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俺の選択

 俺は一家の主で、父親変わりだ。

 俺の言葉は、義妹である朋夏と千秋には重く響く。

 俺は自分の言葉で、朋夏を、千秋を縛りたくない。

 だから、劇でだって、俺は誰も選ばなかった。


 桐原家のルールがなくなった今、俺の言葉は今まで以上に重いだろう。

 俺の何気ない一言が、この子たちの将来を左右する。

 だから、俺は今回だって何も選ばない方がいい。


 はずだけど……。

 はずだったけど……。


 俺はもう桐原家の兄の演技なんてしたくなかった。


「俺だって、二人と一緒にいたいよ。

 カメラだって父さんだって関係ない。

 俺だって、二人とずっと一緒にいたいよ」


「もーっ! なんで今までずっと言ってくれなかったの!

 朋夏も千秋もずっとずーっと不安だったんだから。

 カメラの前でばっかりかっこつけて。

 ずーっと朋夏たちに何にも声かけてくれないし。

 もう馬鹿、嫌い!」


 椅子から腰を浮かせて、俺の肩にしがみついてくる朋夏。

 俺のワイシャツが温かい涙にぬれる。

 対面の千秋も椅子から立ち上がって、

 もう一方の肩に抱きついてぐっと掴んでくる。


「よかった。よかった。うううっ」

 嗚咽が漏れると、咳を切ったように、千秋が泣き叫ぶ。


 小さい小学生の子供みたいに千秋は、えんえんと泣く。

 朋夏もそれに呼応するように、嗚咽を漏らす。

 けれど、千秋と違って、哀しさより怒りのほうが勝つらしい。


「あの劇だってなんなのよ! なんで、朋夏のこと選ばなかったの!

 ばーか! お兄ちゃん、ふざけてばっかり。

 かっこつけないでよ! なんなの!」

 朋夏がヒステリーを起こして、俺をやたらめったらに叩く。


「痛いよ。痛いって、朋夏。ごめん、ごめんな」

「私だって手が痛いわよ!

 全部お兄ちゃんが悪いんだから、我慢しなさいよ!

 なに、泣いてんの! 泣いたって許してあげないから!

 ばーか、全部お兄ちゃん、自分が悪いんだよ!

 ばーか、ばーか、ばーか……」

 朋夏の罵倒がどんどん嗚咽混じりで聴き取れなくなる。


「ごめんな」と俺はずっと謝り続けるけれど、

 でも、俺だって自分ですら何を言ってるか分からなくなった。

 2人を抱きよせて、ずっと謝り続ける。

 俺たち兄妹は、綺麗な涙ならいくらでも流したことがあるけれど、

 こんなみっともなく泣いたことなんて初めてだった。

 なんて言ってるか分からないくらい嗚咽したことなんてなかった。


 涙を流しても、台詞はきっちり聞こえるように言わなければならなかった。

 朋夏の泣き声と千秋の泣き声が合わさって、

 俺だってもっと大きな声で泣いた。

 俺の泣き声を聞いて、義妹たちも泣き、声がどんどん大きくなる。


 俺たち兄妹は、こんな泣き方なんて知らなかったから。

 泣き止み方も分からなくて、ずっとずっと泣いて、

 泣き疲れて近くのソファーで3人で毛布だけかけて眠った。


 次の日、学園から帰ってくると

 我が家の監視カメラは綺麗さっぱりなくなっていた。

 おびただしい量の監視カメラがなくなって、

 我が家はがらんとしているように感じた。


 急に空間が広くなって、妙なものだけど、何か心寂しさを感じる。

 思えば、孤児院もこの家も学校も、

 俺にとっては監視カメラばかりだった。


 俺たち兄妹は、他の人からは奇異の目で移り、

 ずっといくつもの目に監視されていた。

 その中で、俺たちはそんな目なんて気にしないように

 3人で身を寄せ合って暮らしていた。


 目の前にある選択肢が多すぎるから。

 俺には、まだ。

 何を選べばいいか、全然分からなかった。

 それを、これからゆっくりと選んで行こうと、そう思った。


 昨日の言い争いなんてなかったかのように、

 朋夏は楽しそうに俺に話しかけてくる。


「お兄ちゃん、朋夏の髪の毛触って触って」


 昨日の涙の跡がまだ残っているけれど、

 千秋は嬉しそうに笑って俺を慕ってくれる。


「お兄ちゃん、千秋の勉強見てね」


 俺たちを監視するカメラはもうない。


 けど、俺たちは仲の良い兄妹を丁寧に擬態する。


 今やりたいことは、これくらいしかないから。

 これが俺たちにとって、大切なことだから。


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新連載 『転生勇者は魔王の手先!? -チーレム勇者の異世界無双-』 開始しました!

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