やかまし男の娘
「はーい、はいはい!
春人くんはズバリ受け攻めどっちなのでしょーかっ!」
薫がとんでもないことを言い始める。
「そんなのネコだろ。決まってるじゃない」
「あ、あたしもそう思う。紅音先輩に賛成」
「朋夏には攻めてほしいけど、そう言う事なら受け、ですかねぇ」
「えーボクは攻めてほしいな、ここぞという時には。
やっぱりギャップがいいよねー」
グループのみんなが無遠慮に俺の事を上から下まで
嘗め回すように観察する。
状況的には、鈍感系主人公専攻たる俺にとって馴染深いハーレム展開だ。
だが、意味合いが180度変わってしまっている。
俺は突然ホラーの世界に紛れ込んでしまったかのように、
目を見開いて口元を不器用に引き攣らせてガタガタと震える。
そういう自分を演じる。
「鈍感系なんだから確実に受けだろ。それ以外ない。
そりゃ、ギャップ萌えってのは認めるけどさ。
でも、原作にそういう描写があるんならまだしも、
このヘタレにはそういう要素ないだろ」
誰がヘタレだ。
「そうかなー。
あ、でも、相手が誰かによっても変わるよね?
変わるでしょ? 結太くんが相手だったら、どうかな?」
「うーん、それは難しいな。
結太だとまんま攻めと見せかけての受けって線があるよね。
そういう事なら、桐原攻めもあるかな」
「でしょでしょー」
「きゃー、あたしちょっと顔が火照って来ちゃったかも!」
「お兄ちゃんが攻めかー。
どうせ攻めるなら男らしくいってほしいですよね」
じゃあさ、じゃあさ、なんて色々なケースを促そうとする薫を制止する。
さすがにこれ以上はついていけない。
「あーあーあー。やめてくれよ!
思想の自由は認める、認めるよ。
俺だって妄想くらいしないこともないからね。
けどさ、あまりにも無節操過ぎるよ。
本人の前でそういう事を言うのはやめてくれないか?」
テーブルの中央に集まっている妙な熱気を振り払うように、
腕を上下に振ってその熱量を霧散させる。
テーブルに肘をついて前傾姿勢で自らの野性を
解き放っていた乙女たちが、俺の方に振り向いた。
「なんだよ、桐原のメタネタを引き出してやってるんだろうが。
自分のメタ的な立ち位置を知っておくことでよりよい
キャラクター表現が可能になるんだ!」
なんかもっともらしい事を紅音先輩は言っているが、
そんなのは世迷いごとだ自分が楽しみたいだけの堕落だ。
そもそも、アンタの今の恰好はなんだというのだ。
男の子が誰でも憧れを抱くメイドさんなんだぞ!
男の夢を軽々しく壊してはいけないんだ!
「自分がホモネタにされてるなんて黙っちゃいられませんよ。
おまけに目の前でやられたらたまったもんじゃない。
TPOを考えてください、TPOを。
それから俺を引き合いに出すのをそもそもやめてください」
「だからダメだというのだ。
早乙女を見てみろ、自ら率先してネタ振りまでしてくれてるじゃないか」
えへへー、と呑気に笑う薫を見て、
俺は少し、いやかなりイライラしてしまう。
誰のせいで俺が不機嫌になっているというのだ。
「そりゃ、こいつの専攻が、っていうか生き方が、
っていうか、こいつがホモだからでしょ!」
部室内が一瞬でシーンと静まる。
セリフの内容のせいだろう。
室内の女子のほとんどが好奇の目を向けてくる。
俺の指し示す先を見て、「なーんだ」と失望する人と、
「おお!」と目を輝かせる人に分かれた。
男子の何人かが「なにいってんだ、こいつ」と手を広げてやれやれと言う。
そんな、心底やれやれな連中に「え、お前知らないの?」
と親切な人が真相を教えてやっている。
やれやれな人たちは目を見開いて愕然とし、
その状態のまま固まってしまった。
アニメだったら石化とかで表現されるんじゃないだろうか。
「好きだったのに」なんて言って蹲る人もいる。
目を輝かせているやつも一定数いるようなのがこの学園の怖い所だけど。
室内の注目を集めている当の本人である薫は、
赤く染め上げた頬を隠すようにした。
それから、立ち上がって俺の服の袖をちょびっとだけ掴む。
「もうー、春人くんったら変なこと言わないでよー」
「うるせぇよ、 ホ モ 野 郎 。俺をネタにするのはやめろ」
言うがいなや、薫に胸倉を捕まれる。