70話
「…………………」
窓辺から遠くの森林地帯を見つめるラーダがいるのは、衛兵達の兵舎の横に建てられている王国第一騎士隊駐在所の3階の救急室。
本来ここでは応急処置や遅効性の回復魔法を安全に行うための空間であるが、今は謎の多い敵・魔族との交戦で負傷した者達の療養スペースとなっている。あの戦いとも言えない一方的な猛襲の場にいた者達が負った傷は精神的なものであり、通常の回復魔法では全く効果が出ない。唯一治す手段は精神を和らげる魔法を定期的に使用し、長期的に治療していく方法のみ。
「なぁクレーヌ。お前の状態が良くなるまで最低でも2ヶ月は掛かるらしいんだ。
長いよなぁ…………その間ヒマだろ、お前」
不意にクレーヌに話しかけるラーダ。だが彼女は返事をしない、視線はずっと天井に向けられたままである。
「………………クソッ!!」
ドンッ!!という鈍い音が、窓の縁に叩きつけられたラーダの拳の辺りから響いて来る。
彼の心は煮えくり返っていた。自分の大切な隊長補佐であるクレーヌや隊員達をこんな酷い目に合わせた魔族の事、彼女達をすぐに治療出来ないというもどかしい現状、そして彼女達を信頼しすぎた余りにこの様な惨状を生み出してしまった自分の不甲斐なさ。
特にクレーヌに関しては、彼女が幼い時から面倒を見ていたラーダにとっては娘同然であり、故に他の隊員達よりも掛ける思いは大きく、今回の件によってその分だけ彼の心を蝕んでいた。
「……………済まないな、クレーヌ。お前達。
隊長である俺が浅慮であるばかりに辛い思いさせちまって」
勿論それが他人から見ればただの偽善行為であるという事は分かっていた。
だから彼が今から話す内容は隊長としてではなく、ラーダという1人の男としての心境。
「俺は奴ら魔族が憎い、だがそれ以上に自分が憎い。
もっと思慮深く、強い力を持っていればお前達を救えたかもしれない、そんな事ばかり考えてしまうんだ。
情けないだろ?こんな奴が王国の一部隊の隊長を任されているんだ、世の中ってのは不思議なもんだと思わないか?
…………こんな事をお前達に言うと怒られるかもしれないけど言わせてくれ。
俺は、俺の私怨を晴らすためだけに魔族を倒す、お前達をそんな状態にした奴もだ。
だから俺がどんなに隊長としてあるまじき行為を取ったとしても、今回だけは見過ごしてくれ、な?」
そう言ってラーダはクレーヌや他の隊員達に順に目をやり、そして口元を緩める。
だが彼の目から窺える感情はもう既にその場にはなかった。
その日、街中を駆け回って復興作業に従事している残りの隊員達に置手紙を残し、ラーダは姿を消した。
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「……………で、話というのは?」
大体予想は付いていますが、と投げやりな感じで呟くのは眉間に皺を寄せたリア。その横にはニレ、ズィナミがソファに座っている。もちろんソフィアはリアの膝の上である。
「あ、ああまぁ既に知っているとは思うけど一応報告はちゃんとしておいた方がいいかな、と思ってな」
リア達の対面に座る優人がそう口にする。隣にはナナがいつも通り、いやいつも以上にニコニコして座っていた。
ふぅ、と短く息を吐いて平静を保つと、リアやニレに向かってその報告内容を話す。
「俺、ナナと結婚する事にした。
だからその、えっと…………」
こういう時なんて言うんだ?と頭を掻きながら唸る優人にふふっと微笑んだリアがフォローを入れる。
こうなる事が分かっていたのだろう。
「おめでとうございます、ユート様。
私は2人を心より祝福しますよ。
ナナも、漸くだねおめでとう」
「ありがとう!!リアさん!!」
リアに祝われたのがよほど嬉しかったのだろう、ナナは先程よりも満面の笑みで感謝を述べていた。
素直に祝いの言葉を口にしていたリアの反面、ニレはどこか不満そうだった。
「ど、どうかしたか?ニレ」
「朝早くから皆を集めて何の話かと思えばこれですか」
「に、ニレちゃん……?」
これはお説教が来るな、そう覚悟して肩を竦める2人だったが、ニレの口から出たのは意外な言葉だった。
「まぁ、あんなものを聞かされて見せられた後ですからね。
こういう話にならない方が不思議と言えば不思議ですね」
「に、ニレ?」
「いいですか!!」
「「は、はいっ!」」
「イチャイチャするのは自由ですけど、人様の迷惑だけにはならないで下さいね?
特にナナさんは!!」
「う、うんっ!…………って何でナナだけ!?」
そう言ってオーバーにリアクションを取るナナの姿のお陰で一斉に笑いが起きた。
もちろんニレだって2人を祝福したい気持ちは大いにあるのだが、そういう事には慣れていない為つい何時もの口調になってしまっていたのだ。それに気が付いていたのはリアだけだったので、ナナの言動には大いに助けられたと言うべきだろう。
「良かったね、ナナ。
これで当分ヤケ酒は飲まなくて済みそうだね」
「お前ヤケ酒なんかしてたのか………」
「ちょっとリアさん!?今言わなくたって────
ゆ、ユ-ト?違うんだよ?そんな事ほとんどしてないからね!?
週に一回しかしてないからっ!!」
十分だろ、とすかさずツッコミを入れる優人によって更に笑い声が大きくなる。
(……………イリスもこの場に居ればなぁ。
ダメだな、こんな事ばっかり考えるなんて)
笑いながらも優人は本来この場にいるはずの少女の事を気に掛ける、がすぐに思考を止める。
別にイリスが帰って来ないと決まった訳では無い、ただ一度実家に帰っただけである。
「あ、そーだ!!」
「どうした?ナナ」
「うんっ、今度2人でどこかに食べに行こうよ!!」
「あー、そういうのもアリだな。
………いいか?皆」
「もちろん、楽しんで来て下さい」「あまり騒がないで下さいね?」「アタシも行きたい~っ」『このバカの面倒はボクが見ておくよ』などと様々な返事を貰い、優人もナナも満足するのだった。
だが、その口約束が実現するには最大の山場を乗り切らなければいけない事を、この時は誰も知らなかったのだった。
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