛い。反則だろ……)
満月の光を反射して艶の出ている唇に、そっと人差し指を当てウインクする彼女の姿は年上とは思えない可愛らしさが出ていた。
(気を抜いたら惚れそうになるな、これ………)
目の前に突如として現れた小悪魔に、優人はなんとも言えない表情を浮かべるしか出来なかったのだった。
優人の一騎打ちも終わり、リアとの親睦が
深まった(?)所で次話、ついに一章も
終わりです!!
次回投稿11/14(月)13:00予定です




