36話
セシリアの率いる騎士隊と冒険者達は、二手に分かれて攻防を繰り広げていた。リザードマン達は数十匹を一つのグループにし、時間差をつけて送り込んでくる。その時間差が何とも絶妙で、相手の手を休ませない様になっていた。
その中で優人は冒険者達と共に戦っていた。しかし戦いの最中、妙な違和感を感じ続けていたのだ。
(何か変だ。本気で倒すなら全員で総攻撃を仕掛けた方が勝算はあるだろう。それに、この不規則に時間をずらして攻撃を加えてくるのは、こいつらが考えて行動しているのか?
どちらにせよ、背後に何者かがいて指示を出していると考えるべきか)
迫り来るリザードマンを細切れにしながら、優人はあれこれ思案する。
「優人!!」
背後から聞こえて来た声に反応すべく周囲の敵を一掃していると、彼の所へセシリアが駆け寄ってくる。
「どうしました?」
「このままでは埒が明かない!!
騎士隊で敵の本陣を叩こうと思う、優人もついてきてくれて!!」
恐らく彼の異様なまでの戦闘力の高さを買って出たのだろう、セシリアが攻撃を防ぎながらそう彼に告げる。
「わかりました、なら急ぎましょう」
このままでは先に進まないという事は彼自身も感じていた為、優人はセシリアの提案に応じた。そうして目の前の敵を細切れにしながら騎士隊と合流し、敵の本陣に向かって走っていく。
「グァッ!? …………ガァァァ!!」
敵はこの事を予測していなかったのか、慌ててその場の全員で襲い掛かってくる。
「優人、相手の反応から見るにこの攻撃は予想外らしいな」
「みたいですね」
「となると、こいつらはやはり誰かの指示の元で動いていたと考えるべきか」
「だとしたら、これで終わりだとは考えられませんね。とりあえずここを殲滅して、一度体制を立て直しましょう」
「そうだな、皆速攻で終わらせるぞ!!」
セシリアが他の隊員に声をかけ、リザードマンに向かっていく。隊員達はそれに応じ、先程までよりキレを増した動きで敵を蹂躙していく。
「これは負けていられないな」
優人も『無名』を握り直し、迫ってくるリザードマンを全て細切れにしていくのだった。
それからリザードマンを全て倒すのに、数時間も掛からなかった。
「ウォォォォォッ!!!! 勝ったぞーーーーっ!!!!」
冒険者が次々に勝利の声を上げ、ある者は仲間と肩を組み、またある者は疲れたのかその場にへたり込む。
そんな勝利ムードの中、優人とセシリアの二人だけが顔をしかめていた。
「…………優人、どう思う?」
「何かあるのは確定でしょうね」
セシリアも優人も、リザードマンが来た方向に目をやりながら浮かない顔をする。
「軽く状況を整理しましょう。
まず、このリザードマンはこの周辺にはいないはず。それに、あの統率された動きは誰かの指示があって動いていたように見えた。となれば、裏で誰かが暗躍しているのは確かでしょう」
「ああ、そんなことをする奴がリザードマンの大群だけ寄越してくるとは到底思えないな。
だとしたら、この行動の裏には何が考えられる?」
二人はまた顔をしかめて黙り込む。と、優人が一つの可能性を提示した。
「………………囮、ですかね」
「ああ、可能性としてはかなり高いな。ここが囮だとしたら、南門の方を攻めるのが妥当だろう。
ただ、向こうに敵の潜伏出来る場所はないぞ?」
「だとしたら、相手の目的は南門を攻めることじゃない、そういうことになりますね。
となれば、別の場所を攻めるのが目的ですか?」
「いや、東も西もありえないな。
あんな大群がまた来たら、他の地域の連中が相手をしているはずだからな」
「となれば、残るのはここだけですが……」
「ああ、だがそれだと囮の理由が分からない」
「ユートー!! アタシを置いていかないでよ〜」
声がした方に向くと、ソフィアが飛んできた。
「ソフィア、家の戸締りはどうした?」
「んー? 魔法でどの扉も開かないようにしてきたから問題ないよー?」
(どんだけ魔法便利なんだよ……)
ソフィアの返答に呆れ返っている優人に、セシリアが不思議そうな表情のまま話しかけてくる。
「優人、そこに何かいるのか?」
「あーそうか。ソフィア」
「はいはーい」
優人はソフィアに『反照』を解除させる。セシリアはソフィアの事を知っていたのであまり驚かなかったが、周りにいた隊員がざわめいた。
「てゆーか、ユート達この数のフレアリザードマンを相手にしてたの? よく生きてたよね〜」
「ま、こんだけの人数いてたら負けないだろ」
「いやいや、そーゆー事じゃないって〜」
「ん、どういう事だ?」
「何言ってんの、知らないの?
フレアリザードマンを殺しすぎたら――――――」
「―――――――――はっ!?
まさかドラゴンナイトかっ!?」
ソフィアと優人の会話を聞いていたセシリアが、驚愕のあまりつい声に出してしまう。
「なんだ、セシルは知ってたんだね〜。
じゃあ、この後どうなるかも分かってるでしょ?」
「いや、しかしあれはただのお伽話だったはず………」
「何言ってんの、実話に決まってんでしょ〜」
「なっ!?」
ソフィアの発言に、セシリアがさらに唖然としてしまう。
何を話しているんだ、と優人が首を傾げているそんな時だった。
「おい、あれ見てみろよ…………」
「っ、マジかよ!!?」
「何だよあれ!? 見たことねーぞ!?」
冒険者達が一斉にざわめき立ち、リザードマン達のいた方角から不穏な音が聞こえてくる。そうして空から降り立ったのは、白銀の剣と盾を手に構え背から大きな翼を生やした苔色の蜥蜴。その体格は人間の中でも一際体格の良い男ですら顔負けする程に逞しく、それが更に大きな威圧感を生んでいた。正しく化け物である。
「あ、本当に来たね――――――って多っ!!?」
「おいソフィア、あれは強いのか?」
「強いなんてもんじゃないよ〜?
あれは一匹一匹がS級超えの化け物だからね〜」
「なっ!?
―――――――――優人、私はどうしたらいい!?」
さすがの異常事態にセシリアも戸惑いを隠せず、つい優人に頼ってしまっていた。だが戸惑っているのは優人も同じで、思考回路が中々追いつかない。
そうしてその場にいた全員があたふたしている間に、数百ものドラゴンナイトが横に広がって立ってしまう。
「セシリアさん」
「優人、どうした?」
「セシリアさんは優秀な指揮官です」
「なっ、何を急に言い出すんだ?」
「数分なら稼げます。その間に体制を整えてください」
「ど、どうするつもりだ?」
「こうするんです」
優人は円弧状に広がっているドラゴンナイトに向けて、手をかざして呟く。
「―――――――――『無間』」
直後、冒険者達の目に映っていた化け物達が一瞬にして消え去ってしまう。
唐突すぎる状況に、ほぼ全員が言葉を失う―――ただ一人を除いて。
「ゆ、優人!! 何をしたんだ!?」
「魔法で亜空間に閉じ込めたんですよ」
「また合成魔法使ったんだね〜。
さすがユート、やる事がデッカいわぁ〜〜」
「ま、これぐら―――――――――」
言いかけたところで、優人は片膝をついてしまう。
「ちょっユート!? 大丈夫なの?」
「優人!? 何があった?」
「大丈夫だ、ちょっと疲れがな。多分、MPを半分使ったからだと思う。それよりセシリアさん、お願いしますよ」
「あ、ああ。多分大丈夫だ、任せておけ」
「なら俺は少し休ませてもらいます」
「ああ、ゆっくりしておけ」
セシリアが隊員を引き連れ、立ち尽くしている冒険者の方に歩いていく。
しかし、そんなに事が上手くいくはずがなかった。バリッという乾いた音が大きく響いたかと思うと、空に有り得ない光景が映っていた。
「おい!? 何だよあれ!?
空間にヒビが入ってるぞ!?」
「もう何がなんだかわかんねぇよ…………」
空間に突如として出現したヒビ。まるでその空間が窓ガラスに描かれていたかのように不規則な割れ目が徐々に広がりを見せていく。
「なにか出てくるぞ!?」
そうして————————割れた。
「グァァ…………」
「優人!? 何が、何が起きたんだ!?」
「嘘だろ、こんな早く破られるなんて…………」
そう、優人の放った亜空間から一匹、この短時間で脱出してきたのだ。
見た目はドラゴンナイトそのものなのだが、体格は一回り大きく、両手には人より大きな剣が一本ずつ握られていた。
「……………………ドラゴン・ジェネラル」
「セシリアさん、知っているんですか?」
「ああ………お伽話で出てくる中で最強のモンスターだ。
私の知っている話だと、人類ではあれには勝てなかった」
「はっ、とんだ怪物が現れたって事ですか…………」
「アタシが知ってる限りでも、指折りの強者だね〜」
「グォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」
三人がそんなことを言い合っていると、相手も痺れを切らしたのか、咆哮をぶつけてくる。
「あれは俺が引き付けておきますから、セシリアさんはやる事をやって下さい」
「なっ、優人!?
お前一人で何とかなる問題じゃないだろ!?」
「……………………………………」
優人は何かを悟る目でセシリアを見つめ、口を開いて言葉を紡いでいく。
「誰かがやらないといけないんですよ?
それが出来るのは俺だけ、だからやるんですよ。
何とかなる、じゃないんですよ、何とかするんです」
「優人………………」
優人は『無名』を出現させ、前の敵に意識を集中させる。
「ソフィアはセシリアさんのフォローに入れ。
色々と知識を貸してやってくれ」
「ん、りょーかい〜。
――――――――――――無理はダメだからね?」
「わかってる」
「ちゃんと生きるんだよ〜?
あの子達を悲しませたら、アタシ怒るからね〜?」
「当たり前だ――――――約束してるから」
「そっ、じゃあ頑張っておいで〜〜」
そう言って、ソフィアは優人の頬にキスを落とす。
「お前、キス好きだよな」
「愛情の印だよ〜。ちゃんと受け取るのが礼儀ってモンだから、その点ではユートは合格だね~」
「ふっ………………行ってくるわ」
ソフィアなりの気遣いなのだろうと柄にもなく微笑むと、優人は全身に力を込め地面を思いっきり蹴り飛ばして走り去っていった。
2回目の緊急事態はリザードマン!!
その上位種まで現れて、優人達は――――――?
次回投稿11/13(日)13:00予定です




