審査員特別賞
舞台袖から、実行委員の腕章をつけた女の子が飛び出して、
司会に何か紙を渡す。
「おっと、まだ終わってはいなかったようです。
なんと! 今年は、ここ2年間、
受賞者がいなかった審査員特別賞に輝く作品があったようです!」
芝居がかった声が会場に響き渡る。
「平均得点4.8点。
桐原冬人先生推薦作品。
『あいまいガールフレンド』
審査員特別賞受賞です! おめでとうございます!
クリエイターの皆さんはこちらに出てきてください。
みなさま、拍手をお願いします!」
目を瞬かせながら結太を見る。
結太もこちらを向いた。
同じように目をぱちくりしている。
司会がこっちを向いて、手招きしてる。
ワンテンポ遅れて、「やばい早く行かなきゃ」と俺たちは歩を進めた。
二度目の舞台檀上。
演劇の際は、意識しないようにしていたが、沢山の人が集まっている。
いつも学生を監視しているカメラではなく、
2つずつの生きた視線が俺らに注がれている。
舞台の前のほうで、大きく手を振って喜んでいる千秋が見えた。
俺は顔を綻ばせる。
「おめでとうございます。
では、審査員特別賞のみなさんにも、一言いただきましょう。
まず監督の仲里さんからお伺いいたします。
この『あいまいガールフレンド』ですが、
桐原冬人先生の『愛妹ガールフレンド』が基となっているのですよね?」
「はい。本学園の、といっても当時は学科でしたが、
一期生であり、キャラ学を広めた桐原先生の作品を基
にさせていただきました。
今となっては旧い作品となってしまいましたが、
先生のファンだったこともあり、
先生の代表作であるこの作品を学園でやってみたかったんです」
「『愛妹』が『あいまい』になっているのは意図があるんでしょうか?」
「ええ、原作の魅力は煮え切らない主人公が、
最終的に最愛の妹を選ぶという作品です。
ただ、原作通りの『愛妹』ですと話の結果が分かってしまいます。
そこで平仮名にしました。
それからもう一つ、実は今回の演劇は、
最後の告白のシーンから即興劇だったんです。
物語のベースはありましたが、そこからどれを、
いや誰を選択してもらうかを
主人公の春人くんに演劇のその場で選んでもらう、
という方法を取っていました。
ただ、監督である僕も驚いたのですが、春人くんが選んだ選択肢は、
僕が用意したシナリオのどれとも違うんですね。
キャラクターが勝手に動き出すというのは、
シナリオを書いていてよくあることですが、
まさか、この一大舞台でやってくれるとは思いませんでした」
言って、結太が俺を見る。
「そうだったんですか! いやー、春人さんは、チャレンジャーですね。
その点について、お聞かせ願えますか? 春人さん」
「え、ええ。あのー。
俺も原作は読みこんでいまして、」
何を言えばいいのか分からない。
俺は思ったことを口から出るままに言うことにした。
「原作の良さは、煮え切らない主人公の、なんというか、葛藤?
だと思うんですね。
読者の方が非常にじれったくなるくらいに、その葛藤を書ききっている。
それが最後に『妹』を選択することで、読者はカタルシス? を得る。
俺としては、その葛藤? をですね。
そのどういったらいいか、作品が終わった後?
にも引き継いでいただきたいかな、と。
そんな風に思ってまして」
何を言いたいのか自分でもよく分からなくなってきた。
「ただ、あの。
俺がいきなり勝手なことをやり始めたもんで、八代さん、あの彼女です」
と言って、八代を指差す。
「凄く怒ってまして。
劇の最後で俺は彼女に首を絞められていましたけど、
結構本気で俺のことを殺そうとしていたようです」
会場でくすくすと笑いが起こった。
「そうなんですか。
八代さん、そこの所、いかがでしょうか?」
「いえ、私はすごくいい劇が出来たと思っています。
その劇が、こんな素晴らしい賞までいただけて、感無量です」
八代は余所行きの声で言って、涙をぬぐうように目じりをこすった。
「いやー演技派ですねー」「演技じゃないですよー」
「ははは、ということらしいです。
さて、最後にヒロインの方にお話を伺いたいのですが、
最終的に『妹役』の桐原朋夏さん、
おや、主人公の桐原春人さんの妹さんなんですね。
いやー、演技が自然なはずだ。
おっと失礼、朋夏さんがヒロインということでよろしいですよね?
……はい、では朋夏さんに劇の感想をお願いします」
「はい。兄が台本にないことを言い始めるもので、
劇をやっていて非常に困っていました。
原作が原作ですし、事態を収拾するには、
二重の意味で妹の私しかいないと思い、
劇をしながら、必死になって考えました。
その成果が少しでも作品の良さに繋がっていてくれたら、嬉しいです」
「いやー、会場のみなさんには伝わっていると思いますよ。
春人さん、しっかりした妹さんやチームのみなさんに
囲まれて幸せものですね」
俺は、楽屋での彼女らが倒れ込みながら爆笑していた光景を
思いだしながら、口をひきつらせて言った。
「ええ、ほんとに」




