ヒロインは誰?
「監督ーなんか展開早くねぇ?」
顎に手を当てて考え込んでいる結太に声をかける。
原作の『愛妹ガールフレンド』よりも3割増しくらいで展開が速い。
おまけに、八代と紅音先輩の台詞がよろしくない。
ちょっと決定的過ぎるのだ。
原作では、のらりくらりとあの手この手で避けつつ
「なんだよ、この優柔不断!」って感じが絶頂な時に
女の子たちがキレて問い詰められるのだ。
それで迷った末に、実妹を選ぶ。
うちのような桐原家とは違って、
物語の主人公たちは血が繋がっているのだ。
小さい頃に両親と死別し、それでも兄妹たちで支え合って生きてきた。
だから、一緒にいたい。
そう言って、物語は幕を閉じる。
読者も主人公のあまりのヘタれっぷりに嫌気がさし、
もうこいつはどうにもならないんじゃないか。
って所でようやく選択する。
そもそも「愛妹」なんて単語が入っているので、
妹を選ぶんだろうな、というのは読者が先読みしている。
それをとことんまで優柔不断にした結果、
本当のとことんまで迷った結果って所で選択する。
それがこの作品の売りだった。
だから、早い段階から選択を迫るような、
「卒業」というようなイベントを匂わせてタイムリミットを
迫るような台詞は、あまり好ましくない。
いくらなんでも、
タイムリミットを明示されたらどんなヘタれでも選択しそうなものだ。
それを受け手に感じさせてはいけない。
「ほら、そんなに考え過ぎるなよ」
何も喋らない結太を励ますように無責任な言葉を投げかける。
結太は、顔をあげて俺に視線を合わせた。
「ああ、うん。やっぱ、ちょっと早すぎるよな。
作品の魅力が有耶無耶になってると自分でも思う。
でも、原作通りやるのも芸が無いし……とか考えると袋小路でさ。
そのせいで展開を早くしようとしちゃってる、のかも」
「そんな根を詰めないでさ。
つっても、残り時間も迫ってきてるけど」
「分かってる。なんとかするよ」
「なんか手伝える事あればすぐ言ってくれな」
「ああ、ありがとう」
結太はどこか上の空のままだ。
「おーい、結太。今回の私は良い感じだぞー」
紅音先輩が冷やかしに来る。
卒業を間近に控えた可憐な先輩! を演じられて嬉しそうだ。
原作でも、先輩キャラは出てくるのだが、卒業のタイムリミットを
自覚していながら、原作ではそれを言い出さない。
主人公の重りになりたくない、
というのが原作における先輩キャラの立ち位置だった。
なんとも男にとって都合の良い話である。
なので、台本での紅音先輩の立ち位置は、
原作のイメージ崩すんだけどなぁーと思うが、
紅音先輩はコスプレと演技ができればそれで満足な無責任な人なのだ。
それでいて、演技がずば抜けて上手いものだから邪険に扱えない。
「気に入っていただけたようで何よりです」
結太は淡く笑う。
結局、役者の言う事を聞いてしまうから駄目なんじゃないか?
という想いがふつふつと湧く。
フィードバックは良い事だと思うけれど、
自分の出番を増やすことしか考えてない人間もいるわけで。
その最たる人間が近づいてきた。
「ねー仲里くん。
なんかイイヒトになってて、そこは良いんだけど。
私、ぜんぜん恋愛の輪に参加できてないよね?」
勝手な事を言い始める八代。
そもそもビッチキャラという立場上、
原作がライトノベルなのでどう足掻いたって活躍の場はないのだ。
ビッチと見せかけて虚勢張ってるだけのおぼことかだったりしないと。
と言っても、経験人数を聞かれて真正直に答えようとしていた八代に、
そんな演技は期待できない。
ナチュラルにしか自分を表現できないやつなのである。
出る作品を間違えたな八代よ。
「八代さん、注文多すぎだよ。
結太だって困ってんだから、イイヒトになっただけマシだと思わなきゃ」
「えー、なにそれ差別だよー」
「区別区別。それにさ、演技凄くよかったよ。流石はって感じ」
「納得いかなーい」
「あたしは、あたしは?」と唯が自分を指差して聞いてくる。
「よかったよ。恥ずかしそうな顔とか、強気で澄ましてる顔とか特に」
「そっか、ありがと」
なんか知らん内に俺がフォロー役に回っている。
「結太先輩」
傍らに来ていた朋夏が口を開いた。
「演技、どうでしょうか。
前からよくなってますか? 治すところがあれば指摘お願いします」
結太は一瞬「?」を頭に浮かべて、ややあって言う。
「ああ、あんまりにも演技が上手かったから、先週のこと忘れてたよ。
凄く良かった。このままやってくれれば良いから」
「ありがとうございます。やった!」
俺にニコッとでも擬音が付きそうなほどの満面の笑みを投げかけてくる。
「よかったな」と反応すると「うん!」と健気に頷いた。
く っ そ 可 愛 い !
「はー、駄目だ。
やっぱこの作品、桐原妹に全部持って行かれるわ、こりゃ」