67話
「─────ですから、あんな所でする行為ではありませんからね!」
「は、はい……………」
新国・アドゴンを出た優人達だったが、優人だけはすぐにニレのお説教が待ち構えていた。
ちーちゃんには優人、ナナ、イリス、リア、ニレと精霊達がギュウギュウで乗っているのだが、意外にもちーちゃんは余裕そうだった。
因みにマールは「報告があるから」と言って優人が眠っている間にルークラート王国に一足先に帰っていた。
「に、ニレちゃんユートには強いよね………………」
「そんなことありませんっ。
極めて常識的なお話をしているだけですっ」
「確かにこの中で一番の常識人ってニレだからね……」
「師匠、可哀想」
「自業自得ですっ」
心地の良い風に吹かれ、5人仲睦まじげ(?)に会話していると道の向こうに人影が現れる。
「ユート様、あれは……………」
「………………ちーちゃん、あの人の近くまで行ってくれ」
「がうっ」
元気の良い返事と共に走る速度が少し遅くなる。そうして少しずつ見えてきた人影の正体に、優人は顔をしかめてしまう。
そうしてその人の近くまでやって来ると、優人は皆を連れてちーちゃんを降りた。
すると優人達の気配に気が付いたのかその人が優人達の方に振り返る。
「やあ誰かと思ったら君達か。久しぶりだね」
「確かに久し振りだな」
「あっ、演説の時に意見していましたよね!!
かっこ良かったですよ!!」
「ああ、見ていたんだね。
恥ずかしい話だけど今思い返すと足が笑っちゃうんだよね……………
我ながらよくあの場で話せたと思うよ」
「………………」
ははは、と照れ臭そうに苦笑いを浮かべる彼・イルギスを優人は黙って見つめる。何事かとイルギスも優人の方を見ると、はぁと息を吐いて話し始めた。
「なぁイルギスさん、良かったらこいつのステータスを見てやってくれないか?」
「ちょ、ちょっとあなた何言ってるの!?」
「師匠?」
唐突に切り出された話題に、その場がざわついてしまう。何より一番驚愕の声を上げたのは、優人のその言葉の意味を良く知るアクエリアスだった。
「僕は構わないけど、いいのかい?」
「いいか?イリス」
「師匠が、そういうのなら」
「あたしは反対よっ!!」
「アクエリアス、お前の意見は聞いてない。
本人が良いって言ってるんだ」
「くっ………………」
苦虫を噛み潰したような声を出すアクエリアスを置いて、優人はイリスにステータスを開くように命じる。イリスは不思議そうな表情をしながらもそれに素直に従い、終わった事を目で優人に合図する。
「イルギスさん、こいつに触ってくれ」
「あ、ああ分かったよ」
こくりと頷くとイルギスはイリスの肩に手を置き、少女のステータスの最上欄から目を通していき──────すぐに絶句した。
「あ、アイリス?アイリスなのかい?」
「………………え?」
「僕だよ僕、って言っても物心つく前に家を出たから分からないのも無理はないか。
初めまして、アイリス。君のお父さんだよ」
「え、え?」
「しかし本当に分からなかったよ。
こんなにまで大きくなって─────」
「ま、まって!」
いきなりの事に頭が付いていけないイリスは、手で父と名乗る男の言動を制止する。
「ほ、本当に、お父さん?」
「ああ、アイリスと一緒の名前を持っているし、それに同じ森精族だからね」
「………………」
嬉々として話しかけて来る男性にイリスは気圧され────るのではなく、険しい顔を見せる。
だが父はその雰囲気に気が付かずに一方的に話し続ける。
「アイリスは今何をしているんだい?
見た所そこの人達と旅をしているみたいだから、冒険者か何かなのかな?」
「………1つ、聞いてもいい?」
「ん、なんだい?」
自分の娘に会えたからか陽気に返事をするイルギスをみて、俯くイリス。
そして俯いたまま、その重たい口を開いた。
「どうして、私を奴隷商に、売り払ったの?」
「…………え?い、一体何の話─────」
「とぼけないで。師匠に会うまで、私がどんな思いで、過ごしていたか、分かる?」
「え、え?」
「毎日毎日、冷たい檻の中で過ごして、『両親は居ない』と思って、お爺ちゃんに拾われるまで────」
「ま、待ってくれないかっ!?」
冷たい目で自分の事を睨む少女に怯んだのか、イルギスは慌てて彼女の話を遮る。
そうして彼が告げたのは、優人以外にとっては衝撃的な事実であった。
「アイリス、君はお母さんのアリアと聖浄の森の近くで暮らしているんじゃなかったのかい?」
「知らない。アリアって誰?」
「誰って、君のお母さんじゃないか」
「………知らない、そんな人一度も見た事も無い」
「アイリス、それは本当なのかい?」
「うん。物心つく頃には、奴隷商に、いた」
「一体どういう事だろう……………」
そう呟くとイルギスは一人ブツブツと考え事を始めた。
そうして考えが纏まったようで、イリスと優人を交互に見て
「僕はこれからすぐに家に向かおうと思う。
きっと何か情報が得られるはずだからね」
「そうか…………イリス、お前も行ってこい」
「えっ」「ちょっと貴方本気で────」
「ああもちろんアクエリアス、お前も一緒にな。
………………イリス」
戸惑うイリスを庇うように立つ水の大精霊を言葉で制し、優人は少女の肩を掴み諭す様に話し出す。
「お前はもう少し自分の事を知っておいた方がいい。
自分の為にも───────自分を生んでくれた両親の為にも、な」
「………………」
「別に嫌なら行かなくてもいい、でもこんな機会2度とないかもしれない。
…………………どうするか、決めてくれ」
優人は酷な事を少女に言っている事は分かっていた。しかしそれがイリスの為だと信じ、口を止める訳にはいかない。
イリスは暫く口を閉ざして俯いていた。皆が彼女に集中する中、とうとう重い顔を上げ、少女は結論を出した。
「…………分かった、行って来る」
「おう。…………って訳だから、イルギスさん、アクエリアス、イリスを頼む」
「もちろんだよ」「…………分かったわよ」
優人の言葉にイルギスは快く、アクエリアスは仕方なく、と言った様子で返事をし、3人は家に向かって歩き始めた。
「…………俺達も帰る、か」
「イリスちゃん、大丈夫かな………」
「大丈夫だろ、イリスは年の割にかなりしっかりしているからな」
「そう、だよね!」
「でも珍しいね~
ユートがあの子を自分から遠ざけるなんて~」
『そうだね、いつもあれだけ甘やかしているのに』
「イリスはまだ子供だ、親に会えたなら少しぐらい話をする時間はあっても良いだろ?
──────ニレも、その内な」
「…………はい」
ニレの頷きを確認した優人は一人、ちーちゃんの元に歩いて行く。
その目はどこか別の所に意識がある事を示していた。
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────コンコンッ。
三日月の空から降り注ぐ光が照らす部屋では、青年───御影優人は一人ベッド上の窓から外の庭を眺めていた。丁度彼の目が遠くの空に向いた時、部屋をノックする音がかすかに聞こえ、優人の意識はそちらに向く。
「ユート、まだ起きてる?」
「ナナか?入っていいぞ」
優人の部屋に姿を現したのは、自前の枕を抱えたナナだった。
ただ扉の所で何やらモジモジしていたので、そこは優人が手招きしてベッド上まで誘導する。
「どうしたんだ………って、聞くまでも無いか」
「えへへ………来ちゃった」
「来ちゃったって、お前なぁ………………」
彼女かよ、とツッコミを入れたかった優人だがそれが出来ない関係になっている為、可愛い自分の彼女の発言に照れるしかなかった。
「いいじゃん、もうナナ達そういう関係なんだしっ
それにね、今日はユートの話を聞きに来たんだ」
「俺の話?」
「うん………ユートがこの世界に来るまでの話」
「それは…………」
「…………分かってるよ、ユートがその事を話したくないのは。
昔に『ナナじゃ耐えられない』って言った事も」
そう言われて優人は洞窟で過ごしていたあの時を思い出す。
あの時からずいぶん時間が経ったなぁ、そんな感慨深い思いに思いに耽っている途中でナナが優人の服の腕部分を可愛らしくちょこんと摘まむ。
「でも今ならさ、ユートの話、ユートの体験してきた辛い事とかちゃんと受け止め切れると思うんだ。
だからさ…………お願い」
真剣な眼差しで優人を見つめるナナ。
大切な彼女と共に歩む事を誓い合った今日だからこそ、彼はそんな彼女の思いに応える、違う、応えなければならない。逃げてばかりではいけないのだ。
だから優人は自分の服を摘まむナナの小さな手を取り、暗くなる気持ちを抑えて自分の過去を語り始める。
「…………分かった、聞いてくれ。
俺が何をしてここに来たのか」
父と娘の再会に心を少し揺るがされた優人の元に現れたナナ。次回、ついに明かされる優人の過去とは…………?
次回投稿は8/20(日)13:00予定です。
※誤字脱字、感想等何でもお待ちしております(*^^*)
他作品も読んで頂けたら幸いです(*^^*)




