ラブカクテルス その42
いらっしゃいませ。
どうぞこちらへ。
本日はいかがなさいますか?
甘い香りのバイオレットフィズ?
それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?
はたまた、大人の香りのマティーニ?
わかりました。本日のスペシャルですね。
少々お待ちください。
本日のカクテルの名前は風の便りでございます。
ごゆっくりどうぞ。
僕はある日、風に吹かれて飛んできた一枚の紙切れを拾った。
足に張り付いたその紙を何気なく見てみると、なんとそこには見たこともない美しい写真があり、僕はそれにしばし魅とれた。
しかし、それが何なのかが書いてある、肝心な部分は破けていて、それの名前すらわからなかった。
だがその紙の残っていた部分には、きっとそれがあるだろう場所の地図が描かれていた。
僕はそこがどこだか知ってる。
その地図の場所は、誰もが目指して止まない聖地、シャングリラだった。
しかしながら、そこに行くと言った者は、誰一人として戻っては来ない。
そこは、それ程の難所なのだった。
たが僕は、その写真に映る美しい物が実際に見たくて見たくて仕方がなくなってしまった。
命を落とすほどの冒険か。
僕は呟き、その手の中にある紙切れを少し震える手で折りたたみ、ポケットに押し込んだ。
僕は計画を練る傍ら、旅の支度を始めた。
そんな中、食料調達のついでに、村一番の物知りな、ジジさんのところを訪ねた。
ジジさんは僕に、本当に旅に出るのかと聞いてきたが、僕はうなずく返事以外は何もせずに、その代わりに例の紙だけを見せた。
すると、それを見たジジさんは、驚いた度合いが凄かったらしく、しばらく口を開かず、やっと発した言葉は震えていて、これをどこでと、聞くのが精一杯といった顔をした。
僕は風のいたずらで手に入れ、それを探すために旅に出るのだと言った。
ジジさんは、もしそうなら大変な旅になると言った。
そして、金儲けのために、それを探す輩が多くいて、しかもそいつらときたら、かなりの野蛮人としても有名で、そんな紙なんて持っていたら捕まって、何をされるか分からない。だから気をつけろと言った。
ジジさんはそれ以上は何だか具合が悪そうになり、何も語らなくなった。
僕は小さく礼を言うと、紙をまたポケットに押し込み、表に出た。
旅の支度が整い、僕は地図を片手に、誰にも知られることなく村を出ることにしたのだった。
朝日が、日の光が向かう先の山から登る。
僕は不安と期待のせいか、朝方の寒さのせいか、背筋にくるギザギザな感触を背中に受けながら、その先を急いだ。
しばらくして、きっと昼くらいの時間になっているだろう頃、辺りの景色は岩場になり、足元はいよいよ険しくなってきた。
僕は空腹を不思議と感じずに、歩を進めていると、ある高くそびえる岩の上から、誰かの呼び止める声がしたので立ち止まった。
振り返って岩を仰ぐと、そこには太陽を背にした何人かの人影が見え、やがてそれらは砂埃をあげて僕の方に近づいてきたのだった。
僕は絶対ポケットの紙を取られないように気を張った。
奴らはジジさんが言ったのと違って、親しそうに僕に話し掛けてきた。
僕は何の用かと、慎重になって、トラブルの時のために用意していた銃に、奴らに気付かれないよう手を掛け、もしもの時に備えた。
奴らはこの先を進むなら、用心棒が必要だから自分達を雇えと言った。
僕は当然断ると言うと、それならば通行料を支払えと、かなり無茶苦茶なことを言ってきたので、僕は笑ってしまった。
奴らも笑う。
僕は思った。どうしたって多勢に不勢だ。まともにやったらタダでは済まないだろう。
どうする?
僕はやはり銃を使うしか手は無いと覚悟を決め、奴らの前にそれを突き出そうとした。
次の瞬間、奴らは悲鳴を挙げて逃げ出した。
僕はそれがなぜだか分からずにいると、だんだんと僕のいる周りの色が、全て黒に飲み込まれていくのが分かった。
僕は後ろを振り返るが、そこには何もいない。それもそのハズ。
それは空から近づいていたのだった。
しかしそれに気付く頃には僕は、あっと言う間に空へ連れ去られたのだった。
その時の衝撃はあまりに強く、耳がやられてしまったようだが、何とか見上げたそこには、僕を掴んだ足が、そして巨大な鳥が、かん高い奇声とも言える鳴き声を響かせて、羽ばたいていたのだった。
僕は自分がどうなってしまうかより、どこに行くのかが気になり、強い風に耐えながら地上の風景を頭に焼き付けた。
僕は半ば気を失いかけた頃、その化物はやっと下降を始め、クルクル回りながら下に見えた山の峰にある、高く太い木に留まろうとしているようで、近づくにつれ、そこには化物の子供が大きな口を開けているのが分かった。
僕はやっとの想いで銃を握り締め、もう少しで餌にされる手前で、化物に三発、その子供達に一発づつ発泡して、その巣から転がって落ちた。
僕はあちこちの枝に身体をぶつけて、それがクッションになったせいで、何とか生きているようだった。
フラフラした身体を起こして辺りを見回すと、そこにはかなりの数の人の骨が散らかっていた。
きっとあの化物の仕業に違いなかった。
僕は身体を引きずりながら、なるべく身を隠せる所を探してさまよった。
僕の記憶が正しければ、紙切れにある地図の示す地所はそれほど遠くないはずだった。
僕は地図を広げて、磁石を頼りに目的地になる洞窟を探した。
相変わらず何も聞こえなくなった耳が痛み、それを押さえながら。
僕は上を警戒しながら歩きに歩いて、やがて夜を向かえることになった。
化物のおかげで服は破けて、持ってきていた防寒具も無くし、山の冷え込んだ寒さに、寝るな寝るなと歩き続けるしかなかった。
しかし僕は後悔してはいなかった。
これほどの困難な状況になろうとも、僕の頭には例の写真が焼き付いて離れずに、それが今の僕を動かす力となっていた。
しかしそろそろ限界なのかもと、弱気になっていたのも事実だった。
そうした中、夜が明けようと、日の光が頭を出して照らしだした先に、自分の胸くらいまで生い茂る草の向こう側の隙間から、洞窟のような穴があるのが分かった。
僕はしばらくそれを、ぼーっと見ていて、今自分が探しているそれにたどり着いき、目の前に現れた実感が沸かずに、立ったまま表情も変えずに止まっていた。
それでも体が先に反応したらしく、草を掻き分けて進むうちに顔が自然とほころんだのだった。
それを目の前に立ち、中を覗き込んだ。
意外に中は明るく、そして狭いが、しかし温かいことに驚き、その肌が感じる嬉しい感覚に、足は戸惑いも見せずに中へと踏み出した。すると、何か、赤い点が僕の身体の中心に浮き出て、次の瞬間、激しい痛みがその点を中心に広がり、僕はその場に倒れた。
激しい痛みがする場所を押さえて声も出せない僕を、何かが持ち上げたかと思うと抱えて、どこかに運んでいくようだった。
僕はされるがまま、抵抗も出来ずに、ただどうなるかを待つしかなかった。
どうやら僕は、洞窟の奥へと運ばれていて、そのうち細く、低く、狭い洞窟はだんだんと拓けてきて、天井も高くなった空間へと変わり、ドーム状に似た不思議な空間になると、僕は感情も感じられない動きで、いきなり投げつけられて地面に仰向けになり、転がるように倒れた。
その何とも言いようがない不思議な空間の、無意識に見てとれる天井は青く、何か白いものがフワフワと、流れるように浮いていた。
きっと本能的だと思うが、それがとても気持ちよく思え、大きなため息とともに、なぜかほっとする気分になった。
意識はだんだんと薄れていき、そのせいで体から痛みは感じられなくなっていた。
でも、鼻だけはまだ能力を失ってはなく、今までに嗅いだことがない香りに、それがする方に残りの力を首に集中させて、頭を動かしてみた。
霞む目のピントを何度も何度も調整して、それを見ると、そこにはあの写真にあった、まるで濁った太陽の光を洗い流して汚れを落としたような美しい色の、見た目がなんだか柔らかそうで、ヒラヒラしたその小さく儚い姿、それがとても細い生命力に溢れる色の長いの首に不安定に乗っかり、そして地面から生えた何枚もの鳥の羽根のような足元は、まるで両手の手の平を合わせて、大切な大切な宝が落ちないように、優しく優しくその命を見守るように、しかししっかりと、生えているのが分かった。
写真を見た時から植物だとは思ってはいたが、そこら辺にある茶色の草とは明らかに違う輝きを放ち、静かに、ひっそりと、しかし美しく存在している。
きっと僕の命はもう幾らももたないだろうが、まぁいい。
こんな美しくものが見れたのだから。
僕は手を伸ばし、それに触れようとしたが、少し腕を動かして、僕は生き絶えたのだった。
植物管理ロボットは、倒れた人間の横に、それが入るだけの穴を掘っていた。
そして、これでまた、たんぽぽの数を殖やせる。しかし人間の死骸がこんなにもイイ肥料になるなんて。と透明な頭の中にある思考回路にあたる幾つもの赤や青のセンサーに光を走らせて、思うのだった。
もともと植物園だった栽培ホールは、そんなことにはお構いなく、人工に作られた青空の下、今日も植物に最適な環境を維持していた。
でもこの世界から花を無くしたのは人間だ。
自業自得と言えるのかも知れない。
ロボットはそんなことも思いながら、その作業を終えると、さっき死骸のポケットから取り出しておいた紙切れを、洞窟の外の風が強く流れる場所へ持って出ると、見送るように風に乗せて、それを飛ばしたのだった。
紙切れはヒラヒラ風に運ばれ、また町へと戻っていった。
おしまい。
いかがでしたか?
今日のオススメのカクテルの味は。
またのご来店、心よりお待ち申し上げております。では。