未選択
桐原家に玄関をくぐり抜けると、すぐにリビングから音がして、
義妹たちが俺を迎えてくれる。
「どうしたの、お兄ちゃん、お父さんに何か言われたの?」
駆け寄ってくる朋夏を宥めながら、俺は靴を脱いで土間を後にする。
千秋は朋夏から楽屋での話を聞いているのだろう、
何も言わないが心配そうに朋夏の後からついてくる。
俺はリビングのテーブルに腰かけた。
義妹たちも、それぞれの席に座る。
隣に座った朋夏が疑問を繰り返す。
「遅くまで話してたみたいだけど、大丈夫だった?
もしかして、怒られたりしたの?」
「いや、そんな事はなかったよ。ただ、色々話があって」
朋夏を見て、千秋を見て、それからもう1度朋夏を見る。
「父さんから手紙を預かってきた」
カバンの中からクリアファイルをだし、手紙をテーブルの上に置いた。
「簡単に説明すると、俺たちはもう家で演劇をしなくていいらしい。
カメラも全部撤去するって話らしい。
俺と朋夏の婚約の話も破棄。
もう、好きに生きていいってさ」
「え? なんで?」
「俺に父さんの考えは分からないよ。
でも、もう同じことを繰り返しても意味ないんじゃないかな。
父さんもやめ時を、ずっと悩んでたみたい」
「だったら、さっさとやめてくれればよかったのに。
こっちだって、色々と大変だったんだから」
朋夏の言葉は最もだ。
「ねぇ、お兄ちゃん」おずおずと、千秋が言う。
「千秋たち、どうなっちゃうの?」
朋夏も慌てて、俺の方を見る。
「自由にして、良いみたいだよ」
「自由って?」
「家に縛られる必要がないってことさ。
千秋ちゃんはまだ中学生だし、
卒業するくらいまではここに居て欲しいけど、
でも、もうどこに住んでも良いんだって。
お金の心配も、しなくていいってさ」
「やだよ! 千秋、どこにも行きたくない」
「うん。そういうの全部ひっくるめて、自由にしていいって。
俺たちはずっと言いなりだったけど、これからは選択肢があるんだよ。
好きなようにしていいんだ」
心配そうに眉根を寄せていた朋夏が俺の目を見据える。
「お兄ちゃんは、……どうしたいの?
学校は? お兄ちゃんはもうおしまい? もうここに住みたくない?」
質問が多すぎて、どれから答えればいいだろう。
「ねぇお兄ちゃん。
劇で、誰でも選んでいいって言われたのに、何で誰も選ばなかったの?
なんで、朋夏を選ばなかったの? どうして選んでくれなかったの?
お兄ちゃん、もう嫌になっちゃった?」
千秋が肩をびくつかせ、「やだよ、そんなの」と言った。
「お兄ちゃんどうするの?
お兄ちゃんがいなかったら、どうなるの? 千秋たち」
「二人とも落ち着いて。
お兄ちゃん、いや、俺だって、まだ何にも考えてないよ」
「お兄ちゃんは、どういう気持ちなの? もう、一緒に暮らすのは嫌?」
「朋夏、落ち着いて。何にも考えてないってば」
「考えてなくったって、嫌かどうかくらいは言えるじゃない!」
「そういう意味じゃないよ。嫌じゃない。
嫌だったら、父さんの許可なんか関係なく出て行ってるよ」
俺は朋夏の頭を撫でようか迷って、でもやめておく。
「朋夏、おまえ、昔家出したことがあったろ。
あの時は、俺と千秋で探したけど。
出て行きたいなら、あんなこともうしなくていいんだ。
いきなりいなくなるとびっくりするからやめてほしいけどね」
「家出なんてもうしないよ! 私、二人と一緒にいたいもん。
出て行きたくなんてないよ!
どうしてそんなこと言うの? 朋夏のこと嫌いなの?
出ていって欲しいの?」
「違うよ。そうじゃないんだ。
ただ、選択肢として、
これからはそういう事も考えられるってだけの話を」
「ねぇ、お兄ちゃん。
私が聞いてるのは、そんな話じゃないの。
お兄ちゃんはどう思ってるの? 私は二人と一緒にいたい。
千秋とお兄ちゃんはどう思ってるの?」
「千秋だって一緒にいたい。やだよ、離れ離れになるの」
「お兄ちゃんは?」
「俺の気持ち?」
「ねぇ、ふざけてるの? なんで、そんな平気そうな態度してるのよ!」
朋夏が俺のことを睨み付ける。
そんな目をされたって、しょうがないじゃないか。