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歯車ハ動キ出ス

 ここに綴るのは何でもない。ただの一人の無力な男の話だ。読者諸君にはとつもなく面白味のない話かもしれないが付き合っていただこう。これは俺が俺になるまでの俺と言う男の物語。

 何の変哲も無い普通の一般高校生であった俺は死んだ。だが目が覚めた。目が覚めないと思っていたのに目が覚めた。

 幽霊になったわけでも、ゾンビになった訳でもない。俺という自我を持ちながら目が覚めた。


「………」


 最初は何の冗談かと思った。いや、冗談では済まされない。確かに俺は昨日、トラックに轢かれそうになった少女を助けて死んだ。彼女の代わりに死んだ。それは間違いない。

 だが、目の前に広がるのとてつもなくだだっ広い草原。草に包まれた大地が目の前に広がるのみであった。

 勿論、トラックに轢かれたのはこんな綺麗な場所ではない。コンクリートジャングルの道路だ。


「……はっ。ここが地獄ってか?」


 ヨロヨロと自分の四肢があるのを確認しながら俺は立ち上がった。立ち上がって周りを見回した。何かがあるわけでもなく、本当に草しかなかった。

 とりあえず、適当に歩いてみることにした。だが、数時間歩いても見えるのはこれ以上歩けないと疲れて寝転がる俺の未来だけであった。

 予想通り、俺は倒れるように後ろに倒れて空を仰いだ。綺麗な空だ。雲が無く、まるで異次元にでも来た感じだ。


「間違ってないよ。ここはアナタの世界とは違う」


 唐突に視界が何者かに遮られた。俺の顔を覗くように一人の女が俺の頭の傍に立って俺の事を見下ろしていた。その顔には見覚えがある。昨日俺が助けた女だ。


「……」


 だが、一つ違うのは、大きく違うのはその姿だった。

 下半身が巨大な蜘蛛だった。


「何よ。この下半身に興味あるの?」


「そりゃぁもう興味津々だ」


「触ってもいいのよ」


「触ってもいいのか」


 こんな非常識な事態に順応している自分に呆れている自分が居る。

 お言葉に甘えて黒く艶めかしい蜘蛛の部分に撫でるように触れた。


「綺麗だな」


「……そう。アナタはそう思うのね」


「あぁ、人のそれとはまた違う輝きを持っている。綺麗だ。それよりこの世界について教えてくれないか」


 俺がそう問いかけると女はその場に座り大きな世界地図を取り出した。

 そして今いる場所を指さし喋り始めた。


「私たちが今いる場所はこの始まりの草原と言う場所よ。そして、ずぅっと西に向かうととある王国があるわ。この周辺では一番大きな国ね」


 どうやらこの世界には色んな国と色んな種族があるらしい。まず人、そして獣人、有翼種族、悪魔。

 それぞれが数個の国を形成し、仲間同士で争っているらしい。その中で一番巨大な勢力は人、次に悪魔、有翼種族、獣人の順番との事だ。


「そういえば、名前を聞いていなかったな」


「今更ね。私はメリーよ。メリー・ブラッド」


「俺はアリス・レイヴン。よろしくな」


 俺はメリーと握手をしてこれからどうするかを相談しはじめた。

 聞くと、俺がこの世界に来たのは何かをするためらしいがそれをメリーに聞いても首を横に振るのみで何もわからなかったが、今はこの世界を旅をするのもいいとも思える。


「じゃぁ、まずは服装を何とかしないとね。それは目立ちすぎるわ。後は、武器。この世界じゃ背中から襲われて怪我をしても警察なんてものはいないし、法律なんてモノもない。この世界じゃ自分を守ってくれるのは己自身と信頼できる仲間だけよ」


「物騒だな。武器か……これなんてどうだ?」


 ポケットにたまたま入っていたカッターナイフを取り出してメリーに見せた。


「そんな小さなモノで剣や槍に勝つつもり?」


「それは無理だな」


 なら、早くどこかの国に向かうとしよう。俺がこのカッターで自害する前にな。


「じゃぁ、北に向かいましょう。北には他種族の国があるのよ。私みたいなどの国にも受け入れて貰えなかったモノが集まる国があるの。そこで準備して旅を始めましょうか」


 早速そう決まると、俺は北に歩き始めようとするとそれでは遅いと言いメリーに背中に乗せられた。


「早いな」


 大きな八つの足で歩くと流石に一歩一歩が速くて二本足の俺よりかは遥かに早い。

 メリーの腰は蜘蛛の大きなモノで、乗り心地は意外と良い。それ所か寝れてしまう。ウトウトする俺を見てか、メリーの足取りはゆっくりなモノになり、まるでゆりかごで寝ているようで俺は完全に寝てしまった。


「……おやすみ……アリス……これからアナタにはとてつもなく険しく辛い道があるわ」



 俺が目を覚ますと草原はとっくに抜けていて岩が凸凹と足場が悪い山岳地帯に入っていた。

 メリーは俺が起きたのを確認すると一度立ち止まった。


「おはよう。まだ寝ててもいいのよ」


「んー、これ以上寝たらお前が暇になるから寝ないぜ」


「あら、嬉しいわ。それじゃ行きましょう」


 再び歩いていると、メリーの歩く速度が速くなっていることに気付いた。


「どうした」


「……後ろに三、上に五、左右に六ずつ。馬の蹄が地面を蹴る音が聞こえるわ」


「なるほど……囲まれたか。メリー、今はお前に頼るしか出来ない。俺の事は気にしなくていいぞ」


「……そう。じゃぁ、振り落とされないよう捕まっておきなさいな!!!」


 そう楽しそうに叫ぶと素早く体を反転させて後ろに走り出した。

 俺は振り落とされないようメリーの腰に手を回してしがみついていた。


「居た! メリー、やっちまえ!」


「任せなさい!」


 すぐに三人の馬に乗った男たちが見えた。

 メリーは四対の足を巧みに操り、男達を馬から叩き落としていった。


「ぐぁぁっ!!」


「ば、化け物だ!!」


「殺されちまう!!」


「……」


 メリーは無言で自分が叩き落とした男達を近くで見下ろしていた。


「化け物ね……ふふ、よく言うわね。アナタ達、見たところ盗賊か何かなのだろうけど、アナタ達が襲った人達はアナタ達が化け物に見えたでしょうね。殺して壊して奪って。自分の番になれば命乞いかしら? 笑わせてくれるじゃない。そう、私は化け物よ。だから殺す事に躊躇いがないし、殺されるのも仕方ない」


 メリーの鋭い足は男達を貫き、それを投げ捨てた。


「メリー……」


「アナタはこんな女嫌でしょうね。人が簡単に殺せる女なんて、旅のお供はドジっ子で可愛らしい少女がよかったでしょう?」


「いんや、俺はそんな萌豚と一緒にするな」


「萌……豚?」


 おっと口が滑った。


「とりあえず、俺は気にしねぇよ。人が目の前で死ぬなんざどうって事ねぇよ……俺の場合はな。ほらさっさと行くぞ! まだまだ居るんだろ」


「ええ。行くわよ」


 その後、俺達を追っていた盗賊達は皆、メリーの足で殺されてしまったのだ。勿論、俺は何とも思っちゃいない。それどころか称賛に値する。

 彼女が居なかったら俺は死んでいただろうな。


「……アナタ変わってるわね」


「変わってる?」


 藪から棒にメリーがニヤニヤと笑いながらそんな事言い始めた。俺は首をかしげながら相手を、相手に乗りながら見つめた。


「えぇ、普通の人間が、それもこの世界の人間じゃないアナタが、私を見て、私の所業を見て驚かない所か一緒について来るなんて……って思ってね。おかしな人だわ」


「まぁ、こう見えて一度死んだ身なんだ。他人が殺される所を見てどうって事ねぇし、何も思わねぇよ」


「ほんとに変わっているね」


 日が落ちてきた為、今夜は山岳地帯の出入り口付近で寝泊まりすることとなったのだが山岳地帯と言う事もあってか少し肌寒い。

 たき火をしているがどうにも慣れない。そう思いながらたき火の前で足を組んで体育座りをしているとメリーがどこから手に入れてきたのか鳥を持ってきた。


「今日のご飯よ」


「おっ、すまねぇな」


 どうやらメリーは家事も出来るようで羽を綺麗に毟り取ると足で一口サイズに切り刻んでそれを今日の昼頃襲ってきた盗賊の粗悪な剣に刺して焼き始めたのだ。


「器用だな」


「一人で生きているとこんな事ばかり得意になっていくのよ」


「へぇ……まぁでも俺としてはありがたいけどな。料理っていうか、俺不器用だしさ」


「ふふ、そうみたいね」


 美味い肉を食べた後は寝るだけだった。


 朝早くに起きて移動した俺達は山岳地帯を抜け、待ち構えていたのはうっそうとした薄暗い森であった。

だが、この森はどうにも変な感じがする。何かが纏わりつくような、そんな不愉快な気分になってしまう。まるで幽霊か何かに憑りつかれたようだ。

 メリーも警戒しいているようで非常にゆっくりとした慎重な足取りで森の中に入っていった。


「メリー、なんか……変な感じじゃないか?」


「あら奇遇ね。私もそう思っていた所よ。魔物かしらね。それもゴースト系の」


「幽霊?」


 俺はゴースト、と言う言葉に身構えた。いや、別に何だ。怖いと言う事ではない。ガキじゃあるまいしよ。


「怖いの?」


「はあ、はぁ!? 怖くねぇし! んな訳あるかよ」


「へぇ……あ、あそこに人影が」


「!?!?!?!?!?!?」


 俺は咄嗟にメリーの腰に手を回して抱き着いてしまった。

 怖いわけじゃない。


「……本当に怖くないの?」


「……怖くねぇし」


「……あっ、今声聞こえなかった?」


「やめろよ! 怖いだろうが! あっ……」


 しまった。口が滑ってしまった。

 俺の顔をニヤニヤといやらしい顔で見るメリーの顔が憎たらしい。


「怖いんだぁ……へぇ、ふふふ」


「……悪いかよ」


「可愛いなぁって思ってね」


 俺の顔はまるでトマトのようになっていただろう。元の世界にもここまで俺がうろたえた事のある奴なんていない。何故だか、メリーにはついつい素直になってしまう。まるでなんでも見透かされているようだ。


「あーもう! 早く抜けるぞ………メリー」


「とっくに気付いてるよ。何か居るわね……」


 立ち止まり、辺りを見回す俺とメリーの背後から一つの声と共に剣が襲い掛かってきた。


「はぁ!」


「あ、そこぬかるんでるぜ」


「え、きゃぁ!?」


 壮大に転びながらピンク色の可愛いパンツが見えたのは黙っておこう。

 メリーの足元で転んでうつ伏せになったままシクシクと泣いていた。


「えっと、どうしたのかしら」


「ぅぅ……こんなはずじゃ……クッ殺せ」


 おいおい、どこの女騎士だよ。

 メリーから降りて転んでいる相手を起き上がらせた。


「大丈夫か?」


「あ、どもども……じゃなくて! 金目のモノ置いていきなさい!!!」


 スカートが捲れあがっている状態で剣を俺に突き付けてそう凄んでいるがピンクの下着のせいで全く怖くないのだ。それを口に出して言ってもいいものか、悩まれる。だが、ピンク、似合っていないな。どちらかと言うと水色と白色の縞々の方が似合うと思うのだが、そこの所、読者諸君はどうだろうか。


「……その下着、似合ってないわよ」


 あ、こいつ言っちまった。


「え、あ!? み、見たわね!! お金払いなさい!!」


「んだよ、見られるのが嫌なら穿かなきゃいいだろうがよ。そんな色気もクソもねぇ下着なんざ見たくもねぇ。見てやってんだから金払え」


「な、なにをーー!! 失礼にも程があるわよ! もういいわ! 怒ったわ! これでもくらぇ!?」


 女が剣を抜こうとしたその時、メリーの足が彼女が剣を抜くより早く相手の首筋に突き付けられていた。勿論、俺は相手が死のうがどっちでもいい。


「……興が殺がれたわ。行きましょ。アリス」


「お、おう」


 メリーは機嫌が悪いのか俺を乗せたまま少し雑に歩いていた。いつもの安定した足取りではなく少し、なんというか乱暴だ。

 無言で歩いているメリーを背中から頭を撫でた。


「どうしたんだ?」


「…………」


 最初は無言で何も言おうとしなかったメリーだが少しすると口を開き愚痴を零した。


「……あの子の目が痛かったの」


「……なるほどな」


「私とアリスを見る目が明らかに違うわ。私達化け物はね、視線には敏感なのよ」


「でもよ、お前。仲良くしようとしてたんだろ?」


「何故そう思うの」


「憶測だが楽しそうだったからから?」


「……半分正解、半分間違いって所かな」


 メリーは森を少し進んだ開けた場所で立ち止まった。

 そして、こちらを向いた彼女の顔は笑っていた。素敵な笑顔で。


「あの子なら、なんとなく受け入れてくれそうな感じだったからね。アナタと出会って少し変わってしまったのかもしれないわね。他の人もアナタと同じようにしてくれるのではないかと期待してしまうわ」


 俺は相手の顔を見て特に言える事はなく、こればかりは今まで生きてきて味わった体験が違うのだから何も言える訳がない。それに気にするな、なんて甘ったれた安いセリフはメリーには通用しないのだろう。

 だから俺は何も言わない。その代り頭を撫でた。無言で、静かに、ワシャワシャと少し強めに。


 彼女の顔は穏やかなモノへと変わっていた。

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