36話
「えーではここに署名を」
「リア、頼む」
「かしこまりました」
目の前に広げられている数枚の紙一つ一つに、リアの名前が書き記されていく。
「………はい、有難うございました。
では奴隷契約に移らせて貰いますので、契約主様は私と一緒に隣の部屋までご足労下さいませ。
お連れ様はここで待機して頂くことになりますが、宜しいでしょうか?」
「ああ問題ない、皆はここで待っていてくれ」
優人の声に反応して、間の抜けた声が返ってくる。
結局、優人達はあの女性・ブラスを買う事に成功した。
提示した金額が高額だったのと、彼女を嫌悪している人間が多かったのが相まって割とすんなり事が運んだ。
奴隷売買の契約取引を行う場所に来る前に一度だけ、優人とブラスは顔を合わせたのだが、彼女は驚いた様子を見せたがすぐに元の虚ろな目に戻ってしまった。
「では移動しますので付いて来て下さい。
先に奴隷は隣の部屋で待機させていますので」
隣の部屋では、リアと契約を結んだ時と同様、ブラスに自分の血を飲ませることで契約を完了させた。
「これで契約は完了ですね。
先程も言いましたが念のためにもう一度言っておきますが、彼女は国家反逆罪の罪人であるため、奴隷解除は十年経ってからでないと出来ませんので御注意下さいませ。
また、この奴隷に関して不祥事に対する責任は一切致しませんのでそちらもご理解の程よろしくお願いします。
では先程の部屋に戻りましょうか」
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「いやー、こんなに簡単に事が運ぶと思ってなかったよ~!!」
「これも、師匠のお陰」
「いきなりあんな大金叫ばれると思ってなかった…………
ユートさんってどれだけお金持ってるんですか」
「一生何もせずに暮らせるほど、じゃないかなぁ」
ブラスと取引を終えた優人達は、すぐに宿屋へと戻った。
奴隷契約を結んだ後からずっと無言だったブラスは、宿についても無言を貫いていた。
それ自体は別に問題は無かったものの、やはり身だしなみは整えた方がいいとのことでナナ達女性陣が彼女を連れて自室の更衣室で着替えさせた。
「しかしリアの私服がピッタリなのは助かった、一々宿を出て服買いに行くの面倒だからなぁ」
「買い物なら私が行きますよ?
何もユート様が出向く必要は無いかと」
「ああ、それもそうか。
リアが買ってくれた方が確実だな。
…………で、ブラスだったっけ?」
呆然としているブラスの前に座り、話しかけてみる。
「俺の事、覚えてるか?
この前村でぶつかった時に顔は合わせていると思うんだけど───!?」
優人が話題を振ろうとした時、突然ブラスの虚ろな目から涙が流れた。
「え、えっと何か嫌な事言ったか?
……ま、まさか俺の存在が嫌だったとか───」
「ちょっとユート様?
卑屈になってる場合じゃないですからね?
ナナ、イリス、ニレ、3人でユート様をお願い。
───えっと、どうかなさいましたか?」
自分が女性を泣かせてしまったと誤解し1人でテンパっている優人を3人が宥める。
そして何があったのかをリアが代わって尋ねる。
だが、返って来た言葉は余りにも悲痛なものだった。
「…………どうせ、どうせお前達も私を蔑むんだろ?
分かってるんだ、もう好きにしてくれ………………」
空気が凍った。
その吐き捨てられた言葉に、流石の優人もブラスの方に目をやる。
───が、優人は「動く必要はないな」と思い、自分を囲んでいた少女3人とその後を見守る。
「…………ブラスさん、顔を上げてください」
自分の名前が呼ばれ、思わずブラスは顔を上げてしまう。
彼女の目に映ったのは、まるで懐かしいものを見るような優しい目をした、自分より年下の女性の姿。
そして何を言われるのかと思うと、何故か自分の話をし始めたのだ。
「私は、今も昔もずっと奴隷メイドとして生きています」
「……………え?」
「初めて奴隷メイドとして契約を結んだのは6歳の時、相手は無口な30代ぐらいの男性の方でした。
私は主に他のメイドのお手伝いを命じられました。
他の奴隷メイドもいたので大した負担にはならなかったのですが、それでもまだ子供だったので少々のミスがありました。
すると、当時の主人は私を無言で殴ったのです、それも力一杯」
初めて聞いた、と優人は思った。
以前のグラシアの話は聞いていたが、それより前の話は詳しく聞いた事が無かったのだ。
そう思っている間にも、リアは話を続ける。
「その時私は恐怖でいっぱいでした。
『ミスしたら殴られる』、その事だけが頭を埋め尽くしました。
そして解雇されるまでの3年間、私は一度たりともミスをしませんでした。
精一杯努力しました、しかし解雇される時に言われたのです、『お前にはもう飽きた』って」
あまりに予想外で、悲しい話を聞かされたためかブラスは無意識に目を逸らしてしまう。
だがリアの話は続く。
「2回目に奴隷メイドとして契約を交わしたのは11歳の時で相手は小貴族の青年、少し痩せこけた方でした。
その時私はメイド経験があるという事で、他のメイドの教育係を命じられました。
しかし、教育するのは自分の倍以上の年齢の女性達、毎日がストレスでした。
それでも4年間は一生懸命に頑張りました。
何度も逃げ出したくなりましたし、自分の苦労を話せる相手も居なかったですけど、これが自分の仕事だと割り切って努力しました。
しかしその時の契約主は私に言ったのです、『お前にはもう興味を感じられない』と」
「…………そんな」
「そして3回目の契約を行ったのが17の時、相手はお金持ちのお嬢様でした」
「………グラシアか」と優人は体に力が入ってしまう。
「その時は少し安心しました、契約主が女性なら酷い事にはならないだろうって。
しかしそれは私の勘違いで、その方が今までで一番酷かったのです。
私は毎日の様に命令で辱められ、嫌と言うほど醜態を晒しました。
契約主は恥ずかしがる自分を見るのが楽しかったらしく、私の体を舐めまわす様に言葉通り全身隈無く見られました。
何度も逃げ出したい、辞めたいって思いました。
しかし命令でそんな事出来ないようにされていたので、私はただただ泣く事しか出来ませんでした。
それから2年と少しが経ったある日、契約主が私を突然解雇したんです。
その時私はやっと解放される嬉しさとは別に、なぜ解雇したのかという疑問が浮かびました。
そしてその事を聞くと、
『お前の体は見飽きた、もうそれ以上に需要がない』
って言われたんです。
泣きました、そんな理由で捨てられるのは自分を否定された気がしたからです。
それから、私は心を閉ざす様になっていました」
リアの話を聞いて感化されたのだろう、ブラスは俯いたまま握り拳を作って肩を震わせていた。
「でも、そんな私にもやっと報われる時が来たんです。
それが今の契約主───ユート様です。
ユート様は変わった方です。
何せ私と契約を結ぶ際に奴隷でない女の子を2人連れていたんです、しかも一緒に暮らしているんですよ?
さらに人間なのに精霊と精霊契約を結んでいるし、見た事もないような魔法も使うし、伝説級のモンスターも1人で倒してしまうし。
でも、ユート様は優しかった。私を大切に扱ってくれた。
それだけで私は心が満たされました」
リアはブラスの肩にそっと手を置き、語り掛けるように言葉を紡ぐ。
「貴女がどれだけ辛い目にあったかは分かりかねます、私は私であって貴女ではありませんから。
でも、それでもこれだけは言わせてください。
私の最も信頼するユート様が貴女に危害を加えたりなんてしません。
むしろユート様は貴女を救う事が出来る唯一のお方です。
だから、信じてくれませんか?」
あの昔話を聞いた後だからか、リアの言葉の1つ1つに重みを感じられる。
聞いている優人は凄く恥ずかしそうに顔を逸らし、ナナたちはその姿を見て微笑んでいた。
「……………………私は」
リアの言葉に答えるかのように、ブラスは口を開く。
「私は、助かったのか………?」
「ええ、助かりましたよ」
「…………信じていいのか?」
「もちろん、信じて下さい。
私の事を信じれなくても、ユート様の事は信じて下さい。
ああ見えてもユート様は『英雄』って呼ばれてますから」
「やめろよ恥ずかしい」と言う言葉が飛んでくるが、ブラスは目を大きく見開いて優人の方を見た。
「あ、あなたがあのルークラートの『英雄』………?」
「まあ、国民が勝手にそう呼んでるんだけどな」
「………本当に、私は助かったのか…………。
…………そうか、そうかぁっ……………」
涙でぐしゃぐしゃの顔を地面につけるかのようにうずくまったブラスは、ただひたすら泣き続けた。
しかしその光景を見て、彼女を卑下する者はいない。
皆が皆、自分なりの優しさをもって彼女と接するのだった。
リア~(涙)
本当に優人に拾われて良かった(..)
次回投稿は5/25(木)13:00予定です。
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同時掲載「死神が死神をやめるまで」も読んで頂ければ幸いです。
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