お姫様抱っこ
俺はもう高校2年になったし、朋夏は1つ下の高校1年生。
結婚もできる年齢になった。
小さかった千秋だって、もう中学2年だ。
恋心を他者に向けても良い年頃だろう。
膝に乗っかる朋夏も肩に寄り添う千秋も確実に成長している。
仲の良い兄妹というレッテルに不連続面が生じて、
歪なモノとして見える頃合いもそろそろだろう。
その時になったら、兄妹が終わりを告げて、
新しい関係性になるのだろうか。
そして、またその関係性を続けていかなければならないのだろうか。
ずっと撫でていると、いつの間にか朋夏は目を閉じていた。
「おい、寝るなよ。運ぶの大変なんだから」
「えーいいじゃん。お姫様抱っこしてよ、お姫様抱っこ」
「子供の頃じゃあるまいし、もう無理だよ。重すぎ」
「もー酷いことばっかり言うよねー」
言って、朋夏は気だるそうに起き上った。
俺も頭が重くて変な事ばっかり考えてしまう。
もう眠ってしまった方がいいだろう。
そうしたら、脳が勝手に情報を整理してくれる。
明日の朝日を浴びたら、こんな鬱屈とした気分も晴れてくれるだろう。
「もう寝ようか」
声に出して、ソファーから立とうとすると、
俺の身体が傾くのに従って千秋の身体がうなだれる。
「あれ、千秋、寝ちゃってるじゃん」
「仕方ないな」
千秋の首元と膝下に手を差し入れて、持ち上げる。
お姫様抱っこだ。
触れた千秋の身体は温かく、ボディーソープの匂いが鼻腔をくすぐる。
「なにそれ、千秋だけずるーい。贔屓してない?」
「単純に重量の問題」
「別に朋夏そんなに重くないんですけど」
「俺が華奢なんだって事にしとくからさ。
な? 大きな声出すと千秋ちゃん起きちゃうだろ?」
むー、とか意味不明な呻き声を出しながら、
朋夏は上目づかいに俺の事を睨んでくる。
俺はそれを無視して、千秋を運んで2階へ向かう。
寝ている子は、全身を弛緩させているから余計に重い。
実際に自分の腕力に自信がないので、階段に気を付けて一歩一歩進む。
上りきる頃には、額にうっすらを汗がにじんでいる。
それを拭うための両手は塞がっているから、
あと少しだと我慢して奥の千秋の部屋まで運びきる。
朋夏が開けてくれたドアを潜り、
薄暗い部屋に鎮座しているベッドに千秋を乗せて
2つ折りになっていた布団をかけてやる。
「おやすみ」
声をかけて退散。
朋夏が自分の部屋に行かずに俺の事をじっと見ていた。
「どうしたの」
「監視してたの。か弱い妹に手を出したりしないように、って」
「んな事する訳ないだろ」
「まーそれは良いんだけどさ。朋夏にもお姫様抱っこして」
何が「それは良い」のか分からないが、
朋夏は俺に向かって両手を広げてくる。
その仕草はお姫様抱っこを所望している感じではないけれど。
抱きしめて欲しがっているように見える。
「無理だって。千秋ちゃんですら、この様だよ」
腕をさする。
小柄な千秋ですら俺の腕は軋みをあげているし、息が上がっている。
運動しないと駄目だ。
高校2年にして、身体の衰えを感じる。
「すぐそこだから、ねっ? ねっ?」
朋夏は譲る気がないらしい。
「わかったよ。わかった、やるよ」
「わーい」
俺に近寄ってくる朋夏。
身体を横向きにさせて、首と膝に手を合わせた。
朋夏には俺に首に手を回すように言う。
膝に力を入れて、持ち上げた。
ふふ、と鼻を鳴らすように朋夏は笑った。
抱かれているという意識がある分、
さっきの千秋とは違い朋夏の方がかかる重みが少なく感じられる。
俺の首に回された手とか、
朋夏自身の姿勢とかによって力が分散しているんだろう。
部屋のドアは朋夏の脚で開けてもらって、部屋に入ってベッドまで運ぶ。
ベッドの上に優しくすとんと落としてやると、
朋夏は「ありがとーおにーちゃん」と甘えた声を出した。
寝転がったままの朋夏に布団をかけてやる。
「どういたしまして」
「んふふ、ちょっと目が冴えちゃった」
「そんなの知らないよ。おやすみ」
「おやすみー」
俺も部屋に戻って布団の中にのそのそと入る。
枕元の目覚まし時計に起きる時間をセットするのを忘れない。
久々の重労働で腕が軋みをあげている。
その倦怠感に意識を集中していたら、いつの間にか意識が途切れた。




