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第一話「転生者になろう!」

「天君って男の人が好きとかじゃなかったの? 私、天君のことはちょっとそういう風に考えてなかったから……」


 平田天(ヒラタ タカシ)は激怒した。

 彼は小学校を卒業してからすぐに男子校に入り、大学に入るまでは女性らしい女性との会話など無い生活を過ごしていた年齢=彼女居ない歴の男子大学生だ。

 だが今目の前の女性が言っているのは断り文句としては最低最悪のものであることだけは分かったのだ。


「え、いや……俺は普通に異性愛者で……」


 だがしかし怒り、驚き、そして哀しみといった感情は、臨界点を越すと人の心を穏やかにする。

 悲しいかな、始めての告白をそんな形で簡単に袖にされた結果、彼は苦笑いしか浮かべることができなかった。

 泣いたら迷惑だろうなと思って泣けなかったのだ。


「ああ……そうだったんだ。ごめんね? 気づけなかった私も悪かったわ」

「あ、うん、いや……なんというかこっちこそごめん」


 目の前の女性は天と同じ苦笑いを浮かべる。


「あ、でも天君が男の人が好きな人じゃないってことはさ。もしかして多千花(タチバナ)君とは只の友達……?」

「いやまあ仲良いけど……」

「本当!? 実は私、多千花君のことが気になってて……」


 目の前の女性は目を輝かせている。

 今、ここで冷たくしたら下心から優しくしていただけのクズと思われるんじゃないだろうか。

 彼はそう思われるのが怖かった。

 そんな事を考えてしまった結果、彼はこの後自分を振った女から恋愛相談を受けることになったのであった。


 

「最低だ……」


 時刻は夜十時。

 静まり返ったマンションの一室で、天は外の風景を眺めながら一人で酒を飲んでいた。

 友達が慰める為に飲みに連れて行ってくれることになっていたのだが、彼は断った。

 今夜は誰とも会いたくなかったのだ。


「僕は一体何をしたかったんだ……」


 彼は大学デビューする前のキャラに戻っている自分に気がついて深く溜息をつく。

 女っ気の無さを除けば、彼の生活は順風満帆な筈だった。

 しかしその女っ気の無さが彼には許せなかった。

 大学に入れば今までとは違う何かが有ると信じていた彼は、どうしてもその今までと違う何かの為に彼女が欲しかったのだ。

 彼が心のなかで感じている空虚さを満たす物になると思ったのだ。


「そもそもなんだよ。あの女、僕を馬鹿にしやがって……」


 彼はウイスキーを並々注いだグラスを一息に飲み干し、一緒に入っていた氷を噛み砕く。

 喉が焼けて、胃が燃え、脳みそが揮発し始めた丁度その時、彼のスマホがメールの受信を告げた。

 彼は蒸発しつつある理性を用いて受信ボックスを確認する。


「転生者に、なろう……?」


 それが彼の元に届いたメールの題名だった。

 すぐに本文にはどことも知れぬサイトへのリンクが張ってあるだけだ。


「くっ……ふふ」


 天はくすくすと笑い始める。

 すでに今の彼は箸が転がっても笑う程度には酔いが回りだしている。


「ふふ、ははは……」


 迷惑メールにしては面白い。

 彼はそう思っていた。


「あははははははははは! ちょっとからかってみるか!」


 彼はそう言ってためらいなくリンクを踏む。

 アカウント作成と書かれていたので身構えたが、IDとパスワードを決める以外に情報の入力は一切なく、作業はすぐに完了してしまった。


「IDはEz_8、パスワードは……これで良いな。ログインっと……あれ?」


 携帯はリンク先のページへと繋がるが、その画面には何も表示されない。

 真っ白だ。


「……はあ?」


 詐欺ですらない。


「あんだよ、ったくよぉ……」


 彼は更にもう一杯グラスを飲み干すと、勢い良く立ち上がる。


「詐欺師まで僕を馬鹿にしやがって……あっ」


 ベッドに向かう為に足を一歩踏み出した時、天は足を滑らせて頭から酒瓶に向けて突っ込んだ。

 床に倒れた後、彼は頭から血を流したままピクリとも動かず、息を引き取ったのである。



「……少し眠っていたかな」


 天は目を覚まして辺りを見回す。

 一面血まみれだ。この血液の量で生きている訳が無いので、天はこれを夢だと判断した。

 なにせ自分の頭がぶつかったと思しき酒瓶とテーブルが粉々になっている。

 まるで何か堅いものでも叩きつけられたかのような有り様だ。

 自分はここまで石頭ではない。

 彼はそう思って自らの頭に手を触れると、少しねとつくような冷たい液体が彼の頭を濡らしている。


「う、うわぁあ!?」


 それは血だった。

 彼は慌てて頭を手で触るが、傷らしいものはない。

 幸い意識はしっかりしているので救急車を呼ぼうとスマホを手に取ったその瞬間、非通知の着信が来た。

 操作しようとしていたその指で、通話のパネルをタッチしてしまう。


「あっ」


 通話を終わらせる為に操作を行おうとした天の指は、電話の向こうから聞こえてきた声によって止まる。


「もしもし、ヒラタ君かなぁ? 良かったらぁ、今ちょっとお姉さんとお話して欲しいなーって」


 少し眠たげな声のおっとりとした女性の声だ。

 甘い響きに蒸発していた天の理性も瞬く間に回復を果たす。


「はい、タカシです。天と書いてタカシと読むのでぜひお気軽に名前で読んでください」


「んふふ、タカシ君って面白いんだねー? 死んだ後なのにピンピンしてるぅ? っていうかぁ、私の話聞いてくれる転生者(サクセシュア)って珍しいんだよねぇ。嬉しいなぁ」


「いやもうこんな声の綺麗なお姉さんの話を聞かせていただける限りは何時迄も聞く所存ですよ!」


 死んだだのサクセシュアだの何か変なことを言っているのは分かったが、彼にとってお姉さんの綺麗な声はそういった瑣末な情報より価値が高い。

 女性の声を聞くだけでも嬉しくなってしまう男子校出身者の悲しき性だ。


「そっかー、じゃあ本題入るねぇ」

「はい!」

「ぱんぱかぱーん、平田天君。貴方は転生者(サクセシュア)になっちゃいましたー」

「……はい? どういうことでしょう」

「えっとね、貴方は一度死んでから転生してー……すっごい能力を持った超人になっちゃったの。輝憶(フレア)と呼ばれる超能力で、前世の自分の力を引き出して扱えるんだよ」

「前世の自分の力? 一度死んだ?」

「そうねぇ、まずはパソコンを立ち上げて君のメールボックスを見てくれるかなぁ? ちゃあんと説明しなきゃだもんねえ」

「いますぐ見ます!」


 天は流れるような動作でパソコンを立ち上げてメールの確認を行う。

 確かにスマホに来ていたのと同じメールが来ていた。


「そのリンクを踏んでくれる? 今度はちゃんと見える筈だから」

「こうですか?」


 天は言われた通りにリンクを踏む。

 するとブラウザから『Rech』という名前のホームページが表示された。

 見たところ平田天のマイページらしいことが解る。


「うん、ログインできてるねぇ。今回は最初だからIDとパスワードは私も確認しているけど、パスワードだけでも後で変更してねぇ?」

「任せて下さい!」

「じゃあ説明を始めるよぉ?」

「任せて下さいよ!」

「貴方は転生者(サクセシュア)と呼ばれる超人になってしまいました。そしてその超人達が集まる電子掲示板がこの『レック』というサイト。私は管理人の一人、蒼ちゃんです」

「えっと、蒼ちゃんさん。俺はそのサクセシュアって奴になったんですよね」

「そーですよー」

「確かに……」


 天は落ち着いてゆっくりと背後を振り返る。

 部屋中血だらけ血の池地獄だ。

 だいぶ意識もはっきりしてきて、彼はこれが夢の類ではないことを改めて認識する。

 そして気づく。

 冷静に考えると何故この電話の相手は完璧に連絡先を知っていて、完璧なタイミングで電話をかけられたんだ?

 天は背筋に冷たい物が走るのを感じる。

 少なくとも今通話している相手はやばいタイプの人間だ。


「確かに、これで生きているんだから超人かもしれません」

「そーですよーぉ」


 電話の向こうで嬉しそうに蒼は笑う。


「天君は物分かりが良いですねぇ、蒼姉さん嬉しいです」

「この惨状から見るに、俺はHEROESみたいな超再生能力でも手に入れたんですか? あのアメリカドラマの」

「うーん違うよぉ、別に頭ぶつけたくらいじゃ転生者(サクセシュア)は死なないってだけぇ」

「スタンド使いよりは丈夫なんですね」

「うん。転生者(サクセシュア)には基本能力として超再生と認識汚染が有るんだ」

「なんですかそれ?」

「えっとね、超再生はサクセシュアによって付けられた傷以外はすぐに再生してしまう能力。認識汚染は輝憶(フレア)を持たない人に輝憶(フレア)を認識させない能力、限定的かつ受動的な記憶操作だね」

「その時点でわりとすごいと思うんですが……俺の特別な能力って?」

「うん、今からそれを調べるのー。マイページからスキルの欄に行ってくれる?」

「あっはい」


 彼がスキルと書かれたページを開くと、ゲームのように幾つかのスキルが並んでいた。

 『精密砲撃』、『戦闘機動』、『悪路走破』、『榴弾装填』、『徹甲弾装填』、『傾斜防御』。

 天はそれらの使用タイミングやコスト、効果を確認する。

 それらを彼は始めて見る筈なのに、そのスキルで何をできるかを彼は完璧に理解してしまった。


「……成る程」


 天は右腕をまっすぐ伸ばして瞳を閉じる。

 右腕の表面から液状の金属が染みだして彼の腕を覆い、戦車の砲塔と同じ形状になって固まる。


「俺、本当に人間じゃなくなっちゃった……」


 銀白色の76.2mm砲は、まるで今作られたばかりかのような輝きを放っている。

 人間の身体から現れて良いものではない.


「どうしたの? 能力を発動させて驚いちゃってる感じー?」

「…………」

「言葉も出ないか。仕方ないね。貴方は前世、二次大戦で活躍した戦車だった……と言われても納得出来ないもの」

「見てしまった以上、疑わないけど……すごいですね」

「このページを見れば解る通りねー、貴方は戦車のように戦うことができるのー」

「戦う以外のことは……あの、女の子にもてるとか……」

「無いよ」

「えー」

「でもその代わりにすごく無駄の無いスキル構成だよ。無生物型の転生者(サクセシュア)だとまあ良くあるんだけど、無生物型自体少ないからねえ」

「俺、戦うよりもやりたいことが……」

「でもでも天くん?」

「なんですか?」

「やりたいことも良いけど、今持っている力で何ができるかも考えないと駄目だよぉ?」

「今持っている力?」

「例えば君は、今日振られたよねえ?」


 天はその言葉を聞いてビクリと体を震わせる。

 あの悲しい記憶、聞きたくも無い恋話や相手の小馬鹿にしたような謝り方が頭の中を掠める。

 考えないように忘れるように頑張ったのに忘れない。

 ついさっきまでのことなのだ。

 忘れられる訳も無い。


「その時、どう思った?」

「悔しいですよ……あんな扱い有って良い訳無いでしょう! 俺だって男の子なんですよ!?」

「そうだよねえー、辛かったよねぇ?」

「…………」


 天はパソコンの画面を前に俯く。

 辛かった。

 本当に辛かった。

 あんなこと言われて許せないに決まっている。

 こんなこと間違っているのは分かっている。

 振られた人間が悪いのであって、彼女に非は無い。

 そう思い込もうとしていた。

 でも駄目だった。


「あの女……!」

「君は人間を超えた転生者(サクセシュア)となった。そして余人には遥か及ばぬ輝憶(フレア)も有る」

「あの女、あの女は……!」


 天は震える拳を机に叩きつける。

 机は真っ二つに割れてパソコンが勢い良く地面に滑り落ちて画面が消える。

 彼は立ち上がり、叫ぶ。


「あの女は絶対に許さん! 振るだけならばまだしもホモ扱いしやがって!」


 彼の右腕を覆っていた金属が全身を覆い、深い緑色の甲冑になって彼の身体と一体化する。

 その後、彼は冷凍庫からウォッカの小瓶を一つ取り出して、景気付けにそのまま飲み干した。

 身体の変化が影響しているのだろうか、エタノールの痺れるような痛みさえ心地良い。


「さあ、君は何を為す?」

「あの女、ぶっ殺……」

「殺さないの?」

「殺す価値も無い。ちょっと彼女の愛する日常をぶち壊してやるだけですよ」


 自分の今感じている痛みを思うと、それが仕返しとしては妥当であると彼は思っていた。

 なお、本人は気づいていないが凄く爽やかな笑みを浮かべている。


「……紳士だことで」

「あの、それって皮肉ですか?」

「いえいえ、目覚めたての転生者(サクセシュア)にしてはまともなこと考えるなーって。きっとご両親の教育が良かったのね」

「どうだか……ともかく俺はもう行きます。お世話してくれてありがとうございました」

「どぞどぞー通話切るわねー」

「はい」


 天は通話を終わらせて、スマホを部屋の片隅に放り投げる。

 そして窓を開け、真っ暗な夜の街の中に飛び出していった。



 天が居なくなった部屋で、再びパソコンの電源が点く。


「……さて、今しか見られないもんねー」


 蒼は自分のパソコンを、遠くから天のパソコンと接続した状態で操作を開始する。

 彼女が開いたのは天のマイページにある固有スキルと書かれた欄だ。

 彼女はそこに、自分が探し求めてやまなかった『第六感』のスキルが有ることを確認して思わず笑みをこぼす。


「やぁっと見つけたわぁー……後は他の皆と情報を共有しておやすみなさーい、ね」


 彼女はそう言って他の管理人達を呼び出した。







【次回予告】

「夜の闇からこんにちわ! 戦車だよ!」

 無事に彼女の住んでいる部屋を砲撃&半壊させた挙句、レポートの入ったパソコンを破壊した彼だったが、犯行現場から逃げる途中でその姿を目撃されてしまう。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 真っ暗な夜道を一人で歩いている子供を放っておけなくなった天は彼女を祖母の家まで送り届けることになる。

「そうと決まれば此処には居られないな。行こうか」

「うん!」

 だが少女の父親が彼等を追いかけてきて……

「彼女は娘じゃない。俺の妻なんだ!」

「そうか、死ね!」

 次回、転生者になろう!第二話『馬鹿が戦車でやってくる』

 乞うご期待

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