第二話「馬鹿が戦車でやってくる」
静かな夜の街を、たった一人で黙々と歩く戦車のような緑色金属装甲に覆われた怪人が居た。
彼の名前は平田天、年齢は二十歳。彼女は居ない。もう一度言う彼女は居ない。
現在立派な大学二年生である。
彼は現在、自らをこっぴどく振った女に復讐を行う為に彼女の家へと向かっていた。
「この姿を見られても記憶が混乱して大丈夫だとは言われているけど……心配だな」
彼は先ほど自分に電話をかけてきた蒼という女性に、変身した姿のまま街を歩く時に気をつけることはないか聞こうと電話をかけることにした。
「履歴から電話できるかな……」
だがそれが直接彼女に繋がることはなかった。
この時点で既に彼女は他の管理人との会議を行っている。
「蒼でーす。お電話ありがとうねぇ。でも現在は電話に出られないからぁ、ご用向きだけお話しておいてほしいなー」
留守電メッセージだけが何度も繰り返される。
「そっか……忙しいか寝てるかかな。よし、俺が復讐に向かうのを知ってて放置しているんだから俺が何をしても蒼ちゃんさんの監督不十分ってことにしよう」
彼は力強く頷く。
「そうだな、俺は悪くない!」
晴れやかな笑顔を浮かべる天。
そんな彼はあることに気づき立ち止まる。
「ああ……そうだ。ここ突っ切っていった方があの女のハウスに近いじゃん」
彼が立ち止まったのはラブホテル『ガンダーラ』の前。
「…………」
彼はそのホテルの名前に気づいて能面のような無表情でホテルの壁の前に立つ。
「――――――仏罰覿面!」
鋼に覆われた全身を生かした体当たりにより、ラブホの壁は瞬く間に崩壊する。
「わぁい! のりこめー!」
勿論彼は敬虔な仏教徒などではない。
単純に自分が振られている間に盛っている男女が許せないだけである。
彼はホテルの廊下もまっすぐ行進して突き当りにある部屋のドアを再び体当たりでぶちぬく。
「夜の闇からこんにちわ! 戦車だよ!」
部屋の奥から男の悲鳴が聞こえる。
「愛の国で法悦に至っているのは……どこのリア充かな! 人が振られている間に楽しそうに盛っている奴は76.2mm砲で爆発させちゃうぞー!」
天はかなり良い気分で部屋の奥へと進んでいく。
だが其処に居たのは意外な人物だった。
「あっ、多千花君じゃないか」
「誰だお前!?」
多千花悟、平田天の大学における友人の一人である。
女たらしだが気の良い奴で、高校の時に元彼女に追い回されている所を匿ってやったのが友情の始まりだ。
そう、男子高生の癖に彼には彼女が居たのだ。
「ああ、俺? 神だ」
正体がバレてしまうと友情にヒビが入るので偽名を名乗る情けが彼にも有った。
「け、警察! 誰か! 誰か来てください!」
彼は至って良識的な判断として大声を上げて助けを求める。
だが天はすぐそこにあるベッドの上で裸で転がっている女性を見て、多千花に指摘する。
「お前、サークルの後輩の女の子酔っ払わせてラブホに連れ込んだのに人を呼んで良いのか!」
「な、何故それを!? お前本当に何なんだよ!」
「まあ落ち着けよ多千花、人は呼ぶな。とはいえ、今から来るかもしれないが……まあそれは適当にごまかしておいてくれ」
「いやいやいやいや……」
「ところでその子、サークルの後輩だろ? 思ったより胸小さいのな」
「パッド入ってたわ」
「良いのか?」
「女の嘘を許すのが、男の甲斐性ってものさ」
「そうか……。あと、案外……いや、なんでもない」
天は女の子の裸体を横目でチラチラ見て呟く。
「……あれ? そのDTっぽい反応は……お前、天だろ。」
「やめろ悟。その指摘は俺に効く」
「やっぱり天か」
「…………」
「…………」
「口止め料だ!」
天はそう叫んで脱ぎ散らかしていた多千花の服の中から財布を抜き出し、中か
ら硬貨を奪い取る。
「普通逆だよね!?」
思わずツッコミを入れる多千花。
「俺は天などではない……カネゴンだ! ゴン様だ!」
「ぎゃあああああああああ!? 何やってるんだ!」
顔面を覆う仮面の口の部分から硬貨を飲み込む。
確かにポテチと良く似た味がして美味しく感じられた。
「ああ……美味しかった。じゃあな多千花、後は上手くやれよ」
「そうか、とりあえずカネゴンに謝っておけ」
「後でな」
金属を取り込めるのは本当であると分かった天は、案外美味しいお金の味で機嫌を良くした為、あっさりと部屋から出て行った。
無論壁を壊して出て行った。
「あいつ、なんだったんだ……。あいつ? あれ、今何が有ったんだっけ……」
多千花はあまりの惨状に呆然とするばかりだ。それに、転生者の記憶改変のせいで何が有ったかも上手く認識できていない。
この後、彼は慌ててやってきたホテルの人に急に壁や扉が壊れたと説明し、部屋を変えてもらって第二回戦を開始するのだがそれはまた別の話である。
「金喰ってたら、余計な時間まで喰っちまった……時は金なりってこういうことか」
違う。
「まあ良い。あのホテル突っ切った甲斐も有って無事に到着だ」
近道をしたのが功を奏して、自分を振った女の家まで天はたどり着いていた。
彼女は歓楽街のすぐ傍に有るマンションに住んでいる。
場所は五階の503号室だ。
何度か行ったことが有るから知っている。
まず玄関のドアにオートロックがかかっているので、彼は左手に戦車用の機銃を用意して、監視カメラとドアを順番に破壊した。
なにせ来たことが有るので、カメラの位置は覚えている。
決してやましいことを考えていた訳ではない。
「多分こんなかんじで良いよな」
威力を低く調節していた為、、機銃の弾丸は監視カメラを壊しただけで壁を貫通せず、床や壁を跳ねまわる。
地面に転がった弾丸は液状金属になって地面に溶けこんで消えた。
「よし」
エレベーターに乗り、五階の503号室の前に立つ天。
「ここが俺のルビコン川か……実にせせこましいものだな。だが悪くないな、投げる賽や渡る川の有る人生というのは」
右腕を主砲に変化させて構える。
「ボーイズパンツァー! フォー!」
派手な爆音とともに吹き飛ぶ503号室のドア。
その向こうで、昼間に天を振った彼の同級生が飛び起きていた。
ちなみに彼の転生元は四号戦車ではなく、M4シャーマンなのでこの掛け声は微妙に間違っている。
「火付盗賊改方、長谷川平蔵である。神妙にいたせ!」
「いやあああああああああああああああああ!」
悲鳴をあげる女性。
「誰かこの女を引っ立てよ!」
勿論誰も居ない。
「誰もおらんのか。ええい、まあ良い!」
天はフルメタルジャケットの終盤よろしく黒いネズミマーチを口ずさみながら部屋の中に乱入する。
「へいへい!」
まずは彼女が大学によく持ってきていたパソコンを主砲の砲身で殴りつける。
見事に机ごと真っ二つである。
この中には彼女が一生懸命頑張って作ったレポート(明日締め切り)が入っていたのだが、バックアップを取らなかったのが運の尽きであった。
無論、天は告白という重要イベントを前にもしもが無いように既に作成&提出済な上に同じ学部の後輩にデータまで渡している。
「や、やめて!」
「黙れ! 貴様には興味が無い! 俺が興味有るのは貴様の悲鳴だ! だからやっぱり黙るな!」
そう言って天は次々とぬいぐるみや炊飯器、それにスマホなどを機銃で撃ち抜き、最後には高そうな液晶テレビを窓から投げ捨てる。
一頻り破壊活動が終わると、彼はお腹が空いたのでテフロン加工のフライパンと鍋にかじりついてまるごと食べてしまう。
この非日常的な光景を見てSANチェックに失敗した女性は泣きながら狂ったように笑い始める。
「ふぅ……倍返しだ」
精神の平衡に異常を来した彼女を見て、仮面の下で達成感に満ち溢れた笑顔を浮かべる天。
「ああ、ところで君の憧れの多千花君は今ラブホで後輩コマしてたわ。ま、あんなのに騙される方が悪いから仕方ないよね」
「これは夢、これは夢……」
すでに彼女は布団を被ってベッドの片隅で震えている。
どうやら現実逃避の真っ最中のようで、彼の話を聞きもしない。
天はベッドをひっくり返してやろうかと思ったが止めた。
怪我をさせたくないからだ。
「世の中悲しいことばかりだ」
今現在ベッドの片隅で布団をかぶって震える同級生に向けて天は呟く。
「僕たちはどうしてこんなに悲しみばかりを繰り返すんだろう……じゃあね」
彼はベランダへと向かい、復讐の虚しさを静かに噛み締めながら、マンションの五階から飛び降りた。
天はマンションの裏の路地へと着地する。
アスファルトが砕け、地面が揺れる。
天の耳に遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「さーて、さっさと家に……うっ」
彼は立ち眩みを起こして壁によりかかる。
転生者も無限に輝憶が使える訳ではない。
能力を使う度に体力は失われ意思は摩耗し、何時か限界が来る。
それだけではない。
輝憶を使いすぎれば前世の記憶に自我を奪われ、廃人となるか能力が暴走した怪物となる危険も有る。
蒼はあえてそれを天に教えていなかった。
だが天の『第六感』がその危険を彼に伝え、反射的に彼の身体は能力の使用を止めてしまう。
「身体が……!」
金属装甲が溶け落ちて、彼は人間の姿へと戻る。
彼は慌てて適当なゴミ箱の裏に隠れると、かすかに漂う異臭の中で呼吸を落ち着ける。
「多分だけど……これが今の俺の能力の限界か」
転生者として目覚めたばかりの天は効率よく能力の使用ができない。
能力の使用に必要な体力と意志力だけで言えば平均以上なのだが、不慣れな為にすぐに力尽きてしまうのだ。
サイレンの音はゆっくりとこちらに近づいてきている。
「くそ……こんな、こんな所で捕まる訳には……こんな下らないことで……! 完全に只の馬鹿じゃないか!」
警官達はマンションの五階に向かったようだ。
あと三分もすればこっちに来るだろうことが天にも予想できた。
逮捕や懲役という言葉が彼の目の前にチラつき始める。
「誰か……誰か助けて……」
そんな言葉が思わずこぼれた時だった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
天はすぐ後ろから突然声をかけられて振り返る。
「だ、誰だ!?」
「きゃっ!」
其処に居たのはぶかぶかのトレンチコートを着た小学生くらいの女の子だった。
彼は彼女の姿を見て訝しむものの、無意識に発動している『第六感』で危険は無いと判断して警戒を解く。
「ああ、ごめん。今少し、面倒に巻き込まれていてね。怖がらせるつもりはなかったんだ」
少女は彼の顔をまじまじと見つめて表情をひきつらせる。
「お兄ちゃん、顔に血……」
彼女の声は冷静な風を装っていたが、見慣れない血に動揺していた。
先ほど頭をぶつけた時の血を拭き忘れていたのだ。
彼はそれに気づいて顔についた血を服の袖で拭う。
「ちょっと怪我してね。もう治ったから大丈夫」
「お医者さん行かなくて良いの?」
「ああ、お兄ちゃんはもう人間じゃないからね。それよりもうすぐ此処にも警察が来る。巻き込まれるから早く逃げなよ」
「お兄ちゃん、警察に追いかけられているの?」
「まあ……そうなるな」
「お兄ちゃんが人間じゃないから?」
「そんなところさ」
それを聞いて少女は何か決心したような表情で彼の手を取る。
「ふーん……分かった。私は沼淵愛香。とにかく今はついてきて。隠れられる所まで行こう」
「え?」
「ここに居たら不味いんじゃないの?」
どういうことか分からなかったが、一先ず天は彼女についていくことを決めた。
「ここまで来れば大丈夫よね。お兄ちゃんも座って」
「あ、ああ……」
近所に有る川にかかった大きな橋の下で二人は一先ず休息していた。
日曜日などは釣りをしている人が居たりするのだが、あいにく今日は平日の深夜なのでそういった人影は無い。
「ねえお兄ちゃん、名前は?」
「僕は平田天、大学生だ」
復讐を終えて気持ちが穏やかになっていた上に、相手が子供だった為、天はあっさり名前を漏らしてしまっていた。
「そうなんだ……ねえタカシお兄ちゃん」
「なんだい?」
「お願いが有るの」
「お願い? まあ一応聞くけど……」
「何も聞かずに私を私のお婆ちゃんの家に連れて行って。道は案内するから」
「俺のことを黙っていてくれるなら構わないよ。俺も見つかると不味い身の上だからね。お婆ちゃんの家に行く位は手伝ってあげるさ」
「良かった……」
彼女は安堵の溜息を漏らす。
「そうと決まればここには居られないな。行こうか」
天は立ち上がる。
「うん!」
愛香はそれに続いて立ち上がる。
「どれくらい遠くに有るんだ?」
「えっと、JRで五つくらい……」
「だいぶ遠いが……俺ならいけるか」
「さっきみたいなことやるの?」
「見てたのか?」
「うん、お兄ちゃんがマンションから降りてくる所から……」
上手く隠れていたものだと天は愛香に感心する。
「良く声を掛ける気になったね」
「どこかで誰かに助けてもらわないと逃げ切れないって思ったから……それなら警察に突き出さないように見える人にお願いしようかなって……」
「成る程、大した眼力の持ち主じゃないか。次はもっと善良な人に助けてもらうことを勧めるぞ……っと、変身!」
天は毎週日曜朝八時くらいに見る特撮番組の真似をして密かに練習していたポーズを決める。
もしもベルトとかが手に入ったらやろうと思っていたこだわりのポーズだ。
掛け声と共に再び彼の全身から液体金属が染みだして、彼の全身を覆い、戦車のような形状の装甲へと変化する。
「戦車ならこの位は……!」
彼が念じると装甲が瞬く間に形を変えて、幾分小さいものの本物のシャーマン戦車にそっくりの形状になる。
人一人くらいならば中に乗り込めそうだ。
ちなみに天の本体は四つん這いになるような姿勢で戦車内部の床に埋め込まれている。
「乗りな」
「…………」
愛香は目の前で起きた非常識的な光景に言葉を失う。
「免許はこの前とったばかりだけど、メチャクチャ丈夫だし、僕は安全運転には自信がある」
「……うん」
彼女も免許取りたてという言葉に恐怖は覚えたが、この男に付いて行くしか道が無い以上、ミニ戦車に大人しく乗り込むしか無かった。
アメリカが誇る名作だけあって、ミニ戦車状態でも居住性は良い。
愛香は意外な乗り心地の良さに驚きながら、操縦席のシートにもたれかかった。
「乗り心地はどう?」
「えっとね、意外と良いかも」
「そいつは何よりだ。それじゃあ行くとしようか」
こうして夜の街を一台の戦車が走り始めた。
「……タカシお兄ちゃん」
「どうした?」
彼らが走りだして二十分もしたところだ。
静かだった車内で愛香がぽつりと呟く。
「私のこと、聞かないの?」
「聞かれたくないんだろう? でも話したかったり、話すべきだと思ったら何時でも言ってくれよ。待ってるから」
「…………」
「教えてくれれば、僕もできる範囲で力にはなるよ」
先ほどまで自分を振った女の居室に乱入し、あまつさえ明日が提出期限のレポートが入ったパソコンを壊した男とは思えない優しい声色だ。
「なんで助けてくれるの?」
「あー、あれだ。口止め料かな」
「それは送ってくれるだけで充分だよ」
「擦れてるねぇ。子供は遠慮するなよ」
「子供……私、子供?」
「そんな服着て大人のつもりかい? 家出ならもっと計画的にした方が良い」
「家出……違うの」
「違うのか? 逃げてきたって言うからてっきり……」
「家出じゃないの」
「穏やかじゃないな……」
天はここで何も聞かないのは無責任だと感じて愛香に事情を聞いてみることにした。
「良かったら詳しく聞かせてくれないかな、愛香ちゃん」
「うん……お父さんがね……」
愛香の話を簡単にまとめるとこうだ。
一月前に母親が死んだ。
それから一週間もしない内に父親の様子がおかしくなり、愛香のことを母親の名前で呼ぶようになった。
最初は疲れているだけだろうと思って見て見ぬふりをしていたが、症状は次第に重くなり、愛香は家だと完全に母親としてしか扱われなくなり、ついに先日家からも出して貰えなくなってしまったのだという。
昔から優しい祖母ならばこの異常事態を何とかしくれるだろうと思い、彼女はなんとかして家から抜け出してきた。
服が女性物のトレンチコートなのは、自分の服が全部捨てられ、母親のものしか無くなっていた為、これを着てくるしか無かったからである。
「……成る程、警察呼んだ方が良いと思うぞ」
「携帯電話持ってないし、家の電話は使えないの。一度来てくれたけど、すぐに帰っちゃったし」
「成る程。それなら僕の携帯……ああ、しまった。家に置きっぱなしで来ちゃった。まずはお婆ちゃんの家に行ってからだな」
「うん……」
「何にせよ、もう怖がることは無い。こうして引き受けた以上、僕が君を最後まで助ける」
「良いの?」
「当たり前だ。僕が君を助けたいんだ。嫌だと言っても助けさせてもらおう」
ちなみに自分の悪行は棚上げである。
人助けも迷惑行為も彼にとっては自分の心が赴いたから以上の理由を持たないのだ。
「タカシお兄ちゃん……ありがとう」
「良いってこ――――」
その時だった。
遠くからエンジン音が聞こえ、彼の背筋に悪寒が走る。
「愛香ちゃん、ハンドルに掴まってろ!」
次の瞬間、背後からものすごい勢いで白い乗用車が追いかけてくる。
乗用車は限界ギリギリの速度で一方的に戦車にぶつかり、一方的にその車体を醜く歪ませ爆発した。
「あ、頭おかしいんじゃねえの!?」
思わず悲鳴を上げる天。
痛くも痒くもなかったが、あまりの出来事に動揺を隠せない。
ふと、車内の様子を伺うと、天の視界を投影する車内のモニターを見ている愛香が真っ青な顔をしている。
まさか、と思って天がもう一度外に意識を向けると白い乗用車の中から蒼白い顔をした男がゆっくりと這い出てくる。
「……あれか?」
天は愛香に尋ねる。
愛香は何も言わずに頷く。
「おいお前! うちの妻をどこにやった!」
うわっ、気持ち悪っ。
天はそう思ったのだが、流石に声には出さない。
「悪いがあんたに愛香ちゃんは渡せない。代わりにお前を警察に引き渡してやっても良いんだぞ」
「愛香? 誰だそれは、風香を返せと言っているんだ!」
天は自分の頭がクラクラしてくるのを感じていた。
「あの娘はあんたの娘だろうが!」
「彼女は娘じゃない。俺の妻なんだ!」
「そうか、死ね!」
天は戦車の機銃で男の足元を撃ちぬく。
「お前も転生者って奴か。その程度の脅しで屈すると思っているのか? 俺は風香を取り戻すまで絶対に諦めないぞ!」
天の脅しもまったく気にせずに、男は戦車の車体をガンガンと叩き続けて叫ぶ。
「……転生者ってサクセシュアのことか? じゃあ、あの男も……警察が帰るのってまさか……」
天は考える。
一ヶ月近く愛香が父親の異常に気づかないことや、警察がすぐに帰ってしまったこと。
それは全てこの男が転生者だからではないかと。
「だったら……!」
今までの行動からして愛香の父親に戦闘力は無い。
だが放置しておけば何時迄も彼女につきまとうことは間違いない。
彼の『第六感』が危険を告げていたが、それでも彼は一つの行動を選択した。
「どうするの? お兄ちゃん……」
「少し待っててくれ。僕がなんとかする」
「きゃっ!」
男と反対側の車体に穴が開いて、愛香がそこからゆっくりと降ろされる。
すぐに天は戦車形態を解除して人間形態に戻り、そのまま男の胸倉につかみかかる。
「あんたって人が!」
「あっ! 天お兄ちゃん! お父さんの眼を直接見ちゃ駄目!」
天の『第六感』が告げていた。
この男は恐るるに足りないと。
「そうやって、あんたがちゃんとしないから!」
天は男を両腕で捕まえてそのまま持ち上げる。
「てめえの!」
頭上で男をくるくると回した後、パイルドライバーで地面に叩きつけた。
「娘だろうが!」
男は一際大きな悲鳴を上げて、のたうち回る。
天は肩で荒く呼吸をしながら、男を見下ろして告げる。
「次は無いぞ」
「な、なんで……催眠が効かない……」
男は驚愕の表情で天を見上げる。
「人間になら効いたかもな」
「そ、そん……な……」
「自分の能力ぐらいきっちりググれ……ああいや、サイトで調べろ」
天は男の胸倉を掴んで頭突きをかましてから睨みつける。
「良いか、あんた。あんたはもうこの娘の親でも何でもない。二度と近寄るんじゃないぞ」
そう言ってから天は男を力任せに投げ捨てる。
頭を打って口が上手く聞けなくなったのか、意味不明な言葉を叫び続ける男に背を向け、天は愛香の前に向かう。
「大丈夫だったか?」
愛香は天に抱きついて何度も頷く。
「なら良かった」
天は彼女の頭を優しく撫でると彼女の手をとる。
「行こうか」
「……うん、お兄ちゃん」
その時だった。彼の『第六感』が正体不明の危険を感じ取り、背後から怒声とともに殺気が膨れ上がる。
「うおおおおおおおあああああぁぁぁぁあ!!」
包丁を持って男が天目掛けて突進してきたのだ。
だが天は正体不明の危険の正体がこの男ではないと何故か分かってしまう。
彼の脳は高速で回転し、ある可能性を導き出す。
「いやあああああああああああああ!」
すぐ目の前の愛香を見ると、怯えた眼で父親に向けて炎を纏った左手を突き出していた。
彼の理性が、自らの感じた危険の正体はこれだと推測する。
そして彼は『第六感』の補助も有って、次の瞬間に起きるであろう惨劇を理解する。
「駄目だ! そんなのは!」
天は愛香に背中を見せて親子の間に立ちふさがった。
右腕を大砲に変え、愛香の父親に向ける。
すぐに天の背中を豪炎が包み込む。
装甲で守られている天の意識が飛びそうな程の高熱と激痛だったが、それでも彼は照準をずらさない。
自分に向けてよろよろと突進してくる愛香の父親、その眉間に向けて76.2mm砲を撃ち込んだ。
天には時間がゆっくり流れているように感じられた。
徹甲弾が柔らかな人間の額に突き刺さり、衝撃で均一に凹みながら首ごと砕け散って消えていくのが良く見えた。
残った身体も砲弾の勢いで紙切れのように吹き飛んでいく。
続いて愛香の声にならない悲鳴が背後から届き、炎が一瞬で消え去る。
「愛香ちゃん、見るな!」
天自身に理由は分からないが、彼の頭の中に愛香が父親を殺してしまうイメージが見えたのだ。
彼は恐る恐る振り返ると、彼女は目をつぶってしゃがみこんでいた。
念の為に彼女の視界を塞げるように天が立ち位置を工夫していたお陰で、彼女は父親が死ぬ姿は見ていない。
「……お父さん、居ない?」
「もう居ないよ。だけど、良いと言うまでは目を瞑っているんだ。良いかい?」
「うん……」
「じゃあ行こうか、愛香ちゃん」
天は愛香をお姫様抱っこするとまた歩き出す。
夜は何時迄も暗く、道は何処までも続いていた。
次回の『転生者になろう!』は!
「そこに隠れている奴。次は当てる。お前が何者か知らないが、俺の主砲を喰らって無事で済むとは思うなら、そこで大人しく砕けて消えろ」
「貴方が何の能力を持っているか知らないけど、沼淵氏を殺し、その娘を誘拐したのは貴方ということで間違い無いと判断させてもらうわ」
「そういうことだ、ロリコン野郎!」
愛香を連れて祖母の家まで向かう天の前に現れる双子の転生者!
彼等は天の行動を見て、彼を犯罪者と断定して天に襲いかかる!
「タカシお兄ちゃん! ちゃんとお話しないと駄目だよ! 本当に喧嘩になっちゃうよ?」
「確かに無用な戦闘は好ましくないが、こいつらに話が通じるとも思えないし……そもそも居場所も分からないし……いや、待てよ」
傷ついた身体だが善戦する天。
しかし二人のコンビネーションに追い詰められたその時……。
「お兄ちゃんは悪くないの! 私を助けてくれたんです!」
「やめろ愛香ちゃん!」
次回、転生者になろう! 第三話『ヒーロー?』
乞うご期待。