第三話「ヒーロー?」
先ほどの戦いの後、天は変身せずに体力の回復を待ちながら、愛香とゆっくりと線路沿いを歩いて目的地へと向かっていた。
林の中に有る高架下に身を潜め、彼等は愛香の祖母の家まであと少しという所へ来ていた。
「この辺りかい?」
「うん、もう少しでお婆ちゃんの家の筈だよ……」
「お婆ちゃんの家に着いたら今日のことは忘れて、その能力も使わずに生きていった方が良い」
「……えっと、分かった」
先ほどの戦いの後、二人の間には気まずい空気が流れていた。
天は自分が愛香に恨まれているだろうと思い込んでいたし、愛香は天を傷つけたことを気に病んでいたからだ。
「タカシお兄ちゃん……」
「どうした?」
「背中、大丈夫?」
「ん? ああさっきの奴か。もう痛くないよ。お兄ちゃんは丈夫だからね」
本当はまだ背中に痺れるような痛みが残っている。
だが天は彼女を不安がらせたくなかった。
「大分歩いたし、おんぶでもするかい?」
「良いよ、子供っぽいし……」
「何言ってるんだ。子供っぽくするのも子供の仕事だろ?」
天は屈んで背中を見せる。
「まったくもう……ここで断ったらタカシお兄ちゃんが恥かいちゃうじゃん。仕方ないなあ……」
彼女は渋々天の背中に身体を預ける。
「おぅ、これはありがたい。恥ずかしいお兄さんにならずに済んだよ」
機械に限りなく近づきつつある天の身体は、限界を超えるまで彼の意思のままに動き続ける。
たとえ、彼女を背負った時に激痛が走っても彼は顔色一つ変えずにいることができた。
彼は立ち上がり、また歩き始めた。
「おんぶしてくれると……楽だね」
愛香の張り詰めた声の調子も優しいものに変わっていく。
「疲れていただろう?」
「うん」
「眠いか? もう夜遅いどころじゃないけど、まだ眠らないでくれよ。道が分からなくなる」
「タカシお兄ちゃんったら……それくらいわかってるって。疲れているけど……」
彼女は一つ大きく欠伸をする。
天は彼女のリラックスした姿を見て心を和ませる。
「けど?」
「別に眠くなった訳じゃ……あっ」
愛香の表情がパッと明るくなる。
「あの駅、暗いけれどもあの建物見たことあるよ!」
遠くの方にある駅の灯を指さして彼女は笑顔を浮かべていた。
「そうか、良かった……」
天は自分の心の底から、今までに無い喜びが溢れてきているのを感じ取っていた。
それは彼が自分の感情のままに暴れた時とは別の、もっと心が穏やかになるような快感だった。
彼はそれが不思議だった。
偶々遭っただけの子供を助ける為に、思わぬ所まで深入りして、人殺しにまでなってしまった。
なのに、彼の心には今爽やかな風が吹いている。
輝憶を与えられなければ、鬱屈した思いを抱えたまま、そこそこ平穏に幸せに生きていただろう。
だが輝憶を与えられたからこそ、今の自分は納得を手に入れて、波乱の人生に突入している。
天は今の自分の心と自分の現状に大きな混乱を覚えていた。
「お兄ちゃん、もう大丈夫だよ。あそこまでなら歩けるから」
「…………」
「お兄ちゃん?」
天は高架下の柱の影に隠れてからしゃがみ込む。
「愛香ちゃん、一旦降りてここで隠れていてくれ。敵が来ている……多分二人、おそらくあっちの林の影だ」
「分かった」
愛香は彼の背中から降りる。
天は心のなかで静かにため息を吐くと、精神を集中し、異形の装甲を身に纏った。
最初、天は物陰から相手の様子を伺っていた。
彼の持つ『第六感』が敵意を持つ者の所在を的確に告げている。
天は隠れている何者かの頭上を掠めるように右腕の主砲を放つ。
爆音の後、射線の上に有った木々が何本も倒れた。
「そこに隠れている奴。次は当てる。お前が何者か知らないが、俺の主砲を喰らって無事で済むとは思うなら、そこで大人しく砕けて消えろ」
「お兄ちゃん!?」
天の容赦無い態度に愛香は驚いて声を上げる。
だが彼は彼女の安全を考えて、愛香に大人しく隠れているように命じることにした。
「愛香ちゃん、少し静かにして隠れていてくれ」
彼女は少し迷った後、静かに頷くと柱の影に大人しく隠れる。
しばらくすると、一人の少年が林の奥から顔を出した。
彼は余裕有りげな微笑みを浮かべたまま、こちらに堂々と近づいてくる。
「お前だけじゃない。もう一人居るだろう?」
「それはどうかな? 言えないなあ」
少年は道化のようなわざとらしい仕草で肩を竦めて首を振る。
天の頭の中でまた『第六感』が囁く。
彼は咄嗟に背後に向けて左腕にマウントされた機銃を放つ。
すると愛香から十歩も離れていないところで弾丸が何かに当たり、少年と良く似た顔の少女が悲鳴を上げて地面に転がり、煙となって消える。
それを見た少年の顔から余裕が消える。
「お前も死ねっ!」
続いて天が少年に向けて主砲を構える。
「お断る!」
彼は咄嗟に木々の影に飛び込むことで天の放った76.2mm主砲を躱し、天達が身を隠す柱の一つ向こうの柱の影へと移動した。
「お前達、何者だ」
天は柱と自分の身体で愛香をかばうような立ち位置へ動く。
「転生者犯罪を取り締まる自警団『ひまわりの家』よ。どうもこの町で暴れている転生者が居るって聞いたから派遣されてきたんだけど……貴方みたいね」
どこからか聞こえるのかも分からないような少女の声が天の耳に届く。
天が周りを見渡してもその声の主が居る場所は分からない。
柱を挟んで向こう側に居る少年の場所はわかるのに、もう一人と思しき少女の居場所だけは掴めない。
「貴方が何の能力を持っているか知らないけど、沼淵氏を殺し、その娘を誘拐したのは貴方ということで間違い無いと判断させてもらうわ」
「そういうことだ、ロリコン野郎!」
「殺人はさておきロリコンは否定だこのクソガキ! 出てこい! ぶん殴ってやる!」
天はここでようやく事態を理解する。
もしかして、直感に従って無駄な警戒をしたせいで、自分が事態をこじれさせてしまったのではないかという推測もできた。
だが時既に遅しである。
天の『第六感』は優れた固有スキルでこそ有るが、万能のスキルではない。
そこに何があって何が起こるかという問題の答えが分かっても、そこまでの道のりが分からなければ、出た答えに対して己がどう動くのかという問題に正解は出ないのだ。
「まあ殺人だけでも認めたなら充分だよ。そうだね姉さん」
「勿論よ、兄さん」
「お前ら何言ってるんだ?」
「ほら、僕達双子だから。お互いのことを兄や姉として扱って敬い合ってるの」
「そういうこと。貴方みたいな犯罪者と渡り合うのに、非力な子供の私達では息の合ったチームプレイが欠かせないから」
「普段から仲良くやっていこうと気を使っているんだよねー」
「ねー」
双子は一切の姿を見せずに天の様子を伺っている。
その間、天は推測を開始する。
あの双子の片方、おそらく姉の方には実体を伴う分身能力が有り、弟の方には幻を見せる能力が有る。
そして幻を見せる能力には一度姿を見せるとか相手の居場所が解るといった限定条件が有る。
その観測の為に、分身能力が使用されており、現在自分がどこかから見張られているせいで姉の方の姿を上手く感知できない。
「なら、何故……」
そう仮定した上で、彼は一つの発見をする。
柱を二つ挟んで向こう側に居る少年の位置は天にも何故かはっきり解る。
先ほど近づいてきた分身のような少女の位置もそうだった。
おそらく分身の少女は自らの姿を隠して愛香に接近して彼女を奪うつもりだったのだろう。
「俺には恐らくあいつらの認識阻害を破ることができる何かが有る……だがそれは遠いと発動しない。そういうことか」
彼は身を隠して敵の出方を伺うその間にも次々と自分自身の能力に関して推論を立てていく。
今までの戦いで慣れない武器を上手に使って攻撃を当てられたのも、愛香の父親を殺す前にその可能性を感じ取れたのも。
自分が知らないもう一つのスキルが自分に備わっているからではないかと彼は結論づけた。
「お兄ちゃん……」
思考と警戒で意識が一杯になっていた所で愛香が彼に小声で話しかける。
「どうした?」
「あの人達に事情を話しちゃ駄目?」
「……ああ、そうか。お願い」
「うん」
天は転生によって前世の記憶を目覚めさせつつ有る。
だから好戦的になっていたが、そもそも問題解決の為に戦う必要は無いのだ。
「お兄ちゃんお姉ちゃん達! 聞いてください!」
愛香は二人に聞こえるように大声で話し始める。
天はその間に準備動作として『榴弾装填』のスキルと移動動作を行う代わりに『精密砲撃』のスキルを発動させる。
「お兄ちゃんは悪くないの! 私を助けてくれたんです!」
「あの、私ちょっと事情が飲み込めないわ。助けたってどういうこと?」
出処の分からない声が明らかに戸惑っていた。
「催眠系の能力なり、認識の阻害を受けているんじゃないか? この子は普通の女の子みたいだし……」
柱の二つ向こうにまだ隠れているらしい少年は彼女に聞かせる為か大声を出す。
天はそこから彼女が大声を出す必要が有る場所に隠れていると判断した。
『第六感』はあの少年が本物であると天に告げている。
「滅茶苦茶事情が込み入っているんだ! 説明したいが、正直お前達を信用できない」
天も叫ぶ。
「…………」
「…………」
双子達はしばらく沈黙した後、ほぼ同時に結論を出す。
「「ともかくとっ捕まえてから話は聞く!」」
警察権は人を傲慢にする。
天はそれを強く感じたのであった。
「待ってください!」
「やめろ愛香ちゃん!」
「でもタカシお兄ちゃん! ちゃんとお話しないと駄目だよ! 本当に喧嘩になっちゃうよ?」
「確かに無用な戦闘は好ましくないが、こいつらに話が通じるとも思えないし……そもそも居場所も分からないし……いや、待てよ」
天は一つため息を吐いた。
大桐舞と大桐奏太の二人は普段に無い状況に対して困惑していた。
基本的に彼等の仕事とは凶悪犯を分身と幻術の二つで生け捕りにして『ひまわりの家』を通じて警察に引き渡すことである。
だから相手する転生者は基本的に極悪犯で、自分の欲望をむき出しにしている奴ばかりだ。
しかしタカシという男はそういう犯罪者とは纏う雰囲気が違う。
それも彼等は同じように感じていた。
『ねえ、兄さん。貴方は彼等をどう思う?』
舞は奏太に固有スキルの『共鳴』で念話を行う。
このスキルは『共鳴』を持つ者同士が近い場所に居ると、記憶と輝憶の一部を共有する効果が手に入る。
この念話はそれの応用だ。
『どう……か。多分固有スキルで僕の場所を見つけているんだろうね。その御蔭で僕の上に隠れている姉さんに気づいていないみたいだけど』
舞も奏太も『シマウマ』を転生元に持つ転生者であり、そのシマウマに特有の幻惑効果をそれぞれの好む方向に拡張したのが分身と幻術なのである。
分身は十体という数を除けば制限が無いが、幻術は様々な制限を持っている。
まず至近距離まで近寄らないと相手の意識を思うままに弄ぶ強力な幻術は発動させられない。
天は『第六感』により至近距離から幻術を食らうのは回避していたが、本人も気づかない内に幻術の発動条件を満たしてしまっても居るのだ。
これにより天は幻術を使える奏太の居場所は分かるが、身を隠す能力の無い舞の居場所に気づかないという奇妙な状況に陥っていた。
『そういうことじゃないわよ。犯罪者かどうかってこと』
『自分で認めている以上、沼淵氏を殺したのは間違い無いんじゃないの? 事情がどうあれ犯罪なんだから捕まえないと』
『でも……ほら、例えばその沼淵さんってのがあの女の子を虐待でもしてたとしたら?」
『それを助けたって言うのかい? まだ容疑が固まってないとは言え、一般人の家に押し入って破壊活動をしたり、ホテルの壁を壊して中に居た大学生から少額の金品を奪った可能性も有るんだよ?』
『それを言われるとその通りなのよね。犯罪者っぽいんだけど……ううん』
『仮に悪党が気まぐれを起こしたんだとしても、一先ず捕まえないと話にならないよ』
『それもそうね。分身を使って一気に攻め寄せてみる? 私の分身を使って一気に近づいた後、『共鳴』を使って至近距離から奏太の幻術で無力化すれば……』
『良いアイディアだね。でも体力は保つの?』
『お互い様じゃない? それこそ元気な方が『共鳴』で負担を肩代わりすれば良いのよ』
『僕の幻術は何かを見せるのは体力を使うけど、何かを隠すのは簡単だよ。姉さんが分身に体力を使うなら僕が分ける』
『じゃあ分かったわ。男装した私の分身を出して混乱させましょう』
『それは良いかもしれないね。向こうも驚く筈だ。僕も幻を出して支援する』
『実体非実体、それに男女まで交じり合う分身の大群。良いわね。向こうもじっとして動く様子が無いし、一気に攻めちゃいましょう』
二人が殆ど作戦を決めかけていた時、突然おとなしくしていた筈の天が叫び始める。
「――――お前ら話長いんだよ!」
彼の口ぶりはまるで二人の共鳴による会話を聞いているようだった。
「ん?」
「あら?」
二人は事態が掴めずに動揺し、安全のために口をつぐんで静かに屈みこむ。
「JRの皆さんごめんなさい!」
二人が自分の安全に対して警戒を深めたそのタイミングで、高架橋の方に六発の弾丸が撃ち込まれる。
三発が高架橋の柱と高架橋の一部に食い込んで罅を作り、残りの三発はその罅の近くで大爆発を起こして柱を叩き折った。
結果、高架橋は崩れ始める。
「おいおいおいおい!? 逃げろ姉さん!」
「兄さんこそ危な――――」
こうして二人はほぼ同時に瓦礫の中に飲み込まれていった。
「誰がロリコンだ! やぁってやったぜ!」
瓦礫の山を眺めながらグッとガッツポーズをとる天。
「お兄ちゃん、ロリコンって……何?」
愛香はじとっとした眼でそれを眺めている。
「まあその、馬鹿とかアホとかブスみたいな罵倒語と呼ばれるものの一つだな」
愛香は天の言葉に成る程と頷く。
「でもお兄ちゃん、いくら馬鹿にされたからってあんなことしたらあの人達死んじゃうよ?」
「まあ死なれると寝覚めが悪いからな。適当に救助もするさ」
天は愛香と手をつないで瓦礫の山に向かう。
この時点で、天は二人が瓦礫の山に埋まっている事を知らない。
先に一人だけでも無力化してしまえばこの戦いに勝てると気づいたから、相手がおとなしくしている間に無茶な行動に出たのだ。
「おい、双子の片割れ。居るか?」
つまりはこうだ。
仮に実体を持つ分身が大量にやってきたとする。
天が戦車形態になって愛香を中に入れれば、あの双子の腕力ならば幾ら増えても問題は無い。
仮に幻術をかけられる状態が長続きしたとする。
天には幻術自体が大して効かない以上、戦車形態になって愛香を中に入れてその場から急いで離れてしまえば、愛香を祖母の家に送り届ける時間くらいはできる。
「……うぅ」
「おう居た居た。一人ならどうあがいても戦闘特化の俺には勝てないよな」
天はまず下半身が瓦礫の下敷きになっている舞を見つけた。
彼は舞の頭部に機銃を向ける。
「お兄ちゃん! 駄目だよ!」
「わかってるよ愛香ちゃん。これはポーズだ。という訳でそこの双子A、助けてやるから降参しろ。この子は今から保護者の元に返す所だ」
舞は天の存在に気づいて彼を少し睨んだ後、溜息をつく。
「貴方達の会話を聞く限り、私の推測が正解みたいだわね」
「推測?」
「こっちの話よ。降参するからとりあえず助けてくれる?」
「弟の居場所は?」
「兄よ。あと居場所は知らないわよ」
「瓦礫の下か?」
「…………」
天の『第六感』は対象が目の前に居る時には殊更強く働く。しかも、弟の方はさっきまで高架の下に居たのだ。
彼の生来の察知能力と相まって、彼は舞の様子から自らの疑問の答えを手に入れた。
「おや、一網打尽にできたみたいだな。口からでまかせも言ってみるもんだ」
「そうよその通り。あの……転生者と言っても流石にこのまま放置されると痛いし、ヘタしたら死ぬから助けて欲しいんだけど」
「脚力は優れているが、腕力はあまり大したことが無い幻惑系の能力。一体転生元は何なんだろうな……」
「タカシお兄ちゃん!」
「ああ、悪い。愛香ちゃん。俺は約束は守る。そこの子も助ける」
天は瓦礫を簡単に持ち上げて投げ捨てる。
「立てるか?」
「ええ、なんとかね。ありがとう」
「礼には及ばない。お前も俺を殺さずに捕らえるつもりだったんだろう? そうじゃないならお前がダイナマイトかかえて俺達に突っ込めば良いもんな」
「そうね……まあそれはその通りだけど……」
舞は面白いものを見る眼で天を見つめる。
「ま、あいにくと武器の携帯は基本的に禁止よ」
折れていた筈の舞の足が天達の目の前で再生していく。
彼女はゆっくりと立ち上がると近くの瓦礫に腰掛ける。
「歩けるか? 弟の方も助けたい」
「兄よ。歩くのはちょっと辛いけど……あいつなら多分この瓦礫の山のど真ん中だと思う」
「一応はスキルで計算して撃ったが……死んでないと良いな」
「死んでないわよ。私達の固有スキルでそれは解る」
「そうか、それは良かった」
天は安堵の溜息を吐く。
「タカシお兄ちゃん、早く行こう!」
「そうだな」
「あ、ちょっと待って」
「なんだ? 兄だかは助けなくて良いのか?」
「兄よ」
「兄じゃねえか」
舞は恥ずかしそうに視線を逸らした後、咳払いを一つする。
「……うるさいわね。兄さんならそう簡単には死なないわ。それよりその子に聞きたい事が有るの」
「私?」
愛香は首を傾げる。
「貴方にとって、そのお兄さんはどんな人なの?」
愛香はしばらく考えこむ素振りを見せてから、笑顔を浮かべて答える。
「えっとね……私を守ってくれる優しいお兄ちゃんかな」
「……そう。じゃあタカシさん、貴方にとってその女の子は何者なの?」
外付け良心回路じゃないかな。
天はそう言いそうになったが、愛香の前でそんなことも言えないと思い直す。
「そうだな、俺はお兄ちゃんらしいので可愛い妹ってところかな」
「分かったわ。じゃあ良いの」
「ねえお姉ちゃん、お姉ちゃんのお兄ちゃんは助けに行かなくていいの?」
「ああ、舞で良いわ。兄さんは奏太って名前。ちなみに私のほうがちょっとだけ先に生まれたわ」
「ふーん……」
「話は後だ。一先ずその奏太を助けるぞ。愛香ちゃん、少し舞と一緒に居てくれ。瓦礫をどける時に愛香ちゃんが巻き込まれたら危ないからね」
「うん、分かったよお兄ちゃん!」
「あら、良いの?」
「お前が俺達を信用するんだろ? 俺達もお前を信用するのが筋というものだ」
「そう……じゃあ愛香ちゃん。お姉さんと一緒に少し待っていようね」
「うん」
愛香は舞の隣に座って、彼女と何やら今までのことについて話して天が悪くないのだという旨のことを彼女に告げている。
その間、天は一人で瓦礫を次々と押しのけて中から全身を複雑に骨折した状態の奏太を発見していた。
「おう、此処に居――――」
奏太は瓦礫から助けだされると突然顔を上げて、彼を睨みつける。
舞が彼を説得しようとする前に、奏太は自らの輝憶を発動させた。
だが彼が天に幻覚を見せようとした時、天の後ろで舞が瓦礫の上で座り込んでいるのが見えた。
彼女の膝の上には愛香が居て、こっちを見ている。
そこで彼の戦意は真っ二つに折れた。。
輝憶の使用を中止し、彼は大人しく天に助けだされる。
「悔しいな……情けまでかけられたのか、僕」
「俺を殺そうとしなかったのはお前達だろう。これで貸し借り無しだ」
「……成る程、そういうことね」
「お前達の身体が無事なら別についてきても良いが……」
「やめておくよ、僕達はこれこの通りボロボロだしね」
実は天もスキルの多用によりかなりのダメージが蓄積しているのだが、奏太も舞もそれには気づかない。
「俺視点で良ければ何時でも話は聞きに来い。だからあっちの愛香ちゃんについてはあまり俺達と関わらないようにしてやってくれ」
「ふん。僕たちは下っ端だ」
「その下っ端にできる範囲で良い。お前らの上司が愛香ちゃんを巻き込めというならそれに逆らう必要は無い。その時は俺が妨害する」
「……分かった。貸一つだぞ」
「おうよ」
天は奏太の身体の骨がある程度治ったと見てから、彼を抱き上げて舞に引き渡す。
「じゃ、取引成立だ。俺はこの子を保護者の元に送り届ける」
天は満足気な笑みを浮かべる。
「僕達は負けた。だから文句は言わないよ」
奏太は不満そうな表情ではあるが、既に負けた上に先ほどの妙な現象によって諦めはついていた。
「ばいばい。お姉ちゃん」
愛香は舞が自分の話をある程度理解してくれたが、天の扱いが不安な為、少し怯えが滲んでいる。
「ええ、お婆ちゃんの所で輝憶や転生者と関係なく幸せに暮らしてね」
舞は半分くらいの事情を理解した為、自分の中の正義を一応満たせたことで納得している。
四者の思いはそれぞれ違うが、こうして彼等は行動を一致させ、戦闘は終了した。
「で、ここがお婆ちゃんの家か」
「うん!」
普通の人間の姿に戻った天は愛香と一緒に彼女の祖母の家へとたどり着いた。
これで本当に一件落着である。
「じゃあ、ここでお別れだな」
その言葉を聞いて愛香が唇を歪める。
そこから漏れだしそうな言葉を抑えて、彼女はただ一言だけ返事する。
「……うん」
「寂しそうな顔をするなよ。電話番号は渡したし、住所も教えたんだ。何か有ったら連絡してくれよ」
「ねえお兄ちゃん」
「なんだ?」
「特に用事が無くても連絡して良い?」
「連絡するってのは用事が有るって事さ。好きにしたら良い。僕は待っている」
それを聞いて彼女は少しだけ表情を和らげる。
「ねえお兄ちゃん」
「なんだ?」
「私ね……お兄ちゃんが僕って言っている時の方が好きだな。優しくて」
「そうか、考えておくよ。今度会う時は全部俺で通すかも」
「そっちのほうが良いよ! 絶対また会いに行くからね!」
「愛香ちゃんがそうしたいならば……そうだな、待っている」
「お兄ちゃんは?」
「ん?」
「タカシお兄ちゃんはどうしたいの?」
「俺?」
「うん、もしかして私に会いたくないんじゃないかなって……」
彼はそれを聞いて軽く笑う。
「そうだな、俺も君に会いたい。だから待つんだ」
「良かった……」
「ほら、もう行った方が良い。僕はここで見ているから」
「うん、ありがとう! でもお兄ちゃん疲れているなら今日はお婆ちゃんの家で泊まっていっても良いんじゃない? 私お願いしてみるから」
「明日も朝から講義が有る。午後からは実験」
「お兄ちゃん大学で何勉強しているの?」
「それは今度の話のネタにしよう」
愛香はわざとらしく頬を膨らませる。
二人は声を上げて笑った。
「じゃあな妹」
「ばいばいお兄ちゃん」
天は愛香の祖母の家のすぐ近くの塀に背中を預けて彼女の様子を伺う。
愛香が家のインターフォンを何度も鳴らすと中から優しげな老婆が出てきて、彼女を見つけると慌てて家の中に入れた。
中から彼女の泣き声が聞こえる。
天は自分の家に向けて歩き出す。
彼は空を見上げて溜息をついていた。
今日の星空は今まで見たことがないほど綺麗だった。
「……ん?」
遠くから何台もの車がやってきて、中からボディアーマーに身を固めた男達が降りてくる。
あっという間に彼は包囲され、全ての進路を塞がれてしまう。
「おいおいおいおい……!」
見れば男達は天に銃を向けていた。
「平田天だな、手を上げろ。その場で跪け」
男達の中から現れた白いスーツの男が彼に命令する。
天は心底うんざりした表情を浮かべるものの、大人しくその指示に従い、かったるそうに両手を上げた。
「投降する。代わりに一つお願いをさせて欲しい」
白いスーツの男が怪訝そうな顔を浮かべる。
「お願い?」
「あんた達の所で働かせてくれ。罪滅ぼしをしたいんだ。酷く馬鹿げたことをやってしまったから」
白いスーツの男はニヤリと笑う。
「ふむ、蒼から聞いた情報に間違いは無さそうだな」
「え?」
「まあ良い分かった。事情は我々の拠点で聞かせてもらおう。蒼に感謝しておくんだな」
事情はどうあれ、自分は人を殺してしまった。
なのに自分の心はもはや毛程も痛んでいない。
だったら自分にできることというのは酷くわかりやすいものじゃないだろうか。
天は晴れやかな笑顔を浮かべたまま、男達と共に車へと乗り込んだ。
三話のラスト書いた時に気分が良くなってしまったので一旦ここで〆です。
この次はきっと講談社で一次落ちした作品を小出しに連載という形式で載せていくかと思われます。