無限ループ
ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
俺は大きくため息を吐く。
そして、吐き出した分を取り戻すように大きく息を吸う。
身体の力をだらりと抜いて、
浴槽に背を滑らしながら頭まで湯船に漬かる。
息を止める。
脳裏に考えや映像の残滓が浮かんでくるが、
俺はそれには気にせずに考えることを放棄する。
少しずつ身体の中に蓄えた酸素が鼻から出て行ってしまう。
その酸素が水を鳴らすごぼごぼという音に耳を澄ませる。
後10秒。
9・8・7・6・5・4・3・2・1・0!
浴槽から顔を出して、酸素を求めて喘ぐ。
はぁはぁはぁはぁ。
髪の毛から滴り落ちてきて顔を濡らす水が鬱陶しい。
俺は身体ごと浴室から出て、シャワーを浴びる。
温度調整は少し冷ためにして、何もかもを洗い流す。
水温に耳を澄ませて冷たい水を浴びていると、
先ほどの考えが洗い流されていく。
火照った身体が冷却されて、思考がクリアになっていく。
落ち着け、と自分を言い聞かせる必要もなく落ち着いていく。
身体が冷え切るまでそうしていた。
寒さに震えたので、シャワーの水温をあげて俺は頭と身体を洗う。
タオルを頭に乗せたままリビングに向かうと、
2人の女の子がソファーに座っていた。
テレビを見ていた朋夏が俺に気付いて、ソファーの真ん中を開ける。
ここに座りなさい、とでも言うように開いた空間をぽんぽんと叩く。
俺は促されるままに座った。
「お兄ちゃん、お風呂長かったねー」と千秋。
「んー、疲れがたまってたのかな」
「えー朋夏が甲斐甲斐しくお世話してあげてたのに?」
「心を痛めてたんだ。朋夏に全部押し付けちゃってて」
「ん? 私は、大して大変でもないし、
そういう設定だったんだから、お兄ちゃんは気にしなくていいんだよ?」
朋夏は小首を傾げて心配そうにそう言った。
「うん、まぁそうなんだけどさ」
「これから尽くしてくれればいいよ。期待しちゃおうかなー」
朋夏はおどけた口調でそう言った。
カメラがないと、俺たちはシリアスな雰囲気に耐えられない。
血が、繋がっていないから。
「明日の夕飯、何食べたい?」
「千秋たちにも作れるものにしてね」
と千秋が釘を刺した。
朋夏がいじわるで変な事を言うのを恐れているのだ。
千秋は真面目だから冗談が通じなかったりする。
「んー」
人差し指を口において、上を向いて考える朋夏。
「ハンバーグ!」
「冷凍食品でよければ」
作った事はあるけど、学校から帰ってきて夕飯に間に合わせるにはきつい。
もうちょっと昔の感覚を取り戻してからじゃないと……。
千秋が不安そうな顔しているから、下ごしらえを頼むのも酷だし。
「えー、じゃぁねー。あ、あれがいい!」
「あれって、なーに? お姉ちゃん」
「なんだっけ、あれ。お兄ちゃんが前に作ってくれたやつ。
豚肉とメンマとコンニャクと……」
「ああ、あれね。分かった」
「あれってなんて名前なの?」
「分かんない。元々、適当にありものを炒めて作ってただけし」
炒めて味の素で調整すると、かなりおいしい物が出来上がる。
化学調味料万歳。
野菜を摂取する為にサラダを作って、味噌汁にするかスープにするか。
うーむ、明日の気分で考えよう。
「じゃ、明日はそれで。材料あったかな?」
千秋がソファーから立ち上がって、ぱたぱたと冷蔵庫に向かう。
「あるとおもうよー」
朋夏が後ろを振り返って大声で千秋に声をかけた。
「だてに家事してなかったからね!」
と隣の俺に振り向いて、得意そうに笑った。
「あったー」
「でしょー」
キッチンから戻ってきて隣に座った千秋の頭を撫でてやる。
「ありがとう」
髪の毛の流れに沿って、
優しく頭を撫でると千秋は気持ちよさそうに目をつむる。
飢えているのだろう、寄り添う存在に。
求めているのだろう、父親的な存在を。
思春期に対立すべき保護者がいない。
だから、千秋には反抗期が来ない。
「あーずるい。朋夏にもやってよ」
言いながら、俺の膝の上に頭を載せた。
俺は何も言わずに、その頭を撫でる。
「えーお姉ちゃんのがずるいよー」
「朋夏は昨日まで頑張ってたからいいの。
今日からはとことんまで奉仕してもらうんだから」
「えーずるいなー」
千秋は口を尖らせる。
けれど、その不満みたいなのは多分本気じゃない。
何度も何度も繰り返し同じ事を演じてきた。
けれど繰り返しなんてモノは、本当は存在しないんだ。




