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春人の選択

「ごめん。俺には選べないんだ。

 俺には選ぶ資格が、ないんだ」


 俺は自分の口から出た言葉に、自分で驚いた。


 何を言ってるんだ?

 こんなシナリオ、どこにも用意されてない。

 何をやってしまったんだ? 俺は。


 目の前のヒロインたちが驚いている。


 1回も練習がしたことがない。

 誰にも、俺にも想定できない言葉が出てしまったからだ。

 俺たちがやろうとしたのは、即興劇の真似事だ。

 誰も即興劇の練習なんてしたことがない。

 こんな大舞台で、俺は何をしでかしたんだ……。


 5秒経った。


 いくつかの方向修正のパターンが想い浮かんだが、

 俺は自分に驚いて戸惑っていた。


 八代が一歩踏み出した。

「あんた、馬鹿じゃないの! ふざけるのもいい加減にして!

 みんな、どれだけの想いでここに集まったと思ってるの。

 好きな人に否定されるかも知れないのに。

 それでも、みんなあなたの言葉が聞きたくて来たのよ」


 俺はその言葉につられるように一歩踏み出してしまう。

「み、みんなで一緒にふざけあってる時間が、

 俺にとって一番大切なんだよ」


 唯が一歩踏み出す。

「でも、もう紅音先輩、卒業しちゃうんだよ?」

「分かってるよ」

「分かってないよ! 春人は何にも分かってない!」


「俺は、みんなとの時間を壊したくないんだ。

 紅音先輩が卒業するのだって、まだ1ケ月も先じゃないか。

 まだまだ時間があるじゃないか」


 紅音先輩が誰よりも早く一歩踏み出す。

「もう、壊れちゃったよ。

 ううん、とっくに壊れてたの。

 でも、もう直らないってことにみんなで気づいたんだよ。

 気付けたんだよ?」


「でも、俺は……」

 俺は自分が何を言うのか分からなかったが、口から言葉がついてでた。

 けれど、言葉を続けることを八代が許さなかった。


 八代が激昂して、俺に近づき、襟をつかんで首を締め上げてくる。

 あまりにも力が強くて、呼吸ができない。


「まだ1ケ月あるですって?

 あんた、私たちを何年待たせたと思ってんのよ。

 私を何年待たせたと思ってんの!

 なんで、私が今こんなことを言ってると思ってんの。

 これ以上、私に待てっていうの? こんなことまでさせて!」


 八代の目に涙がたまる。

 堪えていた涙が一筋頬を伝うと、

 せきを切ったように八代の目から涙があふれ出てくる。

 顔には、悔しさがにじんでいるようだ。


 薫が八代に近寄り、八代を宥める。

 八代は抵抗せず、俺の襟首から手を離して崩れ折れた。

 俺はその場に腰から倒れ込んで、酸素を求めて喘ぐ。


「ありがとう、薫。薫だって可哀そうよ。

 やっと好きな男の子ができて、

 いっぱいおしゃれしてこんなに可愛くなったのに、

 選んでも貰えず、フっても貰えないなんて、

 そんなの可哀想過ぎるよ……」


「いいの、ありがとう香苗ちゃん。

 ボク、春人くんと一緒にいるだけで楽しかったから。

 オトコオンナってずっと馬鹿にされてたけど、

 でも、春人くんを好きになれて、

 一緒にお話しとかできて、ずっと嬉しかったから」

 八代はタガが外れたように泣き、泣きながら薫の名前を何度も呼ぶ。


 薫も静かに涙を流しながら、八代の背中を優しく撫で続けた。

 俺は呆然と2人の涙を見続けることしかできない。


「春人、お願い。

 誰か選んで? そうしないと、あたしたち……」

 唯が言葉を続けようとして、八代が遮った。

「もういいわよ。こんなやつ。

 ずっと一人っきりで悩んでればいいんだわ」


 八代は薫から離れて、立ち上がり、俺のことをきっと睨み付けた。


「もう行こう。

 こんなヤツと一緒に居たって、みんなが嫌な気持ちになるだけなんだ。

 私たち、あんたのせいでずっと仲が悪かった。

 あんたには、そう見えてなかったかも知れないけど」


 八代の言葉は涙が混じっていて、聴き取りづらかった。

 紅音先輩が俺に一歩近寄って、八代の言葉を引き継ぐ。


「春人くんの前じゃ喧嘩しないように、ってみんなで決めてたの。

 でも、おんなじ人を好きになったから、いつの間にか仲良くなってた。

 喧嘩をやめて、抜け駆けしないで正々堂々恋しようね、って決めたの」


「もういいよ、そんなこと! もう全部だめになっちゃったんだ!

 みんな、もう行こう! 私たちが悩む必要なんて、

 これっぽっちもなかったんだ!」


 八代は叫んで、紅音先輩の手を取った。

 引っ張られて、

 紅音先輩は俺を一瞥してから八代と一緒に遠ざかっていく。


 薫も俺を見た。

 寂しそうに、失恋したのを何とかこらえるような表情で、俺を見て、

 先の2人と一緒に俺から去っていく。


「2人も行こうよ」


 八代は唯と朋夏に声をかけた。

 でも、2人は動かなかった。


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